第3話 愛を捧ぐフール

 2度目の運命の出会いは、婚約者である伯爵と会うだいぶ前の事。


 たまたま公務で視察という名目で国王陛下と私の家の男爵領の邸に滞在していた幼いファウスト様が、誤って私の住む邸の離れに来てしまったことが私達の2度目の出会いだった。


 正直、もう二度と会うことはないと思っていた。

 生まれた時から前世の記憶があるお陰で今までの不遇の状況を理解し、上手く立ち回る事が出来たのに、あの時ばかりは神様を恨んだ。


 この時代にかつての夫が生まれ変わった事を知らず、無知なままで年の離れた伯爵の後添いになる事が出来ていれば、貴族の娘らしく家の為の政略結婚を受け入れてそれなりに豊かな生活を送れるのに。


 初めてファウスト様を見た時に感じたのだ。

 この人が私の唯一愛している人だと。


 私の前世まえの私が叫んだんだ。


 だから、私は彼がクリストフォロス様の生まれ変わりだって事に気付いた。




 堂々と妻に会いに来る事の何が悪いと言い放つファウスト様に、私は顔を顰める。


「ファウスト様。ファウスト様が私の夫だったのはもう随分昔の事です」

「僕は離婚した覚えはないけれど」

「離婚した覚えがなくとも、私達は今はもう赤の他人なのです」

「離婚してないから、まだ僕達夫婦だよね」


 有無を言わせぬ清々しい笑を見せる彼に、私は屁理屈をこねないで下さいと深々と溜め息をついた。


 彼はこの王国の王太子様。それは昔と変わらない。


 ただ、その隣に立つべきひとが私でないだけで。

 彼の婚約者である公爵令嬢は、とても美しい人なのだと聞いた。そして勉学も芸術にも秀でた才女なのだという。


 だから、しがない男爵令嬢に構っててもただの時間の無駄遣い。

 私じゃファレル様を国王にしてあげられる後ろ盾も力もない。


 それに婚約者である公爵令嬢がどんなに傷付くか。

 きっと、昔の私だったら泣いていた。


 いけないことだと知っていても彼を強く突っぱねられないのは、私自身この状況に喜びを感じているから。私の心の奥深くでクリストフォロス様に会えて嬉しいと、浅ましい自分が恋をしている。それはきっと彼も気付いているんだろう。


「あ、そろそろ時間だ。また来るよ」

「いいえ、もう来てはいけません」

「つれないなあ」


 苦笑しながら近寄ってくるファウスト様は、私の頬にキスを1つ落とす。そして、ヒラヒラと手を振って再び窓から出ていった。


 私は無意識にキスをされた頬を手のひらで覆う。昔も今も、中は同じ人だからか仕草も同じだ。顔も別人なのに、みせる表情は昔と変わらずそこままだったりする。本当、心臓に悪いくらい痛む。



「クラリーチェお嬢様」


 呼び掛けられて、ハッと我に返る。不自然にならないように頬から手を離して振り返ると、いつの間にか部屋のドア付近に無表情の侍女がいた。


「お嬢様。今日は風が冷たいのであまり長い間窓を開けておられると、お風を召されますよ」

「え、ええ……。そうね……」


 お父様から付けられた私に仕える侍女は、ずっと前からこのビアンカのみだ。彼女はいつも考えている事が全く分からない。前世みたいに侍女と仲良くなろうなどとは思わないが、仲を深めようにも深められないという感じだから、今世では丁度いいのかもしれない。


 ただ、いつの間にか現れていつの間にか消えているのはファウスト様とは違う意味で、心臓にとても悪かった。






 私と婚約者である伯爵様とは二十近くも年が離れている。資産をもって成り上がった私のお父様が箔を付ける為に選んだのが、私の婚約者であるエヴァンジェリスタ・セウェルス伯爵だ。


 今、王太子である第一王子と第二王子とが対立しているこの情勢で、王太子派であるセウェルス伯爵とお父様の結び付きを深める為でもあるのだろう。


 最初に会った時は体型が丸いのもあってか、穏やかで争い事には無縁そうな方だとは思ったのだが、そう見せかけたやり手なのだろう。王太子一派で1番力を持っているザッカリア・アウレリウス公爵の身近にいる人らしい。

 ザッカリア・アウレリウス公爵は、ファウスト様の婚約者の令嬢の父親でもある方だったりする。


「やあ、クラリーチェ。いつも綺麗だ」

「ありがとうございます。エヴァンジェリスタ様」


 短い金髪に丸々とした体型の私の婚約者に、ニコリと笑みを浮かべる。昔王妃をやっていただけあって、私の笑顔は中々崩れない。


 たまに我が男爵家に訪れるセウェルス伯爵を迎えるために、お父様は私を本邸に呼ぶ。その時は、私はセウェルス伯爵とお父様の話を側で聞くことが多い。


 前世でも現在でも、貴族の女性はほとんど勉強しない。勿論、領地運営等や外交についても含まれる。多分彼らは私の事を無知だと思っているのだろう。実際にその事について学習したことはない。


 彼らの話す世間話程度の世情が、私と外界を結ぶ唯一のものだった。そして、そこで知ったのだ。

 ファウスト様は、とても不安定な立場にいると。第二王子が国王の位につきたいのだと。


「ああ、そういえばクラリーチェはもうすぐ成人だったね?レオーネ卿」

「はい。もうすぐで成人を迎えます」

「愛人の子供だと言っていたが……、成人してすぐに結婚して家に入るのも可哀想だろう。どうだろうか。私のパートナーとして、1年間ほど社交界に出てみるのは?」

「それは……」


 チラリと私の方を向いたお父様は、すごく複雑そうな表情をする。古くからある由緒正しい伯爵家と縁続きになって、家の箔を付けたいお父様にとっては、私が成人と同時に結婚させるつもりだったのだろう。


 だけれど、男爵であるお父様が伯爵であるエヴァンジェリスタ様の要求を突っぱねる訳にはいかない。


「分かりました。年若い娘にも煌びやかな社交界はいい思い出となるでしょう」


 お父様は、表面上はにこやかに微笑んだ。

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