21話【刃】
律は四本のサーベルを顕現させると、4人へ向けて撃ち出した。
「遅いね」
雅は破裂音と共に周りを囲むサーベルを粉々に打ち砕いた。音波に振動を乗せ、擬似的に小爆発を起こしたのである。
だが律に慌てる様子はない。
「原本も安物っぽかったし、強度だってまあ、そんなものよね。次よ」
律は先程の倍ほどのブロードソードやロングソードを空中に構えた。
「無骨な剣ばっかだな。やっぱ女子高生に剣のロマンは分かんねぇかな」
黒宮は茶化すように言った。だが、彼の言う通り律が昨日から今日にかけて放ってきた刃物はそのほとんどが装飾を持たない量産品のような武器だった。宝石の一つも無く、ただ刃と柄が付いているだけのそれらは彼女が武器そのものには疎いこと示していた。
「
ロングソードを投げナイフの要領で軽々とこちらへ放つ。それを黒宮はまるで手品のように自分の影で飲み込み躱し、因幡は持ち前の剛腕ならぬ剛脚で弾き飛ばした。因幡の脚には傷一つ無い。
「そいつで護るか壊すかは
「うるさい!アンタに何が分かるの!」
千尋の言葉に激昂した律は千尋に剣の雨を降らせた。おびただしい量の剣が千尋のいる場所に突き刺さっていく。
「桐生!」
「……」
土煙をあげ、剣の山は比喩のそのままに動かざること山の如しである。
律は鼻を鳴らし、次の狙いを決めようと新しい剣をイメージし始めた。だが、それは背後から聞こえてきた声で中断された。
「なあ」
「ひ……ッ」
声の主は千尋であった。
「アンタ……さっきあんなに……なんで」
「あんなもん隙だらけで簡単に避けれるわ。今は足元の枷もねぇしな。…2度も同じ弾幕が通じるとは思わない方がいい」
「―くっ…」
律は今までの実直なデザインのものではなく、波打つ金色の華やかな装飾で彩られた、一本の斧槍をその手に生み出した。
「それは悪くねぇ感じだな。なんだ、お気に入りか?」
「黙れ!」
律は斧槍をその手で振った。千尋はそれを難なく避けていく。
律の華奢なその腕では重い斧槍をそう何度も扱うことは出来ず、徐々に動きは鈍り、最後は地面にへばりついて持ち上がらなくなった。
「はぁ…っはぁ……」
「……【虎】」
千尋は最早抵抗するだけの握力もない律の手から斧槍を奪い取ると、一際大きな虎の爪でそれを切り砕いた。粉々になった欠片を見て、律は愕然とした。
「終いか?」
律はそれに答えるように再び斧槍を顕現させたが、それはやはりただの斧槍であった。最後の一撃とでもいうように、律は千尋に向かって全霊をかけて振り下ろした。
「うぁあああぁぁぁあッ!!」
「諦めな」
千尋は律の切り札―のレプリカを律の心に喩えたかのように、容赦なく粉々に砕いてみせた。
気づけば、竹林も跡形もなく消えている。
「分かったろ、もう詰みだ」
千尋が止めの一言を浴びせると、律は上下する肩を無理矢理に鎮め、精一杯の虚勢を張った。震え声のまま、呪文のように呟く。
「…嵐は止まらない」
コートをはためかせながら雅が駆け寄る。律の瞳は今まで見たどれよりも暗く、まるで奥から手を伸ばしこちらを引きずり込んでしまいそうであった。
「遠藤さん?」
「方舟がどれだけ救おうと、嵐は全てを呑み込むわ。せいぜい震えてなさい」
くだらない戯れ言かと聞き流そうとしたが、『方舟』と『嵐』という単語にどうも引っかかった。だがその真意を雅が尋ねる前に、因幡が別の問いを律に投げ掛けた。
「遠藤、何故あの男―浅井紅麗に従うんだ」
「…ああ、そっか。そうだった」
浅井紅麗、と因幡が口にした途端律は夢から覚めたように話し出した。
「“センセーの為になるかどうか”―それが、あいつに手を貸す条件よ」
「意味がわかんねーんだけど」
黒宮は眉を上げた。
「私、センセーと約束したのよ、センセーの為にしか字を使わないって。だからあいつにもそう言った」
律の口ぶりからして、どうやら浅井紅麗は律を従わせる為に筑紫和也に化けていたらしい。
「そしたらあいつ―センセーに化けて出てきて、もう可笑しくてさ。…段々ムカついてきてさぁ」
壊れたようにけらけらと笑い出す律。それを見て雅は思わず後ずさった。背中を冷や汗が伝う。律は筑紫和也が既に亡くなっている事をとっくに知っていたのだ。
「私…センセーが死んじゃった事、受け入れたつもりだったんだけどさぁ、なんか許せなくなっちゃったのよね、NOAHが。だから潰してやろうと思って」
感情の見えない瞳でにっと笑う律はあまりにも恐ろしく、知らず雅は足が震えていた。雅の横に立つ千尋も恐ろしさを隠せないといった表情で律を見ていた。
「な…っ」
「アンタ達NOAHがもっと早くに事件を解決してくれれば!センセーは死ぬことなんて無かったのに!」
「君は復讐の為に私達と敵対するつもりなのか!」
「そうよ!NOAHが私からセンセーを奪ったの!」
「あの時はまだ、あれだけの人数に対処しうるだけの字持ちが揃っていなかった」
当時の事を思い出し、因幡は悔しそうに呟いた。握られた拳が強く震えている。
律は悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「言い訳なんて聞きたくないわ!役立たずな方舟なんかいらない!私はこの世界をひっくり返す―あの人と一緒に!」
「あの人…?」
その時、雅達は唐突に豪雨に見舞われた。その轟音と滝のカーテンは雅達を分断こそしないものの、律の姿を見失わせるには充分だった。
「なに、ゲリラ!?」
雅は叫ぶが、その声すら吸い込まれたかのように感じ、声に出せたかどうかも自信が無い。
「いや、これは―」
字だ。浅井紅麗はまだ字を使う力が残っていた。雅は律を探すために反響定位を行おうと試みるが、雅一人を惑わせる為の幻覚なのか、轟音のせいで集中する事ができない。
「くそ!遠藤さんは…」
周囲を闇雲に見回す。雨のせいで目を開けていることもままならない。徐々に服が水を吸い重みを増す。
この感覚さえもが雅の思考を乱していた。幻覚だと言い聞かせようにも、全てがリアル過ぎた。ふと、足元に何かが当たるのを感じた。
「…ッ!?灯ちゃん!?」
豪雨の中、灯が倒れていた。目立った外傷はないが、気を失っているようだ。
「っ、良かった!」
「蒼亜!」
微かに、蒼亜を呼ぶ声も聞こえた。皆無事らしい。安心するのと同時に、豪雨はぴたりと止んだ。
「武藤は!…良かった、無事で」
「ッつーか、また逃げられたな」
黒宮が長い前髪をかきあげて言う。その隻眼は鷹の様に鋭かった。
「…ああ」
「気配も感じねぇ」
黒宮が空間を辿るが、2人を感知することは出来ないようだ。
因幡は靴を履き直して言った。
「恐らく浅井紅麗の方に一発食らわせたが、八つ当たりにもならないな」
「因幡さん、今は早くNOAHに戻りましょう。―二人のこともありますし…」
「嵐、か…」
「班長」
黒宮が考え込む因幡を諌める。
「ああ、戻ろう。調べることもある」
雅は律の言葉を反芻しながら灯と蒼亜を案じた。
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