ウェルデア物語短編集
神羽瀧歌
涙の花
あるところにとても美しい娘が森のそばに暮らしていました。その娘の名前はアイシャと言います。
アイシャはとても美しいけれど、いつもひとりぼっちでした。
村にすむ人々は彼女のことを魔物の子だといい、誰も関わろうとしなかったのです。アイシャは森の近くに住んでいても、魔物に一度も襲われたことがないので、村人は皆、魔物の子だと信じていました。
けれどもアイシャは、そんな呼び名を気にすることなく毎日暮らしていました。
ある日、アイシャは村の近くの森で行き倒れている男を助けました。その男はディアンと名乗りました。
アイシャが懸命に看病したので、傷は残りましたがディアンはすぐ元気になりました。看病されているあいだに、アイシャはディアンから、ディアンの故郷である砂の国の話を聞きました。
遠い、遠いところに、海を渡ったところに、砂ばかりあふれている国があり、そこは、昼間はものすごく熱く、夜はとても寒いそうです。たくさん、楽しい話や美しい話も聞きました。一年中天気が穏やかな島に生まれてからずっと住んでいたアイシャは、その話を夢中になってききました。
アイシャがディアンの話の中で1番気に入った話は、ほとんど植物の育たない不毛の土地でも、1つだけ咲く花がある、その花はある季節になると一斉に咲き誇る、という話です。その花は言葉で言い表せないほど綺麗だ、とディアンはいいました。
ディアンは故郷に帰る前、アイシャに訪ねました。
「どうして、ひとりっきりでこんなところに暮らしているんだ」
アイシャは悲しそうに目を伏せながらいいました。
「私が、魔物に襲われたことがないから、村人たちは私を魔物の子供だと思われ、あそこでは暮らせないのです」
それを聞いたディアンは哀れに思うのと同時にとても驚きました。本当に襲われたことがないのか、と。そんなディアンの反応をみて、アイシャは本当に襲われたことがないと答えました。あなたを助けた時にも、魔物には出会わなかった、と。
ディアンは、魔物に食べられなかったことがアイシャのおかげであるのを知りました。そんなアイシャにせめてものお礼を渡したいと考えましたが、いまはなにも持っていませんでした。ディアンは花の話しをしたとき、アイシャが目を輝かせて聞いていたのを思い出しました。
「次にこの島に来るときに、砂漠の花をもってきてあげる」
ディアンはアイシャにそう約束し、海の向こうに帰っていきました。
ディアンは無事に故郷にたどり着きました。
返ってきたディアンの腕に傷跡の残っているのをみて、友人の男がどうして傷があるのかと訪ねました。ディアンは、森で魔物に襲われたのだと答えました。
無事に帰ってこれたことに男は感心し、帰ってきたことをとても喜びました。そして、男はディアンに酒をふるまいました。
気を良くしたディアンはそこで魔物に襲われたことのない娘と、約束のことを男に話しました。
この話を聞いて男は、金儲けに使えるぞ、と思いました。この男はちょうどその島に出かける予定があったのです。そのことはディアンには黙っておくことにしました。
しばらくして男は、アイシャのいる島を訪ねました。
その島についてすぐ、村の人々に魔物に襲われたことのない娘はどこにいるのかと、村中を訪ねてまわりました。固く口を閉ざした村人から、金を使いうまいく情報を聞き出した男は、その娘の住んでいる森に向かいました。
男は娘を騙し、人買いに売り飛ばて金を儲けようと思ったのです。娘の家にたどり着いた男はアイシャにディアンの友人と名乗り、ディアンに言われて迎えにきたことを話しました。
この話をディアンから聞いてなかったアイシャは、すこし疑問に思いましたが、ディアンの友人だという言葉を信じて男についていきました。アイシャは男と共に、砂の国に向かう船がある港町へと行きました。すぐに砂の国に向かう予定でしたが、天気が悪く、船は次の日にでることになりました。
宿屋に泊まった2人は、食事を済まし、眠ることにしました。
しかし、アイシャはどうしても眠れず、どうしようもないので夜の風にあたるために、部屋を出ました。男の部屋の前を横切ろうとしたとき、話し声が聞こえました。
「あの娘は、いくらで売れるだろうか」
「魔物避けになるんだろう。それに、まだ若い女だ。高値で売れるだろう」
男は、一緒につれてきた仲間と、人買いに売りつける話をしていたのです。
この話を聞いたアイシャは、こっそりと宿を逃げ出し、近くの森に逃げ込みました。
しかし、男とその仲間はすぐにそのことに気が付きました。そして、男は港にいる人々に言ってまわりました。
あの娘は魔物を引き連れこの村を襲おうとしているから、はやく捕らえるのだと。
前から魔物に襲われたことのない娘の話を敬遠していた人々は不安に駆られ、それぞれ武器になりそうなものを手に持ち、娘を追いか森に向かいました。
その途中で、村人の1人が魔物に偶然襲われました。それを見た人々は次々に叫びました。
あの娘を殺してしまえ。
本当にわたしたちを殺すつもりだ。
やられる前に殺してしまえ。
あれは魔物だ。
その勢いは、魔物までも追い払うほどでした。
その声を聞き、アイシャは森の奥深くへと懸命に走りました。涙を流しながら走りました。わたしは何もしていない、と誰も聞くことのない言葉を胸に抱きながら走りました。
夢中で走っていると、いつのまにか、行ってはいけないと亡き親に言い含められていた森の真ん中の泉まで辿り着きました。
そこには、1人の少女が座っていました。とても不思議なことに水の上にぽつりと座っていました。少女は、涙をハラハラと流すアイシャに訪ねました。
「どうしたの? なぜ、泣いているの?」
アイシャは答えます。
「村人に追いかけられているの」
「なぜ?」
「わからないわ、わたし何もしてないもの。」
アイシャは次々と零れ落ちる涙を懸命に拭っていました。
それをじっと見ていた少女は、それならばと言いました。
「あなた、しばらくわたしの話し相手にならない。かわりに、守ってあげるわ」
アイシャはそれに対して答えました。
「私、約束をしているの。その約束を運んでくれる人がくるまでだったら、あなたのお話相手になるわ」
少女はそう、と嬉しそうに頷くと浮き上がり、アイシャの頭に手をかざしました。
「ねえ、あなたの名前は?」
「アイシャ」
アイシャが名前を答えるのと同時に、少女はアイシャを大きな木に変え、アイシャが流した涙を花に変えました。
「すこし、このまま眠りなさい。あなたが求めるものが来たらきっと目が覚めるから」
そういって少女も眠りにつき、夢の中のアイシャに会いにいきました。
島の人々は、森中を探し回りました。ところが、一向に娘は見つかりません。人々の周りには、いつの間にか霧が満ちていました。森の奥に進もうともなかなか進めません。
そのとき、町の人の一人が薄紫色の花から霧が出ていることに気が付きました。この花がなければ、霧が晴れるのではと、花をむしり取りました。
すると、その人はぱったりと倒れて死んでしまいました。
一部始終をみていた人々は、それを見て森がとても恐ろしくなりました。魔物の子である娘よりも恐ろしくなりました。他にも、花を摘んだ人が次々に倒れたので、娘を探すことを諦めました。
しかし、男はそんなものも気にせずに奥に奥にと、仲間と共に進みました。
そして、真ん中に木の生えた泉を見つけました。
泉の近くには、薄紫の花がたくさん咲いている場所がありました。男はそこに近づくと、娘が身に着けていた靴が片方落ちていることに気が付きました。
男は言いました。
「娘を探せ! まだこの辺りにいるはずだ!」
仲間と男は娘を探しましたが、なかなか見つかりません。男はその苛立ちを紫色の花にぶつけました。男が花を潰すと、辺りに紫色の霧が満ちました。
その霧は、男とその仲間の生命を残らず奪いました。
いつまでも戻ってこない男を町の人は、森に食べられたのだと、人々の噂に飲まれました。
半年たち、すぐに帰ってくるといいながら、いつまでも帰ってこない友人に対して男は不思議に思いました。つい先日、この数日にしか咲かない花が手に入ったので、娘に会いに行く旅に誘おうと思っていました。しかし、誰も友人の行き先を知らなかったので待つのを諦め、航海に乗り出そうとしました。
