第7章
1週間の休暇を終えて、復帰の報告の為ニーナはヴァンフォートの仮執務室を訪れていた。
大きな執務机の向こうにゆったりと腰かけたヴァンフォートの背後にはアッシュが控えている。
「ニーナ・ライラック、本日より着任いたします」
二人を真っ直ぐ見つめてピシッと敬礼した。
それを見たアッシュは大きく頷き、ヴァンフォートは「それがお前の答えでいいんだな?」と念を押す。
「お前の正義は変わらず私たちと共にあると」
「正直まだ揺れている部分はあるんです。でもきっとそれは一生考えていかなければいけない事だと思うので。とりあえず自分が耐え抜いてきたとんでもなく厳しい養成学校時代を無駄にしたくないなと思いまして」
本心を隠して茶化したニーナに、しかしその心情を理解しているであろう二人は頷くだけだ。アッシュにいたってはクスクスと楽しそうに笑い声も上げている。
「確かにそうですね。俺もあの時代をなかった事にするなんて耐えられません」
「まあとにかくこれで面倒な手続きもしないで済んだわけだな」
「またまたそんな事言って、素直じゃないんですから」
「うるさいアッシュ」
「一体なんの話ですか?」
「気にしなくていい。とにかくお前には早速捜査に加わってもらう。キースと共に関気施設に聞き込みに行くように」
「はい!」
失礼しますと礼をして退出すると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべたキースが壁に背を預けるようにして立っていた。「よっ」と片手を預けてこちらに歩み寄ってくるので同じように「よっ」と手を上げて応える。
「今日はスラム街の第2ブロックを回るぞ」
「了解」
「じゃあさっそく行くか」
「おー。ってなんでそんなに楽しそうなのさ。キースってそんなにやる気に満ちた男だった?」
「何言ってんだ。俺はいつでもやる気に満ちている」
並んで歩いているキースをチラリを見上げれば、憎たらしい程のどや顔を決めていたのでつい反射的に太もも裏に蹴りを入れてしまった。
「痛って!お前いきなりなにすんだっ」
「いやなんか顔がむかついたから」
「そんな簡単に人を蹴るな」
「安心して簡単に蹴るのはキースだけだから」
「まったく嬉しくない特別扱いは即刻やめてくれ」
「それは出来ない相談ね。なにせ色んな事の積み重ねがあって今があるわけだし、過去は消せない」
「急に格言ぽいこといってごまかしたな。ちくしょー。俺もさっきまでの俺を取り消したいぜ」
「ほらさっさと行くよ」
先程とは打って変わって頬をほくらませて不満げなキースを追い越して行く。
まだ背後で何やらブツブツ言っているが、今回の事では大分心配をかけたと思う。
言おうか言わないか廊下を進みながら悩んだ末に、足を止めた。
振り返ると怪訝そうなキースを目が合う。
とても目を見ては言えそうになかったのでまた視線を正面に戻して言った。
「色々ありがとね。もう大丈夫だと思うから」
「――おう」
そこでまた茶化してくれればよかったのだけど、背後からかけられた声はどこまでも真摯だった。
『霧』のアジトを探す事は困難を極めた。何しろ一番近い位置にいると思われるスラム街の住民はIPUがシュナイザーを追っているとわかった時点で完全に背を向けてしまったからだ。恩は忘れないタイプらしい彼らはどんなに揺さぶろうとも何も話そうとはしなかった。
