EX:3話 二度目の
「……なるほどね」
母さんの話を聞いている間、僕も葵も、普段は何でも茶化して笑う姉さんでさえも、ただ黙って見守っていた。
不思議体験も不思議体験、それは変わった幽霊とのお話だった。
「ごめん、母さん。すぐには分からないかも…」
頭の回転が特別速いわけでも、卓越した何か才能があるわけでもない僕には、母さんの期待に沿えるような答えを導き出すことはそうそうできない。
まして、幽霊の話が相手となると。
「いや、ええんよ。ごめんね、急にこんな話」
「それは別に構わないけど……どうしてまた?」
「そうねぇ――思い出しちゃったっていうのが一番の理由だけど、それが丁度、これくらいの時期だったけぇ」
「夏は八月頃ってこと?」
「そう。近所のお祭りで、皆が騒いでいる時期だったわ」
母さんは窓の外を、遠い目をして見ていた。
今まで見たことのないその表情に、僕は何か、例えようのないモヤっとしたものを感じてしまう。
場が一気に静かになったところへ、助け舟を渡したのは姉さんだった。
まだまだ祭りには時間があるからと、祖父母の畑で採れたばかりの”金瓜”を食べようと提案するのだけれど、葵はその存在を知らず、話題は完全にそちらを向いてしまう。
「東京じゃ普通は食べられないからね」
大元、メロンの祖は北アフリカや中近東地方の原産で、紀元前は二千年頃から栽培されているものだ。その中で西方国に伝わったものをメロン、東方国に伝わったものを”瓜”と呼び、更にその一種でである”マクワウリ”の別称が”金瓜”。
メロンのように切ってスプーンでそのまま食べるもよし、今の時期だとさっぱりと酢の物にして食べるもよしの、他の果物に比べて甘さは控えめなのが特徴だ。
「田舎の味?」
珍しいその食べ物に、葵は想像もつかないようで首を傾げていた。
「なのかな? 僕はよく食べてたから分かんないけど」
「あんまりないとは思う。瓜は北海道とか奈良とか石川とか、都会ではないところで作られることが多いみたいだけん」
「へぇ。それは知らなかった。らしいよ、葵」
「そうなんだ。じゃあ、食べたい」
稀に見るワクワク顔に満足した様子で、早速と姉さんはキッチンへ行って金瓜を持ってきた。
既に切り身になっているのは、すぐ食べられるようにと、いつも祖父母が気を利かせて採った直ぐに処理している習慣のお陰だ。
昔はそれにずっと甘えていたけれど、よく考えればとても有り難いことだった。」
一緒に持ってきてくれた人数分の爪楊枝をそれぞれ持ち、葵に一番大きなものを寄越して僕らは少し小さいものを刺して持ち上げる。
それだけで、葵は先ず感触について、梨ほどは固くなく、メロよりはしっかりとしている、不思議な感じだと語った。
「薄いって言いよったけど、味は保証するけん」
母さんがそう言うなり、葵は頷き、迷わずそれを口にした。
瞬間の、その幸せそうな表情といったらない。
星屋でオムライスを食べた時、好物のチョコレートを口にしている時、そのどちらとも違う、初めて食べた物が自分の舌に合っていたという喜び。
確かめるように何度も咀嚼して、やっと飲み込むと、
「ふぅ……お、美味しい…!」
何の飾り気もない、素直な感情が零れた。
それにも、また満足した様子を浮かべて、母さんも一口齧って「うん!」と笑顔。隣の姉さんは久しぶりだったようで、幸せそうに頬に手を当てて喜んでいた。
倣って食べた僕も、それは実に数ヶ月ぶりなわけで、ついオーバーなリアクションをしてしまう。
幾つにも切り分けられていたそれは、好きなだけ食べて残してくれという姉さんの進言あって、葵は止まることなく凄く美味しそうに次々と食べていく。
「昼も近いけれど……昼食、どうしよう?」
ふと、姉さんが場に尋ねた。
