禁じられた遊びの始まりから終わり
ふじの
第1話 はじまりのとき
「時間って、どう思う?」
突然、恋人から聞かれたのは高校生の頃だった。
はじめて彼の家に遊びに行った時のことだ。その部屋の中の二人の間にある微妙な距離感にどうしていいのかわからずにいた私は、閉じられた窓の向こうから聞こえる雨の気配と同じくらい小さくつぶやかれたその質問の意図がわからず、顔を上げた。
「どう思うって?」
恋人はくしゃりと潰れたタバコの箱を手の中で転がした。
「これまでの17年とこれからの17年は本当に同じ長さの時間が流れると思う?ほとんど完成されているのに」
薄暗い部屋の中で恋人の薄い体臭がかすかに漂っているのを感じながら、私は返事をした。
「考えたことないけど。大人になると時間が早く感じるとはいうよね」
「大人になったら終わりだろ」
恋人は妙に朗らかにそう言って煙草を吸い始めた。
「でも色々楽しいこともあるんじゃない?ほら、煙草だって堂々と吸えるんだから」
「禁じられないことはやっても無意味だ」
恋人はかすかに笑ってぞんざいに言った。ひんやりとした笑いは私をわざと失望させようとしているようにも見えた。
恋人は手を伸ばして私の髪をなでた。私の目を覗き込みながらまた問いかけてきた。
「禁じられた遊びっていう映画知ってる?」
私は恋人に夢中で、彼の目しか見ていない。二人の間の距離が縮まったと思った。
「題名は知っているけど。見たことない。すごく古い映画でしょ?」
「音楽が秀逸なんだ」
恋人は私の頬をなでて顔を近づけながらつぶやいた。
「完成に近づいているのに禁じられたことが多いなんて、今が最高じゃないか。大人になるなんてちっとも興味を持てないよ」
私は笑った。体の中から湧いてくる熱さを彼に悟られないようにしながら、いつまでも彼の囁く声を聞いていたいと思った。
彼が囁く言葉に呪いがかけられていたことを知ったのは翌日だった。
恋人と私は、誰もいない美術室で放課後落ち合うことにしていた。誰かが入ってきた時の言い訳に、描きかけの絵を用意しようと美術準備室に入ると、机の上に置かれたCDが目に入った。「禁じられた遊び」と書かれた郷愁を誘うパッケージの上に恋人の字でメモが書かれていた。ほとんど遺跡のような佇まいで窓辺に放置されたままのCDラジカセにそのCDをセットする。柔らかな哀切のあるメロディーが流れ出し、白いカーテンをゆらしながらわずかに開いた窓から小さく切り取られた空に向かってすっと漂い出ていくように思えた。
その時、窓の外から鈍い音が響いた。同時に聞いたことのない数の悲鳴が上がる。
風で舞い上がるカーテンを避けながら窓辺に近寄る。校庭の向こうから半円状に大勢の生徒がこちらの校舎を見ている。泣き崩れる女生徒に何人かの先生が駆け寄って行く。
「見るな!」
叫ばれた大声につられて真下に目を落とす。
目に入ったのは赤く染まった白衣。2階の窓から見た景色がどれだけ客観性を持っているのかはわからないが、横たわる人物がうっすらと目を開け、幸福そうにも見える表情に口をゆがめているように見えた。
駆けつけた先生たちから必死に名前を呼びかけられているのは担任の美術教師だった。
そして、私の恋人だった人。
窓辺から離れた私は、堪えられない吐き気から逃れるように床に伏した。昨日の恋人との会話が蘇る。体の奥底にある器官が昨夜の記憶を呼び起こして疼きだす。風が頬をなでた。「大人になったら終わりだよ」恋人にそう呟かれた気がした。彼の呪いの言葉が体の中からじんわりと私の中に広がっていった。
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