シュナイザーの義理の父であるタッセル・ガーデン公爵も呼び出して問いただしたりもしたが、シュナイザーが大学を卒業してからはほぼ会っていないと証言した。しっかり仕事をしている事は報告を受けていたので、いい大人なのだからと放任していたらしい。彼はシュナイザーが『霧』のメンバーとなっている事も知らなかった。取り調べを担当した隊員の心証では完全に白らしく、彼を追及しても『霧』のアジトにたどり着くのは難しそうだと定例会議で報告していた。
聞き取り捜査ではたどり着けないと判断したヴァンフォートの指示でスラム街の張り込みに重点を置くことになった。
さすがに直接関わりのあるものが大通りを堂々と出歩くという事は無くなっているようだったが、確実に『霧』からの支援物資は届いているからだ。支援物資を届けている者が業者だとしても必ず糸は大元までつながっているはず。そんな考えのもと、僅かな聞き取り要員を残してほぼすべての隊員はスラム街の各地で張り込み捜査に当たることになった。だがこの作戦も一筋縄ではいかなかった。さすがに『霧』というだけあって惑わす為の糸を四方に張り巡らせており、正しい糸を探す作業だけでかなりの日数を要した。
夕方の定例会議。正面の壁に掛けられたホワイトボードに大きく建物の見取り図が描かれている。
「追尾、および張り込みの結果、ここにシュナイザーの所有している車が出入りしていることがわかりました。おそらく現時点での活動拠点はここと考えていいでしょう」
「ここなら港にも近く、海からの密輸もしやすいな」
腕を組んだままのヴァンフォートがホワイトを眺めながら頷いた。
そこに書かれている場所はハミューズの第4区、工業地帯に位置する港。海にほぼ隣接した位置に建っている倉庫は地下1階、地上3階の構造でかなり巨大だ。そして倉庫だけに内部の障害物が多い場所と広く空間の空いている場所の差が酷いようだった。
「ところどころ不鮮明な部分がありますが、この辺りは不明という事ですか?」
「追跡していた『霧』のメンバーのひとりを尋問し、大体の見取り図は作成出来ましたが、さすがに細かいところまでは覚えていないようです。でもここに書かれている情報は裏取りしていますのでほぼ間違いないかと」
己の質問に自信を持って答えた隊員を一瞥したアッシュが満足そうに「それは結構」と頷いている。だが情報はまだ足りない。
「敵の正確な数や所持している武器の種類、数は現時点で不明」
その報告に身体が早くも緊張を伝えてくる。
敵の人数はどうであれ、相手は武器の密輸をしている組織だ。かなりの数の武器が弾薬が蓄えられていると思っていい。それにこの拠点に弾薬が蓄えられているとすればむやみに踏み込むのは危険だ。どこにあるかもわからない弾薬を避けて銃撃戦をする事など不可能に近い。最悪共倒れとなってしまう。
「まあそこは仕方ありませんね。じっくり内偵しているうちに逃げられてもかないませんし、ここは一気にカタをつけましょう。当然ここには弾薬なんかがたんまり保存されている可能性もありますが、となれば相手もそう簡単に撃っては来ないでしょうし」
「そう願いたいですが、こちらの動きに気付かれれば罠を仕掛けられる可能性も高い。つまり我々が飛び込んだ瞬間――」
「ドカーン!!」
突然アッシュが大声を上げたのでこわばっていたニーナの身体が大げさなくらい震えた。
それを目撃してしまったニーナの周辺に座っていた隊員が小さく笑う。その笑い声に顔が熱くなるのを感じながら抗議の声を上げた。
「アッシュ、こんな真面目な時にふざけないでください……」
「すみませんライラック。つい出来心で」
そうは言いつつも口元には笑みが浮かんでいる。この状況を楽しんでいるのは間違いなかった。
そんなアッシュの隣でヴァンフォートが呆れたように大きく息を吐いている。
「……フィジーの言う通り、悟られれば私たちごと拠点を爆破し証拠を隠滅する可能性もある。出来れば内偵の時間をしっかり取りたいところだが……」
「しかし相手は『霧』ですよ。『鷹』よりも長年姿を掴ませなかった組織。そしてその中心核は天才シュナイザーと同じく天才と呼んでも差し支えのないハミルトンです。長くなればこちらの動きを気取られる可能性も上がる。難しいところですね」
ニーナの脳裏に幼いころのハミルトンの笑顔が浮かんで消えた。
拳を強く握りしめる。
別の痛みで誤魔化さなければまた迷いそうだったからだ。自分の覚悟はまだ簡単に揺さぶられてしまうという事実に動揺した。
「そうだな……。内偵期間を3日取る。ある程度出入りしている人数やどのくらいの車両が出入りしているのかを把握したい。そこまででこちらの動きがバレていないようなら4日目に突入する」
「シュナイザーたちがいなかった場合はどうしますか」
「どの道ここはつぶしておかなければならない。突入だ」
「了解しました。皆さん聞きましたね?内偵組は続けてここを監視し、報告をあげてください。他のメンバーは4日後の突入に備えて各自準備をしておくように」
「了解!」
そして4日後。
結果として追加情報は得られなかった。そして突入時中にシュナイザーやハミルトンがいるかどうかもまた不明である。
だが計画通り拠点を潰す為18部隊は突入の為に倉庫を囲んでいた。
ハミューズ支部に来ている16、17部隊にも協力を申し出たが、現在彼らも『鷹』捜査の大詰めを迎えており、協力は難しいとの回答があった。それでも医療工場の借りがあるからと僅かながら人を貸してくれた。
だがそれは本当にわずかな人数で、せいぜい逃げ出してくる『霧』メンバーがいないか監視するくらいしか任せられないと判断したヴァンフォートは突入部隊との連絡係として18部隊から数名を残し、残りのメンバー全員で突入することを決めた。
ニーナとキースが組み込まれた第3チームは北からの突入となり、そのまま地下へと攻め込むルートとなる。
緊張から密かに唾をのみ込んだニーナの肩をキースが軽く叩く。
「あんまり話してる時間無いから、これだけ言っとく。――俺の背中を任せられるのはお前だけだ。だからお前の背中も俺が守る」
「ちょっとなに――」
くさいセリフ言わないでと笑い飛ばそうとして失敗した。
見上げたキースの瞳があまりに真剣だったから。
そのせいで緊張感がより高まる。
油断のできない相手なのだと教えられる。
中にハミルトンはいるのだろうか。
IPUで将来を期待された彼に勝てるのだろうか。そして自分は迷わず引き金を引けるのだろうか。
迷わない自信はない。それでも自分の居場所はここだと決めた。
「……もしもの時は、ちゃんと引き戻してよね」
キースは引き戻してくれるとあの時言った。自分を信じられなくても、キースは必ず引き戻してくれると信じられる。
そしてやっぱりキースは「当然だろ」と笑うのだ。
「俺は約束は守る男だからな」
「知ってる」
そしてどちらからともなく突き出した拳の先をぶつけた。
「時間だ。突入!」
同じチームのリーダーであるフィジーの声に従って一斉に動き出す。
扉の鍵を破壊し、こじ開けた隙間から閃光弾を投げ込む。反応がない事を確認し、慎重に、且つ迅速に突入を開始した。
役目に応じて前方、後方、そして頭上からの銃撃に警戒しながら進む。
まだどこからも銃撃の音は聞こえてこないが、火薬の臭いがしている。やはりここにはかなりの数の弾薬が確保されているらしい。倉庫は明り取りの窓が少ないせいで薄暗い。こんな場所で銃撃戦が始まれば大爆発を起こす可能性も高い。
これ以上ないくらいの緊張を抱えたままメンバーに続く。
その時何かの物音を聞いた気がしてニーナは視線を上げた。その先で一瞬小さな光が灯った。瞬間、先頭を進んでいたビノーが血しぶきを上げて倒れた。
「――――!!」
銃撃を受けたと頭が理解するのと同時に咄嗟に全員が物陰に身を隠した。
倒れ込み痛みに呻くビノーはフィジーが引っ張って隠す。
「上からか!?」
「恐らく!」
「致命傷は避けている!今止血を!」
撃たれたのは丁度肩の上あたりだ。止血処置を受けながら苦し気な声を上げるビノーに先日同じような痛みを体験したニーナは震えた。それでも銃撃を受けた上部を警戒する。1階部分は天井が高く、吹き抜けのような構造になっている。恐らくそこから銃撃を受けたのだろう。
かすかに人の影のようなものが見える。
この暗闇の中周りに積み重ねられたコンテナや木箱に当てず正確に隊員の肩を撃ち抜いた腕は半端ではない。間違いなく訓練を積んでいる。全員があの射撃技術を持っているとは思えないが、無駄撃ちしてこない事も考えると『鷹』よりも油断ができない事は確かだ。きちんと統制が取れている感じもする。
「アーノルドはそのままビノーの止血を。ワームは二人の援護。可能なら三人で退避しろ。幸いまだここは出口に近い。他の隊員で進む」
「了解」
フィジーの指示に全員が頷き、素早く二手に分かれた。ここに残る隊員を残し、素早く隣のコンテナまで走る。
途端に激しい銃撃の音。出来るだけ身を低くしながら飛び込むようにコンテナの影に身を隠した。
銃撃が止んだ一瞬を逃さず反撃に出る。
だがあちらもそれを読んですでに射程範囲から消えている。射撃できない死角に身を隠したらしい。やはり良く訓練されている。
倉庫のあちこちで激しい銃撃の音が響き渡る。他の部隊も襲撃を受けているらしい。
「牽制しつつ行くぞ!」
「はい!」
撃たれている間は身を隠し、銃撃が止んでいる間はこちらを狙われないよう撃ち返して牽制する。そうして徐々に奥へ進んでいく。
もう地下への入り口は目の鼻の先だ。だがそこに行くまでに約10メートル。コンテナも木箱もない。完全なる無の空間。ここを突っ走れば間違いなく狙い撃ちされる。
「ライラック」
不意に地下への入り口を睨んでいたフィジーが名を呼んだ。
返事をしながら近づけばただ「行けるか」と問われる。
「部隊で一番足が速いのはお前だ。俺たちが援護する。その間にあそこへ飛び込め」
「ちょっと待ってください!例えたどり着けてもその先はニーナひとりになります!危険です!」
「ならお前も続けウエーバー。どの道ここをこの人数では通過できない。そうすれば確実にあの銃撃の餌食だ。だがだからと言ってここで足止めを食らっていては地下にいるであろう『霧』のメンバーをみすみす取り逃がす事になる。俺たちは他チームが2階を制圧したら後を追う」
「そんな……。俺たちはこの中で一番新人なんですよ。そんなやつらにこんな大事な場面を託すんですか?もししくじったら――」
「何言ってる。新人であろうとなかろうとお前たちは18部隊だ。それにお前たちなら出来ると信じている。悪運も強いしな」
「クマ……」
思いもよらない言葉に感激して思わずあだ名を呼んでしまった二人の頭に「誰がクマだ!」という声とともに鉄拳が落ちてきた。
「くぅ~……!」
「合図を出したら全力で走れ。いいな」
「はい……!」
「3、2、1、ゴー!!」
ダダダダダッ!
ダンッダンッダンッ!