昨夜同様、母さん手製の料理群でも僕は一向に構わなかったけれど、その当人から「外に行きましょうか」と誘われてしまっては、断ることもし難い。
そっと耳打ちされた客人である葵の言葉は、本音は母さんの手料理が美味しかったからそっちが良かったそうなのだけれど、我儘は言えない雰囲気と立場で、それを了解した。
近くのファミレスで駄弁りながら昼食を済ませると、案外良い時間になっていた。
家へ戻っての着付けは、やっぱり浴衣下だとちょっと動きが制限され過ぎているということで、葵は透けない色のキャミソールを着込むことに決めたらしい。
一度で完璧に習得していた葵は、僕が母さんを手伝ったものより幾分綺麗に仕上げて、満足そうに「準備おっけ」と姿を現した。
宣言通り姉さんが結わえた髪は、一見、浴衣で祭りに行くにはどうなのだろうと疑問を抱きたくなるものではあったけれど、葵がしていると不思議ではない、むしろ下手に飾らない自然さがあるもの。毛先にふわっとカールをかけ、いつも低めでくくっている二つを一つに束ね、左から前に流すというスタイルだ。
興味がないからとほとんど手を付けていない化粧までも、薄くではあるが今日だけは整えている。
「我ながら完璧。葵ちゃんには絶対似合う思ったんよ」
「ほんと、別嬪さん」
それぞれ褒め倒す母さんと姉さんに、口では「そんなことない」と言う葵もまんざらでもなさそう。
やがて恥ずかしさが限界に達したらしい葵は袖で顔を隠してしまったが、それすらも可愛い可愛いと、二人の意地悪な身内は、本心であれ揶揄うことを止めない。
結局は僕の後ろに回って来て、猫のように威嚇して終了。
一つしか違わず、かつ見た目には大人っぽいというのに、どうしてこう妹感が滲み出ているのか。
僕は小さく溜息を吐いて、そう至らしめた二人に呆れ顔で物申す。
「取り囲んでの会話はやめてあげてって言ったでしょ。慣れてないんだから」
「そうは言うけど、本当に可愛いけん」
「怖いから真顔はやめて。見てよ、怯えた葵が力を加えて握っているのは僕の背中だ。服だけじゃなくて皮膚まで持ってかれてるよ」
少し上体を捻って見せてやったそこでは、強く強く皺を残すくらいに僕の背後をガッチリと掴む葵の手があった。
「あたた。ちょっとやり過ぎた?」
「昨日から感じてたよ。一体、風呂でどんな無礼をしたらあんなになって帰ってくるんだか」
「それはねぇ――」
姉さんが言いかけた刹那。
「だ、だめ…!」
至近距離にいた僕の耳を抜け、頭まで揺らす程の大きな声。
天文部室で初にして唯一だった大声を上げたということは――
「聞かないけれど……姉さん、本当に何をしたらこうなるんだよ?」
「ちょっとしたスキンシップのつもりだったんだけど――ごめんね、葵ちゃん」
と、遅ればせながらではあったが正当な謝罪に、葵は言葉を返さずそっぽを向いてしまう。
隣では母さんが「あらあら」と他人事のように笑っているけれど、現状に関しては貴女も原因の一端であることを忘れないで頂きたい。
「はぁ…まぁいいや。とりあえず出よう、まず出よう。外に出れば頭も切り替わるさ」
そんな僕の提案にはしっかりと頷く三人。
母さんは未だ笑い、葵は憤慨し――姉さんはショックに俯いていた。
そう提案をしたのは僕なのだけれど。
浮かない三人より一番意識が他のところに飛んでいたのは、僕だった。
母さんから聞いた話が頭の中で映像として流れて止まず、しかし今すぐに桐島さんに頼るわけにもいかず、そのことだけを考えながら財布を手に、家を出た。
メインの祭り会場までの道中、祭りの最中、帰り道。
その僅かな時間の中で、僕の粗末な頭の中で、果たしてそれが纏まるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます