-Chapter 3-
7月上旬に入り、ここ桜庭小学校でも、プール開きが行われた。
体育の授業の一環とは言え、やはりこの季節、子供にとっては水遊びできる機会というのは嬉しいものだ。
5-Aの生徒達は、今年最初のプール授業ということで、特別に自由時間(正確には「水に親しむために水中で遊ぼう」というテーマ)となった。
「シズちゃん、いったよ~」
「任せて! マキ、はいっ!!」
「オッケー! それっ」
しずるや千種、そして「マキ」たちは、プール脇の用具室で見つけたビーチボールを使って水の中でバレーの真似ごとをしてたりする。と言っても、単にトス回ししているだけなのだが、それだけでも友達とやっていれば結構楽しいものだ。
キャッキャとはしゃぎながら水中でボールを追い掛ける少女達。「ロ」のつく趣味の人が見れば、白い水泳帽と紺色の競泳水着姿の彼女達にヨダレを垂らしたに違いない。もっとも、その中のひとりが実は「男のコ」であると知ったら目が点になったかもしれないが。
言うまでもなく、「マキ」こと河原真樹(まさき)のことだ。
もっとも、152センチ足らずの身長といい、華奢な身体つきといい、体毛の薄い滑らかな肌と言い、外見から“彼女”が本当はだ“彼”であることを読みとれる証はほとんど存在しなかったが。
しかも驚いたことに、女子用水着を着用しているその股間にも、男子なら本来あるはずの膨らみが見当たらないのだ。
最近仲が良い呉羽しずるが、耳打ちしてコッソリ聞いてみたのだが、「マキ」は顔を赤らめ、「ないしょ」と言って教えてくれなかった。
勘の良い(そしてマニアックな)読者の方なら、あるいは見当がついているかもしれない。
そう、いわゆる「タック」──それも人体用接着剤を使用したより高度な女装用テクニックで、マキの股間は一時的に“整形”されているのだ。
これは、プールが始まれば自分が女子の水着を着なければいけないことに気付いた真樹が、母親に相談したのがキッカケだった。
「女の子の水着を着て股間がモッコリしたら恥ずかしい」という“娘”の訴えに、真沙美は真摯に対応し、インターネットでソレのやり方を見つけてきたのだ。
プール開きの前夜、風呂に入ったのち、真沙美は、チェリーピンクのナイティを着た真樹のショーツを脱がせ、ベッドに仰向けに寝かせた。そのまま、真樹に足を上げて自分の足首を持つように言う。
母親とは言え自分の丸出しの股間とお尻を見られる羞恥から、顔を真っ赤にしながら、真樹はその指示に従った。身体が柔らかいので、その程度は十分可能なのだ。
それを確認すると、真沙美は、真樹のお尻を正面から見える場所に移り、右手を両脚の間に伸ばすと、息子の“バット”と付属品の“ボール”をむんずと掴む。
真樹が驚く暇もなく、フクロの付け根のあたりを両手でまさぐり、何かの位置を確認したかと思うと、グイと片方のボールを体の中に押し込んでしまった。
最初こそ少しばかり手間取っていたものの、それでコツを掴んだのか、もう片方については比較的スムーズに同様の作業を行うことができた。
続けて真沙美は、元々まださほど成長していない“バット”を押さえ、そのまま後ろ向けに折り曲げると、体内に押し込んだボール部に蓋をするような感じで、先がお尻の方を向くように押さえつけえ、手術用接着剤で固定する。
最後に、ボールの入っていた“袋”部分の皮を、左右からスティックを隠すように接着剤で貼り合わせれば完成だ。
その結果、マキの股間は、パッと見は女の子のアソコと見まがう形状になっていた。その代償として、小用を足すときも女子同様座ってすることしかできないが、元々“プロジェクト”のあいだは女子トイレを使う取り決めになっているので、さして問題はないだろう。
もっとも、この“処置”の結果、マキの心情面には少なからず影響はあったようだ。トイレというプライベートな空間でさえ、常に“女の子”であること強制されることになるのだから無理はない。
