2 反撃

10. 反撃準備

 てっきり県警は皆、涼也の敵に回ってしまったのかと思いきや、そういうことではないらしい。

 転送室には公安課の幣良木浩しでらぎひろしと、捜査第一課長の山脇櫂やまわきかいまでが集まっており、彼が部屋に入ると話を止めて主役へ視線を向けた。


「……逮捕されるわけじゃ、ないみたいですね。本部の主要メンバーが集まって、何をする気ですか?」

「そりゃ、お前さんの扱いを決めるのさ。待機センターは一筋縄では行かんのだよ」


 痩身の山脇課長は、いかにも叩き上げという風の眼光鋭い男だ。種崎に感じられる柔和さは微塵も無く、こうして容疑者である涼也を拘束しないのは不思議に思われる。

 逆に公安課長、幣良木は、中肉中背の平凡なサラリーマンといったていであった。迫力も威厳も感じないが、逆にこれは公安には適した特性なのだろう。

 彼らが一同に会する場面など、そうそう目にする機会は無い。特に公安課長が転送課へ顔を出したのは、今回が初めてだった。


「あの医療センターグループは、やっぱり胡散臭くて気に入らねえな」

「山脇さん、それは偏見ですよ。新生以降、事件とは無縁じゃないですか」

「そりゃそうなんだが……あんたらだって、マークしてるのは事実だろ」


 課長たちは、涼也を待つ間、ずっとこの調子でセンターについて言い合っていた。

 過去を遡れば何かと曰くのある病院であることは、皆が知っている。

 二人に対し、話を進めるよう、種崎が咳払いで促した。


「真崎君の話の前に、まず私から事情を説明させて貰っていいかね?」


 幣良木が進行役を買って出る。

 狭い転送課には椅子が三つしか無く、綾加は壁にもたれ、涼也は接続カプセルの縁に腰を下ろした。

 公安の調査対象は、やはり拝火神統会なのだが、待機センターを調べていた理由は神堂玲巌のみではない。

 東京近郊にある教団本部では、数十人の信者が共同生活を送っている。現在、そのメンバーの中から神堂だけでなく、幹部数人の姿も見えなくなってしまった。


「残った幹部が接触する先、そこに手掛かりが有ると踏んだんだがね。その一つが、待機センターだったんだ」

「関係者が入所していた?」

「記録上はノーだね」


 センター側の公式回答では、教団関係者の入所は無し、来訪した幹部は施設の説明を受けただけとされた。

 神堂は末期癌の噂も有り、待機センターへ収容されてもおかしくない。しかし、センター側に否定されて、それ以上の捜査に踏み込めないでいた。


「待機センターは、引退した政治家や、フィクサー連中も利用している。あまり強引に行けないんだよ」

「共有現実に、教団関係者がいたことは間違いありません。それじゃ礼状を取れないんですか?」

「理由には弱過ぎる。あそこの共有現実は、外部記録が無いそうじゃないか。万一、玲巌が見つからなければ、空振りもいいとこだ」


 実際に仮想空間を体験した涼也は、神堂がいることを確信しているものの、捜査段階で隠される可能性もゼロではない。待機センターはいざとなれば患者の命を盾にして捜査を拒否し、隠蔽の余裕すら持てる。

 捜査一課が厄介な相手と唸るのも、理解できる話だった。

 その山脇課長が、今度は第一課の方針を説明する。


「昨年、間穂まほ大社の社務所と鳥居が放火されただろ。あれは教団が第一容疑者だ」

「死亡者も出てましたね、確か。小型回転四翼機クワッドローターで遠隔放火したんでしたっけ」

「教団の製造販売してるドローン、それが犯行に使われた。取り調べる前に、幹部連中に消えられたんだよ。玲巌がセンターにいるなら、うちも行かせてもらう」

「所長殺害の方は?」


 ただでさえ苦虫を噛み潰したような山脇の表情が、一層険しく歪んだ。


「今、課の連中がセンターに行ってる。所長室を調べたが、収穫は無い」

「緊急接続室を調べてください。そこで麻痺銃を使われたはずです」

「それだがな、センターの説明では、接続作業はしてないんだとさ」

「は? 俺達が潜ったのを、無かったことにするつもりか!」


 涼也たちは、午前中に所長と面談をして、直ぐに帰ったことになっている。

 所長はその直後に帰宅し、死亡推定時刻は正午頃。

 サロリウムαで殺害した場合、脳死後に肉体機能が停止するまで、かなりの時間が経過する。そのため、麻痺銃の被弾時間が死亡時刻として仮置きされた。

 涼也が本部に一度戻ったのは午後二時なので、時間だけで言えば犯行は可能である。


「その時間は、鳴海もずっと一緒だったんだろ? 一課でも流石に鵜呑みにした奴はいなかったよ。ただ、接続室からは指紋も血痕も検出されていない」

「味方をしてくれるのはありがたいですが……そうだ、銃の発射履歴を調べてください」

「預かろう」


 麻痺銃はいつ使われたか、全て本体に記録される。推理が正しければ、撃たれたのは接続中の正午前後、確かに死亡推定時刻とも合う。

 後は、その時間、涼也が共有現実にいたことを示せばいい。


「接続記録が無いのは嘘だ。どこかに記録はあるはず」

「そうは言うが、もう消されてたら?」

「……あの仮想空間は、現在停止してますか?」

「いや、平常運転中だとさ」


 やはり、患者の離脱は行われていない。意図は不明だが、共有現実を止めたくないのだ。それならまだ手が残っている。


「共有現実内に、俺がメッセージを発した記録が有ります。それで接続が証明できる」

「外部に持ち出せないんだろ?」

「そんなもの、やりようは有りますよ」

「なら、手に入れる方法を考えろ。部屋からは出るなよ」


 何とかもう一回、あの火の世界に接続して、記録を持ち出す。それが涼也の目的に定まった。

 神堂の居場所を確定する、これが公安、幣良木の要望。

 この二つが叶えば、涼也も容疑を晴らして、センターの強制捜査に乗り出せる。それまで転送室に篭もり、一刻も早く解決手段を考えるのが彼の急務だ。


 全捜査課がこれほどスムーズに協働するのも、転送課の出来た恩恵だろう。組織を横断する転送捜査官の存在は、彼らの結びつきを強める効果をもたらした。

 思考の海に沈み始める涼也、各自の仕事に戻ろうとする課長たち。動き出した彼らを、綾加が呼び止める。


「あの……」

「どうした?」


 全員が彼女の難しい顔を見返し、言葉の続きを待った。


「死亡時刻が正午はおかしいんです。私たちは、その後も所長と話していましたから」

「ああ、それが謎だったな。麻痺した所長と喋ってたことになる」


 涼也も同意して、死因偽装の可能性を示唆する。

 しばらく黙って顎に手を当てて考え込んでいた山脇が、おもむろにポケットから自分の端末を取り出し、事件ファイルを呼び出した。

 画像を繰り、坂本所長の遺体を表示させると、顔の部分を拡大して皆に見せる。


「お前たちが会ったのは、こいつなんだな?」

「…………!」


 面長で痩せた黒眼鏡の男。涼也たちが会った丸顔の“坂本”とは、似ても似つかない。


「違います。全く違う」


 涼也はキッパリと否定した。


「迂闊だったよ。鳴海捜査官、モンタージュを作るから、一緒に来てくれ」

「はいっ」


 綾加も部屋を去り、転送課には独りだけが残る。

 単なるVRとは違う、待機センターの異様な共有現実。雑然と機器が積まれた部屋に座り、その攻略方法を巡って涼也は頭脳を酷使し続けたのだった。





 綾加が転送課に戻って来た時、涼也はモニター二面を右指で操作しつつ、左手は携帯端末を握って誰かと通話中だった。

 端末は一般の回線を使用する汎用の市販機で、警察権限は付されていない。不便だろうと、種崎が貸してくれた物だ。


「――だからって、俺一人じゃ無理ですよ。絶対に協力者が必要だ」


 私だっていますよーと、内心でツッコミを入れながら、彼女は大人しく自分の席に腰を下ろす。


 涼也の前のモニターに表示されていたのは、二人の捜査資料である。

 一つはナルこと柿沢彰。今は初日の取り調べを終え、本部の拘置所に収監されている。

 もう一人は、通称アスタリスク。こちらは犯行履歴と目される事件の一覧が、ズラッと表に並ぶ。

 侃々諤々かんかんがくがくとやり合った結果、先方が押し切られたらしく、承諾の言質を取った涼也は満足げに通話を切った。


「相手は誰です?」

「種崎課長だよ。ナルの捜査協力を要請した」

「ええっ!」


 頭痛に悩む課長の姿を思い浮かべ、綾加は同情の黙祷を捧げる。

 横紙破りな行動の多い涼也にしても、逮捕したばかりの犯人を手駒に使おうというのは、トップクラスの無理難題だろう。

 そこまでしないといけない事態とは? 彼女は当然の疑問を口にした。


「順を追って話そう。まず、“アスタリスク”だ」

「その画面は、アスタリスクの記録ですね」

「そう。さっき記録を洗い直して、事例をいくつか整理した。今になって考えれば、共通点が見えて来る」


 アスタリスクは他者のデータ破壊を繰り返し、一切の痕跡を残さない。

“アニマヴィル”では、育てた花と木を全て枯らされ、焼け野原にされたプレーヤーが二十余名。料理をテーマにした“クックギルド”内の食材ファームも、一夜にして腐敗したゴミの山と変えられた。

 コントラクト系ゲーム、“ブリッカー”の被害も大きい。細かなブロックで建物、更には街を造ることを楽しむゲームなのだが、目を離した隙に力作が瓦礫となった者が続出している。


「被害は私も目を通しています。共通点はログを残さない、徹底した破壊、後は……」

「注目すべきは破壊の仕方だよ。枯らし、腐らせ、焼き尽くす。積み上げた煉瓦は、全て崩れる」


 こうまとめられて、彼女にも涼也の言わんとすることに気が付く。


「似てますね」

「アスタリスクの破壊方法は“時間の超加速”、VRでは神業に近い」

「難しいんですか?」

「ゲーム側のサーバーで処理してるんじゃ、不可能だ。既に限界近い処理能力を駆使してるんだから。どこかにデータを取り込んで、結果だけを吐き出して上書きするしかない」


 それにしても、気象やマクロ経済を予測するために使うレベルのコンピュータが必要になる。現実的なハッキングとはとても言えず、手間も機材も個人で用意できる範疇ではない。

 しかしながら、その異常な加速現象を、涼也は今日味わったばかりだった。


「センターの共有空間、あれを使えば十倍速を実現できる。そう考えれば、もう一つの共通点も納得できるだろ?」

「……火ですね?」

「事件の八割近くは、焼け野が出現していた。てっきり犯人の趣味かと思ったが、火の雪が降ったんだろうよ」


 各ゲームの被害が待機センターの共有空間を発信点とするなら、自ずと一つの結論が導かれた。

 あの空間は、外部に繋がっている。

 アスタリスクの被害が増加傾向にあることを踏まえると、火の世界は外に浸蝕しようとしているのではないか。本来なら止めなくてはいけない、この異常事態ではあるが、今はセンターへ侵入する突破口とも考えられた。

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