頭上からの銃撃に狙いを定められないうちに駆け抜ける。
弾はニーナの後ろに落ちていた。
そのままスライディングの要領で階段に飛び込む。数段転げ落ちて、すぐに戻ると遅れて駈け込んできたキースの手を引いた。
そのまま二人で身を低くし、ほっと息を吐く。援護のおかげもあってキースにも怪我はないようだ。
少しだけ階段から頭を覗かせると、コンテナに隠れているフィジーに親指を立てて無事を伝える。フィジーも親指を立てて応えた。それを見届けると「じゃあ、行こうか」とキースに声をかけて階段を降りる。
鉄製の階段は足音が響くが、それよりも頭上で繰り広げられている銃撃の音がうるさいので気にせず駆け下りた。
地下も変わらず木箱がそこかしこに積み重ねられていて視界はよくない。だが明かりが灯されている分地上よりも明るかった。
互いに背を合わせるようにして目標地点へ進む。この空間を抜けた先は資料室になっているらしく、ハミルトン達がいるとすればそこが一番可能性が高かった。
何の飾り気もない鉄の扉は開け放たれている。
「罠かな」
「かもしれないな。どうする?」
「でも行くしかないでしょ」
「だな」
周囲への警戒を怠らず、慎重に進む。
扉の前で左右に分かれて中の様子を窺った。人影がひとつ確認できるが、光に溶け込んでいて誰なのかは認識できない。
キースを見ると頷いたので、こちらも頷き返して同時に突入した。
そして素早く射撃体勢を整えると警告する。
「そのまま動くな!」
「手を上げて!」
「――やっぱり君か」
光に溶け込んでいた影が警告を無視してこちら側に数歩進んでくる。そのおかげで微笑を刻んだシュナイザーの顔がはっきりと見えた。相変わらず上質だと一目でわかるグレーのスーツに身を包んでいる。
「やっぱり運命は残酷だね」
そう言って笑うシュナイザーの背後からもうひとつの影が現れた。まず見えたのは光に照らされて星のように輝く銀の髪。そしてその髪の持ち主がシュナイザーの隣に並ぶと自分と同じ色の瞳もはっきりと確認できるようになる。
わかっていても息が詰まった。
呼吸が乱れる。
心臓が痛い。
「ハミルトン……」
こぼれ出た名に隣のキースが息を飲む。
こちら側の動揺を楽しむかのように「ここはやっぱり兄妹水入らずで対話させてあげないとね」と微笑んだシュナイザーが手を上げた。その手には銃が握られている。
認識すると同時に二人の間に銃弾が撃ち込まれた。
「チッ!」
応戦する間もないままキースがニーナから離れていく。
シュナイザーは完全にキースだけをターゲットに絞っているようで、逃げるキースを追うように彼も離れていった。
そちらを気にしつつもニーナはハミルトンに銃口を向ける。
だがハミルトンはその手に持った銃を構えることなく靜かにニーナを見つめていた。
感情の読み取れないその瞳が少し怖い。
「投降してください。あなたを逮捕します」
「……そちら側を選んだというのは本当だったんだね。残念だ」
「――っ」
「でもごめんニーナ。まだ苦しんでいる人がいるんだ。せめてバルトの紛争が終わるまでは、手を引けない」
「もう終わりにしてください。人道支援の為と法律を侵したら、国際秩序はますます混乱してしまう……!それに武器を密輸すればその武器で傷つく人だっているはずだよ!」
ニーナの言葉に数秒間ハミルトンが目を閉じた。だが再び開かれたその目は先程よりも冷たさを増していて、恐怖で身体が震えた。ハミルトンからにじみ出る気が明らかに変わったのがわかる。
「――IPUにいれば犯人を撃つ事もあるだろう。誰かの命を奪う事もいとわない君と、俺は何が違う?結局IPUだって同じじゃないか。ただ、何を守るかその違いだけだ」
「――わかってる。矛盾してる事も痛いくらいわかってる。でも秩序を保つためには法律を侵す人を野放しにはしておけない。ひとつひとつ芽を刈り取る事で、最後は平和に繋がると信じてるから」
「その過程で犠牲になる者は見ないふりをして?」
「――っ」
痛いところをつかれて唇を噛み締めた。
だがここで迷うわけにはいかない。
自分の存在意義を失うわけにはいかない。