当初は本人も戸惑ったような表情をしていたが、さほどストレスに感じている風ではなかった。むしろ怪我の功名と言うべきか、それ以降は日常的な所作がどことなく女性的になったように見受けられたくらいだ。
おかげで、今のようにスクール水着から着替えるため、更衣室で女子の中に混じっていても違和感は皆無だ。さすがに胸はまったくないが、この年頃ならブラジャーが必要な子は全体の6割程度なので、別段おかしくはない。
ノースリーブで向日葵柄の黄色いサマードレスに着替え、肩紐のあたりを整えている様子なぞは、本人は気付いていないがお年頃の女の子そのものだ──と言うか、“プロジェクト”開始から十日足らずで、既にクラスの女子と大半の男子が、マキの本当の性別を半分忘れかけている。
「真樹」と比較的親しかった男子の数人はさすがに覚えているようだが、かつての“彼”をよく知るだけに、逆に今の“彼女”とのギャップに戸惑い、近づいて来ない。
こうして、「真樹」からマキへの変化は毎日も少しずつ(しかし、大人達の予想を遥かに上回る速度で)進行していくのだった。
5時間目のプールのあとは、いつもと変わり映えのしない国語の授業を経て放課後となった。
「しずちゃん、マキちゃん、早くはやく~」
いつもはおとなしい武藤千種が、珍しく浮かれてハイになっている。
「ちょ……待ってよ、千種ちゃん!」
「ふふっ、千種ってば……慌てなくても体育館は逃げないわよ」
実は、先週の体育の時間でのバレーの試合での活躍にティンときた千種が、自らの所属するバレー部にふたりを勧誘したのだ。
桜庭小学校では、五・六年生に週1回、時間外のクラブ活動を励行している。自由参加という建前ではあるが、大半の生徒がなにがしかのクラブに所属し、活動時間を楽しみにしていた。
幸か不幸かマキとしずるはふたり共クラブに入っていなかったため、「とりあえず見学だけ」と言うことで、今日の部活に同行することになったのだが……。
バレー部の顧問が彼女達のことをよく知るクラス担任の蒼井三葉であるせいか、うまくノセられて、気が付けば体操服に着替えてふたりも練習に参加していた。
とは言え、決して嫌々というわけではないし、それどころかむしろとても楽しい時間だった言えるだろう。
さらには、六年生と五年生の紅白戦にまで参加する始末。先週の体育と同様、同じチームになった千種・しずる・マキは健闘したのだが、さすがに一年間の年齢と経験値の差は大きく、ダブルスコアに近い形での敗北となった。
もっとも、もう片方の五年生チームは、ほとんど完封に近い形で負けていたので、むしろ大健闘と言ってよいだろう。
「いやぁ、キミ達、見どころあるねぇ」
「え? そっちの子とそっちの子は、見学!?」
「もったいないよ! 絶対ウチに入んなよ!」
六年生の先輩達に口を揃えて褒められては、しずるとマキも悪い気はしない。
先輩も他の五年生の子達も明るくていい人揃いだし、クラブ全体の雰囲気も楽しそうだ。現に、しずるは本格的に入部を検討しているようだ。
マキも本当は「入部します!」と言いたかった。
(でも、ボクは……)
自分は本当は河原マキではない「真樹」だ。それでは、仮にバレー部に入ってもココにいる女子メンバーと一緒に部活をすることはできないのだ!
その時、初めて、マキは自分の性別に対して疑問、あるいは落胆を感じたのだ。
(──どうして、女の子に生まれなかったのかなぁ)
それは、ほんの一瞬だけ心の中に浮かびあがり、明確に自覚されることなく、潜在意識の波間に沈んでいった想い。
しかし、決して消えてしまったわけではなく、それどころかマキの心の中をこれまでとは別の色へとゆっくりと少しずつ染めていく契機となるものだった。
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