第21話 愛を悼むフール
「オリアーナ嬢。お久しぶりですね」
エレオノラ様の今の侍女らしい栗髪栗目の女性にエレオノラ様の事を任せ、私は今世のお父様であるアウレリウス公爵を探す。
会場にはいないらしいので、外に出たところで声を掛けられた。
「サヴェリオ様……。ええ、お久しぶりです」
前世の夫であったフォティオス様が外壁に身を預けながら、腕を組んでじっと探るように私を見る。次に投げかけられた言葉は、先程の馬鹿丁寧な言葉遣いとは一転して、酷くぞんざい口調だった。
「クラリーチェ嬢の侍女と話していたようだが、お前は何をしていたんだ?」
「やだ、フォティオス様見ていらしたんですか。大した事ではありませんよ」
「当たり前だろう。イオアンナ、何を考えてクラリーチェ嬢に接触したんだ?」
「え、私がイオアンナって事を言っただけですけど……」
フォティオス様はまだ疑いの目で私を見た。
「……本当か?ファウスト様に想われているクラリーチェ嬢に嫉妬したなどという事はあるまいな?」
「なんで私がお二人の仲に嫉妬するんですか?」
「……それは」
私が首を傾げると、フォティオス様は眉を寄せて黙り込む。苛立ったように人差し指をトントンと動かすが、一向に言葉が出てこないようでしばらく視線を右往左往させていた。
「……それは!お前が今のファウスト様の婚約者だからだ」
「……え、そうですけど、それがどうしました?」
「だから!婚約者が他の女にうつつを抜かすのが面白くないとかそういう感情はないのか?!」
半ば
「ないですけど」
「……ないのか?」
「え、ファウスト殿下はクリストフォロス陛下で、ずっとエレオノラ様一筋じゃないですか。主の旦那様という事で敬愛はしておりますが、そんな婚約者だなんて仮でしかない……というか、恐れ多過ぎて……」
「……は?」
キョトンとしたフォティオス様はどうやら私の言葉が理解出来なかったようなので、私は握り拳を作り、勢い込んで想いを語った。
「クリストフォロス陛下とエレオノラ様が一緒にいる所を見ると、お互いがお互いを必要としているというか、もうそこに二人だけの世界が完全されていて、私達侍女は完全にその二人だけの世界の傍観者というか、理想的な夫婦の在り方をそのまま体現されているお二人を眺めるのが私達の至福だったんです!!それにお二人共お顔立ちがとても美しいので、見てるだけで本当に幸せだったんですよ!!クリストフォロス陛下は本当にエレオノラ様の事を大事にされていましたし、こう……傍から彼らの幸せを見るだけでこっちまで幸せになれむぐっ」
「分かった!分かったから!もういいから!」
私の口を手のひらで塞いだフォティオス様は、げっそりとしたような、呆れたような表情でポツリと呟いた。
「そうか、そんなに幸せそうならよかった……」
「むぐぐ……」
不満そうな私の声を察したらしいフォティオス様はゆっくりと私の口を塞いでいた手をどけた。
「それにしても、エレオノラ様は最初私の事が分からなかったみたいですけど、何でですかね?」
「さあな。俺もファウスト殿下に最初誰だか分かられなかったから、普通なんじゃないか?」
「私はエレオノラ様の事分かりましたよ!だって、エレオノラ様とクリストフォロス陛下は私の憧れでしたもん!私が死ぬ間際まで色々思ってましたし!」
「……まあ、それは俺もだな」
「あ、勿論フォティオス様の事も考えてましたよ!フォティオス様はどうですか?私の事考えてました?」
随分とリラックスした様子だったフォティオス様だったが、私がその質問を出した瞬間、傍から見て分かるほどビシリと固まった。
「……は?」
「え、フォティオス様私の事考えてくれなかったんですか?!私はフォティオス様の事考えてたのになぁー」
「……か、」
「か?」
言葉に詰まったフォティオス様は、私から顔を背けて勢いよく言った。
「か、考えなかった事もない……っ!」
「あ、やっぱり考えてくれてたんですね!わーい!」
「お前!いい年をしてはしゃぐな!」
こめかみに青筋を立てたフォティオス様はどっからどう見ても美青年なのに、言動がお爺さんっぽい。いや、中身がお爺さんだから仕方ないのかもしれないけど。
「フォティオス様ー!そんなくどくどお爺さんみたいな事言ってると、女の子みんな逃げて行っちゃいますよー!」
「お爺さんみたい……?!」
