4月ですね。今度は何を目標に動きましょうか。

一口話 ピンクのあれ。


 多分これも、高校生、魔窟の二年一組に属していた頃の話です。


「ふふん。木元さん、これ知ってる?」


 そう、後ろの席に座る友人が、休み時間に声をかけてきました。


 いつものようにバンドスコアを読んでいた私は、のっそりと振り返ります。


「……何が?」


 私に愛想が無いのはいつもの事。最初はぶすっとしてるとか何とか、毎度私の態度についてあれやこれやと言っていた友人も、もうその頃には慣れていて、いちいち指摘してきません。


「これ」


 彼女が得意げに差し出して来たのは、またクリアファイルでした。下敷き……ではなかったと思います。高校生でキャラクターノートは、もう流石に使いませんし。そこに刷られていたのは、ササ――セサミストリートではなく、くまのプーさんのキャラクターでした。

 何でこんな、誰でも知っているだろうキャラクターを指して、知っているのかと尋ねてきているのだろう彼女とはと訝しんだのですが、私がそういうものに疎いというのを知って面白がり、最近こうした質問をしてくる事が増えたと、思い出しました。


 当時の私は休み時間になると、バンドスコアを開くか寝るか、ベースを弾いていた部活一筋の人間でして、当然その姿勢はクラスに知れ渡っており、同時にバンド以外の事には、驚く程知識が無いとも知れ渡っていて、こうした話題を振られる事が、度々あったのです。別の友人の前では、セサミストリートをササミストリートと言っていたような人間ですから、それだけ世間や流行とズレているというだけで、十分話題になって面白いんですね。こっちは試されているような気になって、余り嬉しくはないのですが。変に負けず嫌いですから、簡単に相手に、答えを求めるような事もしたくないですし。


「ふうん」


 私は、膝の上にスコアを置くと、椅子の背凭れに頬杖をついて、じっとクリアファイルを見ました。


 印刷されているキャラクターは複数いましたが、その中から最も自信のあるキャラクターを、注意深く観察した後その名を挙げます。


「……プーさんやろ? あのはちみつ野郎」

「はちみつ野郎?」

「いや別に」


 つい負けたくないという意地を、プーさんにぶつけてしまいました。


「じゃあこれは?」


 言うと友人は、プーさんの隣に立つ、オレンジの身体に黒いシマシマ模様が走る、妙に人間っぽい形の身体をした生き物を指します。


「虎……やから、ティガーか」

「当たりー。因みにティガーは生き物やなくて、ぬいぐるみって設定です」

「嘘。ほんま?」

「ほんまやで。まあプーさんのキャラクターって、殆どぬいぐるみって設定なんやけど。プーさんも熊のぬいぐるみやし」

「い、生き物ちゃうかったんや……」


 ずっと生き物だと思っていた私には、ディズニーに闇を感じた瞬間でした。


「ほな木元さん、これは分かる?」


 ならあの世界は、造物がさも生物のように暮らしていた場所という事なのか。では、彼らを製作したのは誰で、何が目的で彼らを生み出したのかと、壮大な思想と言いますか、余計な深読みに気を取られている隙に、友人は三体目のキャラクターに指を向けます。そこで私は、呆気無くつまづいてしまいました。


 彼女の指先にいたのは、こちらを向いて立っている、何かちっこい、ピンクの奴です。


「…………」

「…………」


 私はそのキャラクターを見たまま固まり、友人は薄笑いを浮かべながら、じっと答えを待っていました。答えられまいと、表情に書いています。


 それでも私は、持てる知識と、そのキャラクターの姿から読み取れる情報を元に、胸に溢れる思いを口にしました。


「むっちゃきしょいな。なんなんこいつ」

「いやちょっと待って」


 友人は一旦クリアファイルを、自分の机の上に戻しました。


 因みに「きしょい」とは、大阪だけで言うのでしょうか、「気色悪い」という意味の言葉です。


「そういう事言うぁちゃうかったやん今の……。――ってかきしょいって! 可愛いやん!」

「いや、気色悪いわ。何なんそれ? 何のキャラクター?」


 私は彼女の方へ身を乗り出すと、机の上のクリアファイルを凝視します。

 プーさんやティガーは何をモチーフしているのか一目で分かりますが、このピンクの生き物なのかぬいぐるみなのかは、何を元に作られているのか全く分かりません。妙に人間ぽい顔してるし。


 全身がピンクで、特徴的な耳、身体は他のキャラクターよりかなり小さく、胴体はこれ……。何なんでしょう。赤色に近い、より濃いピンク色をしていて、芋虫の胴を連想させるような横線が無数に走っており、見れば見る程分からなくなるというか、正直気味が悪いものでした。


「……まあ耳もやけど、何で胴体だけんないん?」

「服! 服着てんの!」

「ああ」


 「死んだセンスの服着てんな」と思いましたが、口にはしません。そんなもの、個人の感覚ですし、正解なんてありませんから。「全裸で芋虫の妖精かと思った」、「じゃあつまり、女子のスクール水着みたいな形の服着てるって事か。大分変態度高いなこいつ」とも口を突きかけましたが、そんな事を言えば最悪手が出されます。彼女は割と、手が出やすい人でした。「木元さんよりまし」とも返されますが、ましというだけで暴力的な性質を持つ人間であるという事は同じであり、そういう女子高生であると分類されている時点である種、女子高生として既に終わっていました。


「で何なん結局こいつ。何の生き物?」

「豚! 豚のぬいぐるみ!」

「豚ぁ!? これが!?」


 必死に訴える友人の言葉が信じられないと、クリアファイルを目を剥いて見ます。


 どう見ても豚には見えません。身体は丸くなければ、足も短くなく、妙に人間ぽい顔付きにばかり気を取られ、よく見れば鼻が強調され気味に濃いピンクで着色されていますがいやそれでもと信じられませんでした。エースコックのワンタンメンのパッケージの豚を見習えと思った程の、それは私にとっては似ても似つかない存在だったのです。


「いやぜんぜん似てへんやん! 喋ったら豚っぽいとか!? 語尾が『ブヒ』とか⁉ 『おはようさんブヒヒ』とかうたりすんの!?」

「やめてディズニーやで! ピグレットはそんなキモオタ(※『気持ち悪いオタク』の略語)みたいな喋り方せえへんよ!」

「誰やねんピグレットて!」

「このピンクのやつ!!」

「ああそうなん!!?」




 これ実話です。懐かしい。まだ午前中の休み時間だった筈でしたので、そんなまだまだ日も高い頃から、豚豚って連呼したり、ブヒだのブヒヒだの言っていたのかと思うと、何か凄いなって、思います。


 ……可愛いですかね? ピグレット。私は苦手です。桜のピンク色を見て、ふと思い出しました。何の風情も無いですね。


 これ、横を向いてたら豚だって分かったんですよ。横から見れば顔の形が、もう疑う隙も無く豚ですから。こっちを向いてたから、鼻が前に突き出ているのが分からない位置になっていて平たい鼻に見えてしまい、何か、よく分からない印象に。

 それまで横からのピグレットを、一度も見た事が無かったとは正直思えませんが、興味無かったんで覚えてなかったんでしょうね。「プーさんの手下その一。色はピンク」ぐらいの、雑な覚え方をしていて。いや手下じゃないんですけれど。


 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



 では今回は、この辺で。



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