右を見ればシュナイザーと激しい撃ち合いをしているキースの姿が見えた。
そして脳裏にフィジーを筆頭とした第3チームの姿がよぎる。チームの姿が消えると同時に18部隊のメンバー全員の姿が走馬灯のように駆け抜けていった。そして最後にヴァンフォートの姿。
『お前の正義はどこにある?』
「――私の正義はIPUと共にある。今は矛盾だらけだけど、彼らとなら乗り越えて行けると信じてる」
まっすぐに見つめたハミルトンがそこで初めて動揺を見せた。
わずかに見開かれた目。そして一拍の後どことなく寂しそうに視線を落とす。
「そう……。もう君は君の道を歩いているんだね。そして君の周りには君を支えてくれるいい仲間がいるみたいだ」
「うん。いい人達に巡り合ったよ。ハミルトンがいなかったら出会わなかった。ありがとう……!」
話している内に目の奥が熱くなって、堪える間もない程早く頬に涙が伝い落ちていく。
それを見たハミルトンが奥歯を噛み締めたような気がした。
「……今では少し後悔しているよ。君にIPUなんて勧めなければよかった。そうしたらこんな風に向かい合う事もなかっただろうから」
「ハミルトン……。お願い、投降して」
涙ながらの願いに、しかしハミルトンは首を振る。
「君がその信念を曲げられないように、俺にも曲げられない信念がある。そして信じる正義も。それが違う以上残された選択はひとつしかないんだよ」
「ハミルトン――!!」
ハミルトンの銃口がニーナの心臓をとらえた。
撃つか、撃たれるか。
緊張と恐怖で指が震える。そこから全身に震えが広がって銃口が定まらない。
また感情の消えた目と視線がぶつかる。その瞬間頬のすぐ横を銃弾が通過していった。
撃たれたショックで身体が固まったのは一瞬。すぐに木箱の影に飛び込んだ。
「撃って来いニーナ!お前たちの保持している弾数は把握している!そこら辺の敵を狙うように戦ったのでは俺は捕まえられないぞ!」
「くっ……!」
そんなことは言われなくてもわかっている。
ハミルトンは元IPU。こちらのやり方など手に取るようにわかっているはずだ。
だからと言ってどうすればいい。
撃ち返したところでニーナにはキース程射撃の腕はない。
イチかバチかで撃てば致命傷を与えてしまう危険性もある。
敵対する覚悟は決めても、やはりこの引き金をハミルトンに向けて引く勇気は湧いてこなかった。
躊躇っている間にハミルトンが近づいてくる気配がする。
咄嗟に木箱の影から飛び出して素早く棚の影に身を隠す。そんなニーナを追うように銃弾が撃ち込まれた。
「逃げてばかりでどうする。ニーナ。この世は勝った者が正義なんだ。負ければその正義は途端に悪になる。勝たなければ正義は証明されないんだ!」
弾がニーナの隠れている棚に当たる。
「撃って来い!」
そう叫ぶハミルトンにどう対処すべきか必死に考えていると、ふとあることに気付いた。そしてまた泣きそうになる。
「ニーナ!」
再び名を呼ばれてニーナは銃口を下げたまま棚の影から歩み出た。
ハミルトンの銃口がニーナをとらえる。しかし撃ってはこない。
やはりニーナの予想は当たっていた。
「撃って来いと言いながら、なんでハミルトン撃たないの?ハミルトンの腕なら無駄撃ちなんてしなくてもとっくに仕留められていたはずだよ……」
「……腕が落ちたんだ」
「違う。弾はギリギリ私に当たらない距離に撃ち込まれてる。腕は鈍ってない。……当てないようにしてるんでしょ?なのに私に撃たせる気……?」
また涙が頬を伝って落ちていく。
その涙でハミルトンの表情が見えなくなった。
「……お前はIPUには向いてない。優しすぎる……っ。それでもお前がそこに居続けるなら、いられないようにするしかない――!」
「ハミルトン――!」
銃口がニーナをとらえたまま火を噴いた。瞬間突き飛ばされて身体を床に打ち付ける。
「うっ……!」
「キース!!」
すぐ近くで聞こえた呻き声に慌てて身体を起こせば脇腹から血を流すキースがうずくまっていた。白い制服が赤く染まっていく。
「キース!今止血を――!」
「馬鹿……っ、何迷ってんだ……。自分で選んだ事だろっ、今さら逃げるな……!お前がいるのは俺の隣だろ!」
「キース……。だからって、なんで!」
痛みに顔を歪めながらも無理やりキースが笑う。
「約束したからな」
「キース……!」
ぎゅっとキースを抱きしめる。
キースを傷つけたのは自分だ。自分の迷いがキースを傷つけた。
激しい後悔と自分への嫌悪感が心に広がっていく。
「そうか、お前が原因か」
キースの肩に顔をうずめていたニーナの耳にぞっとするほど冷たい声が聞こえた。
反射的に見上げたハミルトンの目には恐ろしい程の殺気が宿っている。
そしてその目はまっすぐにキースを見ていた。
少しでも動けば殺されそうな雰囲気に動けずにいると、遠くから複数の足音が聞こえてくる。どうやら第3チームが追いついてきたらしい。
「そろそろ行かないと脱出できなくなるよ」
「……そうだな」
乱れたスーツを直しながら歩いてきたシュナイザーが声をかけると、ハミルトンは意外な程あっさりと銃を下ろす。
そしてそのまま背を向けて歩き出した。
「待ってハミルトン!」
しかし振り返らない。
その背後に続いたシュナイザーだけが「バイバイ」と手を振った。
後を追うという事さえ考えつかない程放心していると慌ただしく人が駆け込んでくる気配がした。
「――大丈夫か!おい!」
肩を強く揺すられて、ようやく目の前にいるのがフィジーだと気づく。
いつの間にかキースは腕の中からいなくなり、側で止血処置を受けていた。
「一体何があったんだ」
「あ……、シュナイザーと、ハミルトンがいたんです。撃ち合いになって、キースが……」
「そうか、それでやつらはどこに?」
「あちらへ」
示した方へ慌てて数人が銃を構えたまま走っていく。しかしすぐに戻ってきた。
「抜け道がありました。追いますか?」
「……いや、いい。どうせ追いつけない。とりあえずここの資料が手に入ったならそれでいい。十分数は減らせたはずだしな」
「はい」
「とりあえずキースを運んでくれ。慎重にな」
「はい。――キース、動かすぞ。少し我慢しろ」
「うっ……。先輩もう少し、優しく運んで……」
「これ以上ないくらい優しくしてる」
「嘘だ……、痛てぇっすけど」
肩を支えられてキースが歩き出す。その後を慌てて追いかけ、空いているもう片方の肩を支えた。
「キース大丈夫?ごめんね、私が撃てなかったから。ごめんね」
「お前のせいじゃない、気にすんな」
「っでも……!」
「まあそこまで言うなら俺の願い事ひとつ聞いてもらおっかなー……」
「うん、いいよ。なんでも言って」
「え?」
「え?」
自分で願い事があると言ったのになぜそこで戸惑いの声を上げるのか。
じっと見つめているとあからさまにキースの目が泳ぎだした。
「あ、いや、その、まさかそう返ってくるとは痛てて……!」
「大丈夫!?」
「ははっ、気にすんなニーナ。こういうのが男の勲章って言うんだ。な、キース?」
「ちょ、なに変な事言ってんすか!痛っ!」
「はいはい大声出さない。ニーナ。こいつは俺に任せて、フィジーの手伝いしてやって。もう上は片付いてるから心配はいらない」
「はい……」
キースが心配だったが、そう言われてしまえば手を引くしかない。
大人しく指示に従ってキースを見送った。
「おいライラック!ちょっと来い!」
「は、はい!何ですか!」
焦ったような声を上げたフィジーのもとへ慌てて駆け寄る。
フィジーは部屋の壁に沿うように置かれた本棚からひとつのファイルを取り出して広げていた。
「これを見てみろ」
渡されたファイルを受け取って目を通す。
「これ――!」
そこに書かれていた内容に驚愕した。
それから本棚に収められていた別のファイルを取り出して目を通す。
やはりこれも同じだ。
次のファイルも。
ここに置かれているファイルはすべて『鷹』に関する調査ファイルだった。
しかもIPUよりも詳細な。
まるで読めとばかりに残されたファイルは彼らの無言のメッセージのような気がした。
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