IPU-国際治安維持部隊
柚木現寿
序章
窓の外からはどこからともなく訓練に励む隊員の声が聞こえてくる昼下がり。
空はどこまでも澄み渡り、美しく整えられた庭をさらに美しく演出している。
だがセドリック・ヴァンフォートは窓の外に広がる景色に目を向ける余裕もなく、ただひたすら目の間に積み上げられた書類の処理をしていた。
ひとつの山がもうすぐ片付くと気合を入れたセドリックの集中力は、しかし不意に鳴らされたノックの音に途切れる。
顔を上げると同時に執務室の扉が開かれて大柄な男、カルロス・アッシュが顔を覗かせた。ニコニコと一見人当たりのよさそうな笑みを浮かべてはいるが、付き合いの長いヴァンフォートでさえその本心を読み取る事は難しい男だ。
「隊長、失礼しますよ」
「どうした?」
許可もなしに入室してきたカルロスを咎める事もなく筆を置いたセドリックに「報告書をお届けに参りました」と妙にかしこまった口調で言って分厚いファイルを差し出してくる。
その口調とファイルに嫌な予感を抱きながらも礼を言って受取り、『ハミューズ王国難民問題についての報告書』とタイトルがつけられたそれにさっと目を通す。
ハミューズ王国はセドリックたちが住む永久中立国シヴァールの海を挟んで隣に位置する小さな国家だ。小さくとも歴史があり、10年ほど前まで歴史的建造物や美しい景観で世界中から観光客を集めていた。しかしハミューズ王国に隣接するバルト王国内で王族、政府の行う政治に不満を募らせた民衆による反乱が起き、政府軍と人民解放軍による国内紛争が始まった。その争いから逃れようとハミューズ王国を目指す難民が増え、バルト王国内の紛争が硬直状態に陥っている現在も不法入国を果たす難民の数は高止まりの状態だ。
難民とハミューズ王国民との緊張も高まり続けており、それに関連した犯罪も増えている。
報告書を読み終えると思わずため息が零れ落ちた。
「こんな報告をされても私たちには何もできることはないというのに」
「俺たちは基本国をまたいだ犯罪、国家間の問題にしか介入できませんからね。現状紛争は国内問題ですし、難民問題はそもそも我々の管轄外ですし。もどかしいですね」
「まったくだ……」
「俺もざっと目を通させてもらいましたけど、ハミューズはスラム街が膨れ上がってきているようですね。それに伴う犯罪も増えている。そこに我らが問題児が何を思ったか旅行に出かけたと思うのですが」
「……そうだった」
言われて思い出す。
先日18部隊一の問題児が提出した休暇届に書かれていた滞在先は確かにハミューズとなっていた。
セドリックにそれを提出する時、今は観光客が少ないから思う存分観光ができると太陽のようにまぶしい笑顔で語っていたが、それが逆に不安を高めたのだ。
「あの子はとにかく手が早いですからねー」
どことなくのんきな口調に本当に心配しているのか疑いたくなるが、セドリックも対策は立ててある。
「念のためストッパーは派遣してあるが、どうだろうな……」
「――ああ、そういえばあいつも休暇取ってましたね。ちっとも嬉しそうじゃなかったのはそういう理由ですか」
ククツと喉を鳴らして楽しそうに笑うカルロスはやはりこの状況を楽しんでいるようだ。
「ついでに俺たちが介入できるように一石投じてくれたりしませんかね」
「……やめてくれ。少しも明るい未来が想像できない。ただ楽しんで帰ってきてくれればいい。観光だけしてな」
目を閉じれば嫌な想像が次々に頭を駆け巡る。
ついにセドリックは頭を抱えるともう一度祈るように「頼むから観光だけして帰って来い」と呟く。
そんな彼の胸元には天秤と剣の絵が彫られた銀のバッチが輝いていた。
それは世界を跨ぐ国際犯罪や国家間の問題を解決するために創立された国際治安維持部隊、通称IPUに所属するものだけがつけることを許される特別なバッチである――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます