1話 初稽古

「カズマ君、そろそろ休憩にしようか」

「あ、はい!」


 俺は手伝っていた畑作業の手を止め、元気よく返事をする。

 ヒガン村に滞在して3日。村長のシュウオウさんが上手いこと説明してくれたのか、村人たちの俺への接し方がガラッと変わっていた。

 もちろん、まだ俺を怪しんで邪険にする人もいるが、それは仕方のないことだろう。


 大亮だいすけが静養している間手持ち無沙汰な俺は、村の人たちの手伝いをして回っていた。

 元々俺も地元は田舎町だったし、こうした農作業やら家事の手伝いをするのは童心に帰ったようで少し楽しくもある。

 ありがたい事にそうしていたら、村の人たちが余計に優しく接してくれるようになった。

 中には最初の無礼を謝罪してくる人もいたくらいだ。

 今は大根の収穫を手伝っていたところだ。


「いやー、思ったよりスジが良くて助かってるよ! ウチのバカ息子なんか手伝いもしないわ仕事は遅いわで……」

「ははは……」


 ちなみにこの人は、俺にいきなり魔術で俺に火球を投げつけてきたレンのお父さんだ。

 初めて会った時、息子の頭を押さえつけながら2人で頭を下げてきた時は驚いた。


 しかし、高校までずっと野球部だったし大学でもそれなりに体を鍛えていたのに、農作業を手伝うと結構な筋肉痛になるもんだ。

 普段使わない筋肉を使ってるのもあるだろうが、やはり農作業とは重労働だ。


「お友達はまだ休んでるのかい?」

「いや、もう屋敷の中歩けるぐらいには回復してましたね。多分今日くらい外に出てくるかもしれないです」

「おぉ、そりゃ良かった」


 レンのお父さんと話をしていると、噂をすればなんとやらで大亮とユキがこちらへ歩いてきていた。


「あ、やっぱりカズマさんいましたよダイスケさん!」

「おー、ホントにいた。ありがとー」


 すっかり元気になったユキが大亮を案内していたようだ。

 大亮は俺を探していたようだ。


「おーす一真かずま。すっかり馴染んじゃってるねー」

「もう体はいいのか?」

「食っちゃ寝させてもらったからね。おかげさまで」


 大亮はそう言って俺にVサインを示した。

 確かに足取りも軽そうだし、顔色もだいぶ良くなっている。本当に完調したようだ。


「ってなわけで、今日からアレ出来るよー」

「ん? アレ?」

「一真が言ってた、戦い方のレクチャー」

「!」


 ついに来たか。

 内心まだかまだかと勇んでいた。

 あの騒乱の後に俺が言った「戦い方を教えてほしい」という頼みを、大亮はちゃんと覚えていてくれたようだ。


「待ってたぜ……! 早速今日頼めるか?」

「いいよー、じゃあ昼食食べて少し休んだら始めますよってに」

「おう!」


 俺が迷いなく返答すると大亮はくるっと後ろへ向き直り、スタスタと歩いて行った。


「じゃ、俺はちょっとプラプラしつつ旅の準備も進めとくから、お勤め頑張ってねー」


 大亮はそう言ってヒラヒラと左手を振る。

 ってかお勤めてお前。


「よしっ、じゃあ続きやりましょうか!」

「おお、元気だなあ」


 その後俺は一層張り切って農作業をこなしていった。


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「……ふーむ」

「何? ビーチェ」

「いや、おんしが珍しく家族や妾たち以外を気に入っておるようだから、興味深くての」


 ビーチェと呼ばれた、場違いなほどゴージャスな貴婦人は、ふよふよと大亮の近くを漂うように浮かんでいた。


「んー、まあいい人だしね」

「それだけかのう」


 ちなみにビーチェの姿は今、大亮以外には見えていない。

 彼女は幽体族ゴーストである。

 自分の姿を相手に見せないようにする事は、彼女にとって容易であった。

 今は体がかなり透けており、大亮ですらうっすらとしか見えていない状態だ。


「まあ、ちょっと似てるからってのもあるかなあ」


 大亮はそう言って、今朝夢に出てきた兄の事を思い出した。


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 昼食を終えて少し休んだ後、俺はシュウオウさんの屋敷の庭で大亮を待っていた。

 約束の時間にはだいぶ早いが、待ちきれずに早くきてしまったのだ。


「我ながら子供みたいだな……まあ、新しい事を始める時はいつもこんなもんか」


 俺は準備運動をしながらそう独り言をつぶやいた。

 これが自分の新しい生き様の第一歩目になると思うと気も引き締まる。


「あれ、はっや」


 大亮が屋敷の中から出て来た。

 いつもの服装ではなく、動きやすそうなトレーニングウェアのような格好だ。

 余談だが、大亮はこの3日色々な服に当然着替えているが、ほとんど口元が隠れるようなボリュームネックタイプの服だった。今回もジッパーを最上部まで上げて口元を隠している。


「やる気がありますな、結構結構」

「楽しみにはしてたからな」

「まあ、今日は初日だし軽くやるよ」


 大亮はそういうと、巾着袋のような物を取り出し、その中から——


「どっせーい」


 真剣を3本取り出した。

 なんだあの袋、超便利アイテムか。

 取り出した刀3本のうち、2本は見覚えがある。

 柄頭に赤い紐があるのですぐわかる。あれは大亮の愛刀だ。


「はい、これあげる」


 大亮が、残りの1本を俺に差し出して来た。


「いいのか? こんな高そうな……」

「こう見えて結構稼いでるから気にしなーい」


 いや、真剣ってピンキリだろうが結構な額だろ。

 こっちの物価が元の世界と似たようなものならだけど。


「さて、そんじゃとりあえず……」


 大亮は二刀を抜刀し――


「俺とろうか」


 トンデモナイ事を口走ってきた。

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