目を見開いて絶句するフォティオス様だったが、伊達に前世から貴族をやっているだけあってすぐに気を取り直して私をビシッと指差した。顔は怒ってるのか紅潮していたけど。
「そういうお前はお婆さんだろうが!」
「え、私16歳ですよ?」
「中身の問題だよ!」
ああ、もう、調子が狂う!と頭を抱えたフォティオス様を笑って見ていた私だったが、そういえばエレオノラ様からの伝言を伝えなければならないな、と口を開こうとした瞬間だった。
「フォティオス様、そう言えばエレオノラ様からーー」
「オリアーナ様っ!」
焦ったような声で名を呼ばれ、振り向くと栗髪栗目のエレオノラ様の侍女がこちらに駆けてくるのが見えた。
「……あれは」
エレオノラ様の侍女だと知っているフォティオス様がポツリと訝しげに呟く。
「オリアーナ様。本当にクラリーチェ様はお庭にいらっしゃったのでしょうか?どこにも姿が見当たらないのです」
「……え?!」
「……は?!」
フォティオス様と同時に声を上げると、先程エレオノラ様と別れた場所へと駆け出す。夜会用のドレスが邪魔で思いっきりたくしあげたけど、後から付いてきているらしいフォティオス様とエレオノラ様の侍女だけしかいないので、はしたないとかいうよりエレオノラ様の事しか考えなかった。
先程エレオノラ様と別れた場所に来ても、エレオノラ様の姿はおろか人の影すらない。私は必死になって辺りを見回した。
「おい。ここで本当に別れたのか?」
若干焦った表情で私に聞いてくるフォティオス様に私は頷く。エレオノラ様の侍女は、顔を真っ青にして狼狽えていた。
「ねぇ、貴方が来た時にはもうこの状態だったのね?」
「はい……。オリアーナ様に言われて、クラリーチェ様をお迎えに上がった時にはもう……」
「すれ違ってしまった可能性もあるわね。1回会場の方も探してみましょう」
フォティオス様に会場の方に向かってくれと頼もうとしたが、先にフォティオス様が口を開いた。
「俺がこの辺りを探す。オリアーナ嬢と……君は会場の方に向かってくれ」
「分かりました」
栗髪の侍女が頷いて私の方を見てきたので、私も慌てて頷いた。
「フォ……サヴェリオ様!クラリーチェ様が見つかったら教えてくださいね!」
「ああ!」
侍女を連れて足早に会場へと向かう。幸いにもそこまで離れていないから、すぐに着けるはずだ。
それにしても、危うく他の人の前では前世の名前を呼びそうになったのを目敏く悟って、碧眼に険しい色を宿したフォティオス様は小舅みたいだ。
いや、前世も中々小舅みたいな人だった。たまにしか顔を合わせる事はないが、本当に昔と変わっていない。
そう簡単に変われるわけがない。
クラリーチェ様も、かつて見たエレオノラ様そのままだった。
ファウスト殿下もクリストフォロス陛下まんまだ。私とフォティオス様も変わっていない。昔の面影は沢山残している。
私達はきっと過去に囚われている。
変わらずに過去に囚われ続け、過去に願った願い事を今世で叶えようとしている。
だって、人が変わろうと意識しない限り変われないのと同じように、変わりたくないと意識しなければ今世は今世でみんなまた違った道を歩んでいた筈だ。
大事だった。
幼い頃からずっと見てきたエレオノラ様の事が。
憧れていた。
エレオノラ様を一途に愛していたクリストフォロス陛下の事が。
大好きだった。
最初は傷の舐め合いでも、私を愛してくれたフォティオス様の事が。
みんなの事を忘れてまで、みんなへの大切な想いを失くしてまで、どうやってまっさらな今世を歩めって言うの?
エレオノラ様の自分の気持ちを押し殺した微笑みを思い出す。私はただ彼女の無邪気で幸せな笑顔を見たかった。
だから、絶対に今世は幸せにしたいんだ。
前世はたった17歳で儚くなった主を。
「きゃっ」
後ろで短い悲鳴が上がった。
足を止めて勢いよく振り返る。
ーーなんで、今世も誰かが彼女の幸せを邪魔するのか。
「オリアーナ様。来ていただけますね?」
「なん……で?」
口を塞がれ暴れる侍女を手刀で気絶させてみせた男は、我が家の家来だったはずだ。家で見たことがある。
唖然とする私に焦れたように男は苛立ちを露に眉を寄せた。
「早くしろ。人が来る」
その声が聞こえた瞬間、後ろ首に衝撃を感じて私の意識は途切れた。
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