23. 入り口

 中央管理室のガラス窓からは、一階のカプセル群が見下ろせる。屋上からの経路を頭の中で辿り直し、涼也は自分の居場所を再確認してみた。

 制御盤に相対したこの向きに在るのは、第八ホールだろう。

 医療スタッフは一人しかいないようで、白衣の女性はホール真ん中付近に立ち、捜査員の聴取を受けている。


 彼が外に気を取られる間にも、ナルは制御盤下の金属パネルを次々と外し、中の機器を剥き出しにしていた。

 綾加もその作業を手伝い、パネルが邪魔にならないように反対の壁へと運ぶ。

 中央管理室の隅には他にセンターの職員が二人と、捜査一課の刑事が一人、こちらも事情聴取中だ。

 職員の顔を見た涼也は、邪魔を詫びつつ質問を挟ませてもらう。


「アンタらは、初顔だな。昨日の昼の職員を知っているか?」

「昨日の日中は緊急メンテで、通常の職員は暇を貰いました。いたのは整備員と統括管理官だけだったはずです」

「メンテが決まったのはいつだ?」

「一昨日の夜、所長から直接連絡がありました」


 ――所長、死んだ本物の坂本か。

 その所長がいない今日、誰が責任者を務めたのかという問いには、片方の管理主任の手が挙がった。多々良は音声通達のみで、ここに顔は出していない。


 涼也と会話をしながらも、職員たちは不安そうに制御盤の方へ目を遣る。患者を傷つけるような真似をしないか、心配なのだろう。

 坂本は昏睡者が出ても、そのままカプセルに入れ続けていたらしく、刑事たちがリストと照らし合わせながら、各ホールの患者を確認して回っている。


 涼也に無理やりカプセルを開けるつもりは無いが、中央管理室の機器には手を加えたい。職員の目は遠ざけた方が、トラブルを避けられそうだ。

 持ち場を離れられる職員は一階のロビーへ集められており、一課の刑事に頼んで、管理室の二人も連れ出してもらうことにした。

 部屋が涼也たちだけとなった時、無線が山脇の声を伝える。課長は進捗を教えると共に、更なる助言を求めてきた。


『北東からの地下通路は、外から開かない仕組みだ。ドアカッターを試したが、シェルター並の強度で歯が立たない』

「入り口は別か……多々良は何て?」

『だんまりだよ。今からそっちに連れて行く。確認してくれ』

「職員に、今日、多々良を見たか聞いてください。どこにいたかを」

『おう、分かった』


 問題の多々良は、山脇が直々に二階まで連れて来た。

 課長が何を確認して欲しかったのかは、理事を一瞥してすぐ理解する。


「アンタが多々良か。偽坂本さん」

「…………」


 黙秘を続ける多々良の足には、既に拘束リングが嵌められていた。やや肉の余る不摂生な顔を、涼也も綾加も忘れてはいない。


「手の発射痕は調べましたか?」

「ああ。左手の人差し指と中指に、バッチリ、トレーサーが付いてたよ」


 追跡物質トレーサーは、発砲者の手にも付着する。故意に火薬型の銃を真似た仕掛けであり、硝煙反応と同じく、トレーサーが検出されれば銃を扱った証拠たり得た。

 こんな拙い罠、いずれ解明される自信はあったものの、涼也は思わず安堵の息を吐く。

 発令記録と、他人が銃を使用した痕跡、これで身の潔白はほぼ証明されたと言っていい。


 逆に、多々良は殺人の重要参考人だ。昨日のスタッフもグルだとしたら、偽装工作なぞいくらでもやりようがある。

 接続室の使われないカプセルに、昏睡させた坂本を寝かせ、捜査官を呼ぶ。キャノピーが開いてもログアウトしないように細工して、涼也の接続中に所長を狙撃。

 彼の手に銃を握らせ、引き金は多々良が絞った。そのため、トレーサーが二人ともに付いたわけだ。

 坂本をまたカプセルに戻し、捜査官がいなくなってから、麻痺した所長を自宅へと運び、そこで殺害。

 この涼也の推理を聞いた山脇は、死亡時刻のズレを指摘する。


「亡くなった時間は、麻痺銃で撃たれたのとそう変わらん」

「じゃあ、ここで殺した可能性がある。緊急接続室に探索ドローンを呼んでください」

「そこはもう昨日調べたよ。鑑識も、もうすぐ増援で来るが……」


 椅子に座らせた多々良の前にしゃがみ、涼也は男の眼を見据えた。


「殺人の証拠が集まるのも、時間の問題だ。黙秘するメリットは有るのか?」

「……私じゃない。坂本だ」

「坂本は被害者だろ。何が言いたい」

「坂本が被害者? あいつが主導したことだ!」


 媚びるような笑みも、落ち着かない視線の彷徨も、多々良からは消えていた。握る拳を震わせ、中空の一点を見つめたまま、また彼は沈黙する。

 この男が抱えるのは憤り――いや、恐怖を克服しようと、葛藤しているのか?

 眼の端にほんの少し映る怯えを、涼也は見逃さなかった。


「坂本を殺した理由は?」

「殺すつもりじゃなかった。止めようとしたんだ……」

「サロリウムαでか?」

「βだと言ってたのは坂本自身だ! まさか毒薬を常備してるなんて思わないじゃないか」


 断片的な発言を繋ぎ合わせて、何とか事件の概要をまとめようと努める。

 多々良の目的は、所長の阻止。二人は取っ組み合いにまで発展し、坂本は噴霧型の“昏睡薬”を持ちだした。「危険な患者を眠らせるために持ち歩いている」かつて坂本は、そう多々良に教えた。

 その説明が嘘であったことを、奪って返り討ちにした多々良はもう知っている。

 死体を前に、その後の収拾を取り繕ったのが、この騒ぎの発端だ。サロリウムで殺害してから、麻痺銃で撃つ。殺害経緯は、これで納得できた。


 しかし、坂本の意図、センターの目的、そんな内容に話が及ぶと、多々良の口が重くなる。

 自分はともかく、関係者は庇いたいといったところだろう。おそらく、医療センターグループの複数の人間が関わっていることは、想像に難くない。

 少なくとも地下への入り方を言わせようとした時、多々良はいきなり椅子から降りて、地面に両手を付く。


「もう制御できないんだ。一日中、全て試したのに、何一つ受け付けない!」

「落ち着け。地下へはどうやって降りる?」

「すまない……」


 土下座するような姿勢のまま、彼は自分の指輪・・を噛み砕いた。


「吐かせろ、自殺する気だ!」


 山脇が男の口に指を突っ込み、背中を叩くが、もう遅い。

 指輪に見えたのは、掌中に隠し持っていた濃縮カプセル――中身は旧友を殺したのと同じサロリウムαだった。

 多々良は死亡こそしていないものの、泡を吹いて昏倒する。


 経口摂取したαの効果は絶大だ。再び意識が回復する期待は、もう持たないほうがいい。

 多々良は警察病院へ移送する前の臨時処置として、医療センターへ運ばれていった。


「くそっ、肝心のことを話さないとは……」


 愚痴る涼也へ、職員の聞き取り結果が告げられる。


「多々良を見た者は、ほとんどいない。早朝に入館した後、ホールを回った姿を医療スタッフが証言した。目撃は、そこまでだ」

「……移動経路は?」

「正門から入って、ロビー、殺菌ルーム、そこから一番から番号順にホールを進んだらしいな」


 二階に一切上がらず、ホールを優先したというのは不自然だ。大体、出場記録が無いなら、一階に留まったということだが――


「――ホールにいた職員の数は?」

「一ホールにつき、八人くらいかな。最低限を残し、今はロビーに集めた」

「第八ホールも?」

「ああ、八番は最初から一人だ。患者がほとんどいないみたいだぞ」


 ――入所待ちが列を作るこの待機センターで、患者がいないホール?


 一人、待機状態のカプセルをチェックする職員へ、もう一度涼也は目を向けた。

 彼女は部屋の中央から移動して、現在は外壁近くにいた。ここに来てから、カプセルを眺める以上の仕事はしておらず、手持ち無沙汰にすら見える。


「あの職員の仕事内容を聞きましたか?」

「全ホールを回って、機器の異常を見つけるんだとさ」

「第八ホールの専属じゃないのか。山脇さん、そこが怪しい。行こう!」

「おう、何か気付いたんだな」


 ナルと綾加は、制御パネル内に頭を突っ込んで、基盤にライトを当てている。構造の解析は、思ったより難航中だ。


「なんとかシステムに割り込んでくれ。俺は下を見て来る」

「オーケー」

「私じゃさっぱり理解できません。ナルくん任せですね」


 ナルの顔付きからして、お手上げという風には見えない。玩具を与えられたような笑顔も、今は頼もしい。

 涼也と一課長は、一階へと走り出した。




 探索ドローンを一台借り、苛々と殺菌ルームを通過すると、二人は第一ホールの右隣、第八ホールへと進入した。

 血相を変えた二人に、若い女性職員はビクビクと待機姿勢を取る。

 第八ホールは患者が少ないため、普段から専属職員はいなかった。彼女は捜査に驚き、第七ホールからここへ逃げ込んだのだ。尋問でもされると思ったのだろうが、目当ては彼女ではない。


 涼也は自分の携帯端末から、ドローンの操作メニューを表示させる。

 静かに後ろを飛んで追尾してきた探知センサーの塊へ、彼は探索開始を命じた。

 探すのは人間の遺留品、蛋白質、脂質、髪の毛、何だっていい。場所は空きカプセルの並ぶ、センターの中心側だ。


 清潔を旨とするホール内、埃すら少ない。特に最も内側の接続カプセル十台は、洗浄直後かというくらいドローンの探査に無反応だった。

 一台を除いて。

 赤い遺留物のマークが画面上に重なるカプセルへ、涼也らが歩み寄る。


「可視化光照射」


 浮かんだドローンが、カプセル回りを青い光線で照らすと、複数の検出地点が可視化ヴィジュアライズされた。

 キャノピーに浮かぶ掌紋が二つ、縁を掴んだ際に付いた指紋と脂質。脇に立つ操作パネルにも、指紋が色濃く目立っている。

 指紋の残るボタンは二つ、どちらも“緊急停止用”と表記され、同時押しで機器を止めるために使うものだ。


「未使用のカプセルを、停止する意味はない。こいつでしょう、押します」

「隠しボタンか。しかし、どこが入り口になってんだ。床が抜けたりしねえだろうな――」


 涼也が二本の指でボタンを押した途端、ガチャンと重い機械が起動する音が響く。

 第七ホールとの接続部分の扉が閉じ、続いて、床から微かな震動が伝わってきた。


 何が動いているのか、その答えは一目瞭然である。二人の捜査官は、スルスルと移動する湾曲した壁を見詰め、息を飲んだ。

 待機センターの中心部、丸く巨大な柱の壁が左右にスライドして、大きな開口部をさらけ出す。

 屋上のヘリポートと同じ大きさの空間が、眼前にぽっかりと出現した。


「派手な仕掛けだな」

「行きましょう、山脇さん。エレベーターらしい」

「待て、部下を呼ぶ」


 第一班、第二班から至急ここへ人を回すように山脇は無線で指示した。

 涼也は彼に先んじてエレベーターへ入り、中を見回す。


 円いフロアは、通常のエレベーターと比べるのも馬鹿らしい広さだ。入り口近くにある操作パネルが、小人用に見える。

 行き先ボタンは二つ、上が一階、この第八ホール。

 涼也たちが向かうべきは、下。地下二階のボタンを睨みつつ、彼は捜査官たちが集まるのを待った。

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