第25話 愛を乞うフール

「シスト。そんな所にいないで室内に入っておいで」

「えー、だって温かいんだもん。ちょっとくらいいーじゃん!」


 器用に窓に腰掛けるシストは、暖かい日差しに目を細めていたが、僕の声に不機嫌そうに頬を膨らませた。

 でも流石に僕の執務室は王城の中でも高い位置にあるので、見ているこちらが冷や冷やしてしまう。


「危ないよ」

「ファウスト殿下のけちー」


 口を尖らせながら文句を言うシストだったが、言われた通りに室内に戻ってきた。


「そう言えばクラリーチェ嬢だっけ?見つかったみたいだね。ラウルが頑張ってたから当たり前か」

「そうだね」

「本当はファウスト殿下は迎えに行きたいんでしょう?いいよ。僕がファウスト殿下になりきるから」


 僕が執務室のソファーに座っているのをいい事に、空いた執務机の椅子に座って、シストは机に頬杖をつく。


 僕は苦笑して、やる事があるから無理だよと答えた。

 ちゃんと見張りは付けている。危ない目にあったら、それとなく守るようにとも。


「僕さ、ファウスト殿下のフリをしてて思ったけど、昔は王子様ってキラキラしている印象しかなかったんだ。だって、おとぎ話とかで出てくる王子様はいつもキラキラしていて、必ずお姫様を助けに行けるんでしょ?すっごいかっこいいじゃん!僕憧れてたから、ちょっとファウスト殿下の影武者になるって話、とっても楽しそうって事しか思ってなかった」


 シストは頬杖をついたまま、その碧眼を少し伏せる。青空のような色が、陰った。


「でも、全然違うんだね。ファウスト殿下も僕の嫌いなアルフィオ殿下だって、キラキラとは程遠い所にいるんだなって身近に見て感じたよ。僕さぁ、おとぎ話の王子様とファウスト殿下達を同一視しちゃってた」


 僕はシストの話を黙って聞いていた。僕はずっと前世を含めて王子様だったから、シストみたいに王子様以外の何かになった事がなかったから。


「王子様達も、僕達と同じように沢山悩んで、沢山悲しんで、沢山頑張って、そうしてやっと何かを成し遂げる人間なんだって。周りの人にキラキラしてるように見せてるだけだなーって」

「……うん」

「そう考えるとさ、王子様達ってこうでなければならないっていう決まり事とか、印象とか、沢山のことに縛られて不自由だなって僕は見てて思うよ」


 とても、とてもその通りだった。


 ただの1人のクリストフォロスで、ただの1人のファウストであればどんなによかっただろうか。

 好きな人の手だけ取って、嬉しい時も、辛い時も全部彼女の側にいて、彼女と一緒に一生を終えられたらよかったのに。


 昔の僕は立場上、どうしても他の女を妻にしなければならなかった。心のどこかでは分かっていたんだ。エレオノラ以外の妻を娶らなければ、王家の血が途絶えるって。


 でも、僕はどうしても出来なかった。エレオノラを日陰の身にしたくなかった。ずっとずっと笑顔で僕の側にいて欲しかった。


 そう、だから本当に僕は国王としての道を踏み外したんだ。


 バレなければいいと思った。だから今世のラウル達みたいな者を遣わせて、こっそりと探していた。エレオノラか僕の髪か瞳の色を引く赤子を。

 顔はそこまで似てなくても大丈夫だろう。両親の色と大幅に違ってさえいなければ、何とかなる。


 幸い、エレオノラは病気をしてからあまり公務に出なくなったので、表に出ていない間に妊娠して出産したとすれば疑惑は薄れるはずだ。勿論、エレオノラの周りには信用できる侍女しか置かない。


 誰もが止めるであろう計画を、王家の血筋を途絶えさせる計画を、僕は立てたんだ。


 この時既に、僕は狂っていたんだろう。


 でも、僕とエレオノラが持つ色は高貴な血筋に多く、中々その色をした赤子は見つからなかった。特にしがらみの少ない孤児なんか、もっと見つからない。


 そうこうしているうちにペルディッカスが隣国の王女との縁談を持ってきてしまったので、僕の計画は断念せざるを得なくなった。


 国王としては正しい道だ。分かりきっている。隣国の王女との間に世継ぎを成せば、この先の次代から隣国との関係もいい方向に行くだろう。

 エレオノラもそれは分かっていた筈だ。


 それでも、隣国の王女の元へ行くときの罪悪感。エレオノラの元に帰るときの、後悔が拭えない。


 エレオノラがそんなことする筈がないのに、彼女の桃色の瞳がじわじわと僕を苛さいなんでくる。エレオノラは僕を責めるような事は、絶対にしないのに。


 むしろ責められた方が楽だったかもしれない。僕だけを見てと、彼女に愛を乞うたのに、僕は彼女以外も妻にした。


 国王として、正しい事をしているのに。

 どうしても、自分自身が許せなかった。


「……相応の立場には相応の責任が伴うものだからね」

「ファウスト殿下は、それが果たせなかったの?」

「……うん」


 僕はただ、彼女と幸せになりたかっただけなのに。



 シストはふぅんと興味深そうに相槌を打った後、ピクリと頬杖をつくのをやめて隠し通路の辺りを見た。

 その数秒後、息を切らしたラウルが出てくる。


「お伝えします。反乱が勢力を拡大していて、ウルヘル辺境伯は反乱鎮圧に苦戦を強いられている模様です」

「……ウルヘル辺境伯が?」


 声を上げた僕に対して、シストは無言で目を細める。

 心当たりはある。無駄にクラリーチェを探すために7日を費やしたつもりはない。


 アウレリウス公爵、セウェルス伯爵、レオーネ男爵に不自然な動きを感じたので、見張らせていて正解だった。

 まだクラリーチェに手を出されていないし、レオーネ男爵と同じ派閥のアウレリウス公爵が彼女を捕らえているらしいのでそのまま静観している。僕が下手に手を出してしまったら余計に拗れてしまうから。


 けれど、何かあったらクラリーチェを助けるようにと見張りの者には告げていた。


「もしかして、アウレリウス公爵が頻繁にレオーネ男爵とセウェルス伯爵に遣いをやってる事に第二王子派が触発されたのかなー?」

「可能性としては高いね。ウルヘル辺境伯が万が一にも殺されたとなったら、これはかなり大事おおごとになるよ」


 反乱は即座に叩き潰さなければならない。この国の威光の為に。


「もうすぐ中央から兵が派遣されるだろう。それを利用するよ」


 僕の声にラウルとシストが頷く。


「それにしても、あれほど慎重だったアウレリウス公爵がなんでいきなり表立ってセウェルス伯爵とレオーネ男爵に連絡を取っているんだろーね?」

「そうですね……。不自然すぎます。何もしなくても、そのまま時間が経てばファウスト殿下に娘のオリアーナ嬢を嫁がせる事が出来るのに」


 ーーまるで、何かに焦っているみたいですね。


 僕も同意見だったけれど、ラウルの言葉が妙に脳裏にこびり付いて離れなかった。

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