ところが、小島に向かうための数少ない地図が見つかりませんでした。念には念を入れて、男が隠したのです。ディアンは居ても立ってもいられず、小島の近くにある大陸に向かうことにしました。
長い航海を経てたどり着いた大陸の人々も、その小島ある位置を知りませんでした。
ディアンは前来た時の記憶だけを頼りに島を探し続けました。
何日かたち、ディアンは夢を見ました。
水が道を示すように光る不思議な夢を見ました。
目を覚ましたディアンは急いで甲板にでて海を見ると、夢で見たとおりに水が点々と光っていたのです。ディアンは大急ぎでその光を道標に船を進めました。そして、ついにアイシャのいる島にたどり着きました。
ディアンは船から降りると、まっすぐアイシャのすむ小屋に向かいました。しかし、その家はひどく荒れていました。扉は壊され、布は破かれ、とても人が住める状態ではありません。
これをみてディアンは心配になりました。すぐに、村に向かうと娘はどうしているのかと聞いて回りました。最初は誰も答えることはなかったのですが、何度も何度も頼み込んでくるディアンにとうとう言いました。
「彼女は森に食べられてしまったのです」
それに、半年前にこの島に来たあなたの国の人も同じように食べられてしまった、と別の村人が何かに怯えながら言いました。
それを聞き男はひどく悲しみました。と同時に食べられてしまった砂の国の人が友人であると気が付きました。ディアンは村人に訪ねました。
「砂の国の人は、ここに何しにきたのですか?」
村人は答えました。
「それは、よくわからない。ただ、われわれに、魔物に襲われたことのない娘はどこだと聞きまわっていた」
それを聞いたディアンは、友人の男が何を考えていたかわかりました。
ディアンは小屋のあったところに戻りました。
せめて、彼女がいた証が欲しいと無事なものがないか探しました。しかし、何も見つかりません。けれどディアンは探し続けました。
日も暮れて辺りが暗くなったころ、ディアンは疲れて扉の前に座り込みました。
しばらくそうしていると、ディアンのの前に、海の上で自分を導いた不思議な明かりが、目の前を横切りました。ディアンは驚いて光に触れようとしましたが、手をのばすと、ディアンの手から逃げるようにすり抜けました。
光が外にでてしまったので、ディアンもつられて外にでると、道を描くように光が森へと続いていました。ディアンはその光を辿り、森の奥へ奥へとはいっていきました。よくよく見ると、光は薄紫色の花から浮かび上がっています。ディアンはまるで何かに導かれているようだと感じました。
しばらく進むと泉にたどり着きました。不思議なこと泉には、流れ込んでくる川がありません。たどってきた花は、泉の周りに沢山咲いていました。その花は、どうしてもアイシャのことを思い出させました。いないとわかっているけれど、ディアンは花に向かっていいました。
「君のために、約束を持ってきたよ」
ディアンはドライフラワーにして持ってきた花を1つ1つ泉に浮かべました。
すると、その花にディアンを導いた光が集まり始めました。
薄紫色の花から光が、次々と浮かべた花に灯りました。光の灯った花の1つが、木の根元にたどり着きました。花に触れて、木が不思議な光が辺りを照らしだしました。
まぶたを開いたディアンの前には、アイシャが立っていました。
それを見たディアンはとても喜びました。そして、泉から花を1つすくいあげ、アイシャに渡しました。花を受け取ったアイシャは、嬉しさで、涙を1つ流しました。
ディアンはアイシャを砂の国に連れて帰り、2人はずっと幸せに暮らしました。
アイシャが最後に涙を落とした場所には、砂の国で花が咲き乱れる頃、透き通るような薄紫色の花が、大きな木のかわりに咲くようになりました。
――――トルナフ・ニーグの小島にて伝わる昔話
ウェルデア物語短編集 神羽瀧歌 @chokonomaru
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