<補講>スラヴの神々について

 今回は前回まででご紹介した泣き歌……ひいてはロシア・フォークロアの補足ということで、(ギリシア神話とか、北欧神話とかの有名どころとかと比べたら)あまり世間に知られていないだろう、スラヴ神話の神々をピックアップしていきたいと思います。

 と言っても、スラヴと一口に言っても東スラヴ、西スラヴ、南スラヴと分かれていて、伝承にも差異があるので、改宗前のウラジーミル一世がキエフの丘に築いた神殿に祀られていた神々に限定させてください。


 まずは主神から……。


・ペルーン

 東スラヴにおける主神であり、雷神。こういったところは、ギリシア神話のゼウスと似ていますね。というかルーシとビザンツ(現在のギリシア)が交流する過程で(後述)、何らかの影響を受けたのか、もしくは同じ起源を持っているかもしれませんね。というのも、ペルーンという名の起源は、アーリア族の時代まで遡れるそうなので。

 ちなみに<ペルーン>という響きに似た単語はスラヴ系の言語では多々認められ、ポーランド語の「ピョルン」はそのものずばり「稲妻」を意味しています。


 前述の通りペルーンは雷神ですが、戦の神としての側面も持ちます。事実、泣き歌のまとめの最初の方で触れた大公妃オリガは、戦に臨む際はペルーンの加護を祈り、また彼女の夫である大公イーゴリはビザンツとの戦を終わらせた際、ペルーンに懸けて(恐らくは和平の)誓いを立てたそうです。

 ペルーンが主神たる地位を与えられていたのは、稲妻こそ最も恐ろしい神の武器であり、稲妻を作り出す神こそが宇宙の支配者に相応しいと考えられていたからだそうです。ただし、ペルーンを主に崇拝していたのは民衆ではなくて、支配者階級である戦士たちだったのだとか。

 

 次に触れるのは、泣き歌のまとめ「百姓家について」でちらっと触れた家畜の神。クニャージ従士団ドルジーナの守護神であったペルーンに対して、全ての民の神であった神です。


・ヴォロス

 家畜の神。それはつまり、牧畜、多産、富を司る神でもあります。現代においてもそうですが、中世では家畜の繁殖は収入を左右する重要なファクターだったでしょうから、この神が全ての民の神だったというのも納得です。また、家畜=財産を司ることから、この神は商業を司る神でもあり、さらには詩歌の神でもあります。ヴォロスは万能というか、マルチすぎる神ですね。商業と牧畜を司る、というのはギリシア神話のヘルメスにも共通しています。

 さらに、ヴォロスは商業を司ることから、宣誓の番人としての役割を持つ(商取引の場に宣誓や契約は付き物ですよね)ともされていました。前述の大公妃オリガと大公イーゴリの息子スヴャトスラフは、ビザンツと条約を結ぶ際、ペルーンとヴォロスに懸けて誓ったそうなのですが、それもヴォロスの宣誓の番人としての役割によるものなのかもしれませんね。


 ヴォロスは異界の神という側面も持ち、死者たちの牧者と称されたことから、死者崇拝の儀礼はヴォロスの名において行われていたのだとか。

 一説によれば、ヴォロスは遙か昔は森の動物たちの支配者として崇拝されていた、森の王たる熊崇拝に起源がある神とされています。

 熊というのはそのパワーからもあらゆる文化で特別な位置を占めていて、むろんスラヴにおいてもそれは例外ではありません。ロシアでは熊は、冬に冬眠して春には目覚めるという性質から、再生するために死ぬ、一種の不死身の不気味だが神秘的な存在だと崇められていました。熊の手足には無限の力が宿っていて、熊から手足を切り離して呪術に使用することで、人間も熊のパワーを手に入れられるのだと、ロシアでは信じられていたのです。


 ここからの神様は、本ではペルーンやヴォロス程注目されていなかったので、さらっと流しますね。


・ダジボーグ

 天空神スヴァローグの息子であり、兄弟に火の神スヴァロギッチがいます。この神の父であるスヴァローグは原初年代記ではギリシア神話の鍛冶の神ヘファイストスと同一視されていて、彼自身も鍛冶屋としての、さらに魔術師や裁定者としての性質を持つとされていたそうです。

 ちなみに「イーゴリ軍記」によれば、ロシアの民はダジボーグの孫(つまりは末裔)であると信じられていたのだとか。


・モコシュ

 ウラジーミル一世が建てた神殿で祀られていた神の中で、唯一の女性神。名は「湿った」という意味があります。


ストリボーグ

・風の神。「イーゴリ軍紀」では、風はこの神の末裔だとされています。ストリーボグとダジボーグは、スヴァローグの別の表象と考えられているそうなのですが、そう考えると逸話の少なさにも納得できるかもしれません。


・セマルグル

 知っている方からすれば、名前から何となく察せられるのですが、イランの「王書シャー・ナーメ」にも出て来るシームルグに由来すると考えられている神です。

 「王書」のシームルグは、生まれつきの白髪ゆえに父に捨てられた英雄ザールの親代わりとなって、ザールを育てた凄い鳥のことです。後に色々あって父に我が子と認められ、人間社会に戻ったザールの妻が難産で苦しんだ時には、「妻に酒を飲ませて酔わせて痛みを感じられないようにし、その間に腹を割って赤子を取り出せ」とザールに教えたりもします。凄く賢い鳥ですね。鳥さん発案の帝王切開とか、色々斬新ですよ! 加えて、ザールの妻の帝王切開の傷はシームルグの羽で撫でるか、もしくはシームルグが与えた薬を付けたらすっかり元通りになったので、そういったところからもシームルグの凄さが窺えます。また、「王書」で人間社会に戻った直後のザールが言葉に不自由した描写は特に見られないことから、この鳥は人間の言葉を喋れる可能性もあります。ますます凄い。


 なんだかロシアと関係なくなったところで、参考文献を紹介してこの補足を終わります。


・ロシアの神話(フェリックス・ギラン編 小海永二訳)

・ロシアフォークロアの世界(伊東一郎編)

・世界神話大事典(イヴ・ボンヌフォワ編>

・角川ソフィア文庫<世界神話事典 世界の神々の誕生>

・東洋文庫<王書シャー・ナーメ ペルシア英雄抒情詩>(フィルドゥスィー著 黒柳恒男訳)


 にサンキューです!

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