25. 基盤

 鹿坂が“K”の危険性に気付いたのは、地下設備の補修計画書に目を通したからだった。

 部屋を区切る二枚の気密扉、そして内壁は、高額な防諜素材が使われている。これが機密保持のためでないことは、彼には容易に想像できた。

 内側に閉じ込めた能力が外に影響を及ばさないように、対電、対磁の檻を造ったのだ。共鳴リンクがケーブルに依存せず、暴走すれば甚大な被害を招くことを、内調の人間は知っていた。


 Kから各接続カプセルへ伸びる配線も、待機センターの特別製である。生体リンクが漏れ・・ない仕組みにしないと、患者を検診するスタッフまで接続に巻き込まれかねなかった。

 そう、Kのリンクは、ファイバー線の外へ浸蝕する。この霊的とも言える力はアスタリスクと同じ。Kがアスタリスクの本拠地であることは、もう誰の目にも明らかだ。

 とすると、リンカーだという神堂はどうなのか。アスタリスクと同じ能力を持っているのかという涼也の質問を、鹿坂が否定する。


「神堂が末期癌なのは本当で、最初は入所を希望して極秘裡に訪問したらしい。検査で微弱な能力が確認され、収容が優先された」

「微弱? あれでか。改変能力は化け物級だったぞ」

「正確には、Kと親和性が高いんだよ。共有現実で暴れられたのはKの能力を借りてるだけで、現実世界へ侵蝕するような力は持っていない」


 異能力者と言われ、どんな超常の力が使えるかと思ったが、神堂の実世界での力はたかが知れていた。精々、相手に暗示を掛ける程度だろうと、鹿坂は予想する。

 しかしその暗示・・が、教祖の地位を確立するのに役立った。信徒を心服させるカリスマ性、これがそのカラクリだ。


 涼也はアスタリスクの正体、そして共有リンクを止める方法へと頭を回転させた。

 鹿坂には、途中で切り上げた所長のデータの解読を、もう少し続けさせた方がいいかもしれない。神堂やK……そもそも生体リンクは謎だらけだ。“現実世界へ侵蝕するような力”、会話の最後のセリフが、刺となって彼へ突き刺さる。


 ――今、考えるべきことを、何か忘れていないか?


 しかし、山脇の関心は違った。彼の職分は殺人事件の捜査であり、そこから逸脱することはない。


「坂本はなぜ殺された? 多々良はどう関わってる?」

「私の推測では、坂本の行動を止めようとしたんだと思う。警察を呼び込んだのは、所長が――」


 坂本が何を計画したのかを聞く前に、山脇の無線が着信を知らせた。

 県警本部に警視庁の特別捜査班が着いたと、種崎が口早に伝える。概ね予想通りの言動で、彼らは全市の再起動を指示してきた。

 涼也は山脇の無線機を貸してもらう。


「殴ってでも止めてください。アスタリスクを押さえるまで、電源を切っちゃダメだ」

『こっちも必死で説得してる。だけどな、昏睡者が市民に出だしたんだ。被害拡大を食い止めると言って、聞かないんだよ』


 市警も足と車を使って、徐々に連携を取りつつある。

 県警が受けた報告によると、通信網の障害が招いた当初の混乱よりも、突然の昏倒者の増加が問題となっていた。


『正確な数は分からんが、数十人、下手したら百人単位で倒れてる』

「……アスタリスクだ。生体リンクが漏れ始めたんだ」

『生体リンクって何だ?』


 種崎へ簡潔に解説しながらも、涼也は自分が何を危惧していたかに、ようやく思い当たった。

 アスタリスクは、現実世界へ浸蝕できる。その力を利用して、ケーブル間を移動するような真似もした。感冒のウイルスのように空中を伝い、リンクを構築できるわけだ。

 とすれば、ケーブルの近くにいた人物は、リンク対象になっておかしくない。それが現在増加中の昏倒者だろう。

 アスタリスクを野放しにしたら、VRに飽き足らず、実世界もボロボロにされる。


「そっちにも、内調はいるんですよね。生体リンク、いや共鳴リンクが暴走中だと教えてください。電源を切っても無駄だと」

『内調は味方になりそうなんだな。試してみよう』

「こっちの調査官からも、連絡を入れさせます」


 鹿坂を見た彼に、了解の手が挙がる。

 アスタリスクは何とかする、そう言って涼也は交信を終えた。作業に没頭するナル以外の全員が、その言葉がハッタリでないことを期待して彼の顔を見る。


「Kを爆破したらどうなる?」

「それは困る! 第一、無理やりリンクを途絶させると、センターの収容者は皆、脳を破壊される危険がある」

「じゃあ、内側から破壊したらどうだ?」

「内側とは?」

「Kの構築する世界を、データ改竄で破壊するんだよ」

「それは! ……内調としては喜べないな」

「緊急事態でも?」


 決断を迷う内調の調査員を、山脇が一喝した。


「部下も市民も犠牲になっとるんだぞ! 事件が政府の仕業と宣伝されたくなきゃ、お前も腹を括れ」

「……他に方法は無い、か。暴走を止めるのに、データ破壊はいい手かもしれない」


 この計画は、元々、アスタリスクを追い詰めるために最初から考えていたものだ。ナルもそのために働いていた。

 本庁の連中が血迷う前に、アスタリスクの活動を封じ込める。これで市は復旧、神堂の移送も可能になり、事件は解決に向かう。

 鹿坂には県警本部に連絡させ、涼也たちはこれからの作業を打ち合わせた。


 動き出した皆の手が、突然の重低音に止まる。

 壁越しでも伝わる、階下からの振動。中央管理室の壁や端末が、目に見えて揺れた。


「何だ!?」


 山脇の叫びには、二階に走ってきた部下が答えてくれる。


「建物を攻撃されています! 自律型ドローンの爆発で、正面ロビーに負傷者多数!」

「警察に爆撃とは、どこの馬鹿だ!」


 山脇は指揮を執るため、部下たちと一階へと急ぎ、鹿坂は通話を続けながら所長室へと戻って行った。

 部屋に残されたのは三人、綾加は正体不明の攻撃に不安を漏らす。


「ここ、大丈夫でしょうか」

「俺たちは、出来ることをやるだけだ」

「そう……ですね」


 涼也たちのアスタリスク攻略は、ナルの現状説明から開始された。


「アスタリスクが造るのが基盤、患者のいる共有現実を上層と呼ばせてもらうよ。個人で眠ってるボッチワールドも上層だね」

「その呼び方でいい。やっぱり二層構造なんだな?」

「そう単純でもない。上層は、キャップが近いかなあ」

「蓋か? 基盤を押さえてるとか?」

「そう、逆流を防ぐ役目も持ってる。上層のデータで押さえて、基盤が滲み出てくるのを阻止してるんだ」


 ナルの解析で、アスタリスクの世界、基盤を改竄する道筋が見えた。

 上層世界は管理室から新規に構築することが可能、そこを足掛かりにすればいい。理屈だけなら、その後、世界を改変のやいばに変えることも出来ると言う。


「問題は、何を送り付けるかだね。センターの上層世界のデータは、蓋の機能に特化してる。都合よく改造するのは相当時間が掛かるよ」

「VRゲームは? アップデートが楽なように、穴が多いだろ」

「それならイケるけど、相当な量のデータじゃないと通用しない。大陸規模の世界データが欲しいな」


 涼也と綾加の二人で、ゲームの名前を挙げて行く。

 アスタリスクの回線攻撃は現在進行形で酷くなっており、ブリッカーやシエルクロスは接続が不安定らしい。

 よりサーバーがセンターに近く、大量データの引き抜きに耐えられそうなゲームは、そう多くなかった。アニマヴィル、ベアフレンズ、マキシマム・フローター、どれも今回の目的には規模が小さい。


「モンスタークラン」

「ありゃデカいけども、サーバーは東京にしかないだろ?」

「いいや、真波にもαテスト中のがある。関係者しか参加してないやつだ。最近人気が高いし、主要都市に増築予定なんだよ」

「そんな話、俺も知らないぜ。まだ警察をナメてたよ」


 デコーダーを使い、最上級権限で接続。データをコピーして待機センターへ流し込めば、モンクラの上層世界の出来上がりだ。

 作業に取り組みつつ、ナルが次の問題を説明する。


「基盤を上層で浸蝕するなら、三重のセキュリティが邪魔なんだ。この管理室からだと、それが外せない」

「どこから解除できる?」

「えーっとね、地下の“K”って部屋だよ」


 一気に険しくなった涼也の顔にビビり、青年は言い訳するように取り繕った。


「そんな難しい話じゃないんだって。マックスウェルって名前の通信阻害器、そいつの電源を落としてくれたらいい」

「……機器の形状は?」

「分からないけど、箱型かな。妨害電波発生機ジャマーに似てると思う。物理的に侵入してくる信号を排除してるんだ、ローテクだよね」


 どうやら、背後で怒鳴っていた山脇たちの会話に、彼は一切耳を貸していなかったようだ。


 ――生体リンクの渦を掻い潜り、Kに入って電源を切る。どうやって?

 この難題に、綾加が名乗りを上げた。


「私が行きます」

「昏睡したいのか?」

「ドローンを使います。なんなら、そのジャマーもどきは破壊してもいいんでしょ?」

「制圧用ドローンの高圧電流か」

 確かに、ドローンなら内部に入り、スタンガンに似た電撃を放てる。

「面倒くさい手法だが、いいアイデアだ。任せたよ」

「行ってきます!」

「ドアの開閉は慎重にな」

「はいっ」


 走り回る方が性に合っているのだろう。ナルの手伝いよりも、ずっと気合いの入った面持ちで、彼女は部屋を出て行った。

 後は仲間二人の仕事が完了するのを待つだけ。涼也はモンクラのデータが取り込まれて行くのを見つめる。

 横に整列した四つのモニターに映るのは、全ておびただしい文字情報だ。流れるデータは目で追えないほど速くスクロールして、画面外に消えいく。


 新しい上層が、もうすぐ生まれる。

 電子情報の滝に照らされる彼へ、ナルが振り返った。珍しく口ごもる姿に、涼也は嫌な胸騒ぎがする。


「……基盤は多分、モンクラの比じゃないデータの塊だ。蓋の大きさから考えてね」

「まあ、そうかもな」

「マックスウェルが無くなれば、侵入できる」

「それは聞いた。本題は何だ?」


 ポケットに入れて持ってきたエネルバーの封を開け、ナルは端から食べ出した。メガサルサで脳を刺激、これが彼流の思考ポーズだ。


「中央管理室からは、基盤世界の中を覗けない。基盤は広大」

「モンクラのデータで押し潰せないのか?」

「ムリムリ。誰かが基盤に潜って、アスタリスクの核と対決してくれなきゃ」


 言いたいことは、これか。この一両日、涼也は何度も悪態を付いたが、この時は辛うじて我慢した。


 ――いいだろう、ソロ狩りで仕留めてやる。


「接続室のカプセルと、モンクラデータを繋いでくれ」

「んー、どれを使うんだい?」

「三つあったが、どれでも構わないぞ」

「違う違う、どっちの部屋・・・・・・を使うんだって意味だよ」

「は?」


 涼也が昨日入ったのは“旧型接続カプセル収容室”、本当の緊急接続室はその奥にあり、最新カプセルで生体リンクを行える。

 彼は万一のために残された旧型カプセルを使用したのだった。これが殺害痕跡を発見できなかった理由で、部屋が違う。

 新世界の構築を暫くナルとコンピューターに任せ、彼は旧型室へと移動した。

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