白い花結ぶ道

音崎 琳

1.

「お邪魔しました。お大事に」

 僕はお行儀よくそう言うと、ゆっくりドアを閉めた。ようやく一人になれた廊下で、十二歳には似つかわしくないため息をつく。

「やっと終わった……」

 避けることは不可能である、ロザリア大おばさんへのお見舞い。

 ロザリア大おばさんは、僕の、母方の祖母の姉に当たる人だ。親戚の中でいちばん年をとっている。そしていちばん、影響力がある。

 なんせロザリア大おばさんは、もうだいぶおばあさんだ。そして大おばさんは、大金持ちなのだ。もちろん、口に出して言う人はいないけれど、みんな、その遺産が誰にどう振り分けられるのか気が気じゃないのだ。

 その大おばさんが、風邪を引いて寝こんでしまった。親戚連中はこぞって見舞いを遣わし、僕もその犠牲者の一人ってわけ。

 ロザリア大おばさんを、嫌っているわけじゃない。だけど、あの、覗きこんだら吸いこまれてしまいそうな色の薄い瞳に見つめられると、あまりいい気はしなかった。

 廊下は薄暗く、しんとしている。響くのは僕の靴音ばかり。誰もいないことをよく確認して、僕は一張羅の上着を脱いだ。

 ちゃり……。

「あ」

 微かな鎖の音が、くぐもって耳に届いた。僕は歩きながら、脱いだジャケットの懐から、冷たくずっしりしたそれを取り出した。

 手のひらにすっぽり収まる、古びた懐中時計。蓋の浮彫は花の模様だろうか?

 ロザリア大おばさんが、僕の帰り際にくれたものだった。見舞いに来た礼のつもりなんだろう。僕には少し古くさすぎるのに。

 かちりとふたを開くと、凝ったデザインの黒い針が三本、正確に時を刻んでいた。

 午後一時二十七分。

 僕は、懐中時計を閉じると、ズボンのポケットに滑りこませた。一歩踏み出すたびに、布地越しに時計の感触が伝わる。

 気づいた時には、ずいぶん廊下を歩いていた。僕ははたと立ち止まった。

(こっちでよかったんだよね……?)

 前にも後ろにも、ずっと廊下が伸びている。いくらロザリア大おばさんのお屋敷とはいえ、こんなに広かっただろうか? それなのにどうしたことか、近くには一つも扉がない。

 あったのは、一枚の風景画だけだった。

 ちょうど僕の右隣に、花畑を描いた油絵が一枚掛かっていた。輪郭をごくぼかして描かれているが、左手の奥のほうに、人影らしきものが見える。

 僕は絵の正面に立ったまま、ゆっくり左右を見た。廊下の先は薄闇に沈んでいる。ズボンのポケットから時計を取り出し、蓋を開いた瞬間だった。

 かちゃっ

 さっき蓋を開けた時とは比べものにならない、大きな音が、ずんと僕の身体に響いた。まるで時計台の針が動いたかのような、重量のある音が襲いかかってきて、僕は一瞬、目をつむったまま何も考えられなかった。

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