第7話 同居人と転校生

「んむっ、んむっ…」


 朝のリビングでパンに噛み付く。両面にマーガリンをタップリと塗りたくった食パンを。


「楽しみだね~、華恋さんの制服姿」


「なに言ってるのさ。2日前に見たばかりじゃないか」


「可愛いかったなぁ。似合ってたなぁ」


「いやぁ……香織の方が可愛いと思うよ」


「えぇ! どうしたの、急に。誉めてもなんにも出ないよ?」


「口からソーセージが飛び出てるけど」


「うげげっ!」


 いつもと違って雰囲気がよそよそしい。その原因は部屋で着替え中の同居人。


「……お待たせしました」


「お?」


 噂話で盛り上がっていると本人が姿を現した。制服を身に付けた女の子が。


「華恋ちゃん、おはよう」


「おはようございます」


「今日から学校ね。遅刻しないようにご飯食べちゃって」


「あ、はい」


 皆で彼女を出迎える。4人で腰掛けるテーブルに更に1人が加わった。


「足りない物は無い?」


「大丈夫です」


「教科書は間に合わなかったから、しばらくは誰かに借りてちょうだいね」


「わかりました」


「欲しい物があったらすぐに言うのよ。遠慮なんかしなくて良いんだから」


「ありがとうございます。何から何まで本当に助かります」


 母親と華恋さんが言葉を交わす。登校の為の確認作業を。


「あ~。なら私、新しい財布が欲しい」

 

「そんなの自分で買いなさい。誕生日でもないのに」


「えぇ~、だって今お母さんが遠慮するなって言ったんじゃん」


「香織。宿題を忘れた数だけお小遣いを減らしてあげても良いのよ?」


「あぁあぁあっ、早くご飯食べちゃわないと! 遅刻しちゃう!」


 慌ただしいが空気は悪くない。全員が妙に気分が高まっていた。


「ごちそうさまぁ」


 食べ終わった後は各々出掛ける支度をする。鍵の施錠や電源の有無を確認して玄関へと集合した。


「忘れ物ない?」


「大丈夫だよ~。ばっちし」


「2人共、華恋ちゃんの事よろしくね」


「は~い」


 腰に手を当てた母親から命令が飛んできた。家族を労る為の指示が。


「雅人さんは忘れ物ないですか?」


「あ……ん。大丈夫だと思う」


 続けて華恋さんが顔を覗き込む形で接近。息がかかるぐらいの至近距離まで。


「嫌だなぁ…」


 月曜日というだけで鬱気味な状態なのに。今日から彼女と一緒に登校するのかと思うと頭を抱えたくなった。



「前に通ってた学校はどこなんですか?」


「え~と、ここからだと結構離れてる場所でして…」


 自宅を出発すると駅までの道を歩く。すぐ後ろで仲良くお喋りをしている女性陣を引き連れながら。


「制服小さくないですか?」


「ちょっとキツめですけど大丈夫です」


「足の長さに対してスカートが短い気が…」


 2人の会話に混ざろうとは思わない。なるべくなら華恋さんとは口を利きたくなかったので。


 そうこうしているうちにいつも利用している駅へと到着。今日もホームは学生やサラリーマンで溢れていた。


「ちーちゃんいるかな?」


「なに言ってるんだ。智沙なら去年事故で亡くなったじゃないか…」


「もうっ! 不謹慎な事言わないでよ」


「いって!?」


 妹の質問にボケで返す。直後に振り回した鞄が腕に直撃。


「いつつ……智沙なら日直当番だから先に行ってるってよ」


「あ、そうなんだ。残念」


「ちーちゃん? お友達ですか?」


 普段はここでもう1人と合流するのだが今日はいない。事情を把握していない華恋さんも控えめな態度で話に割り込んできた。


「えっと、ちーちゃんというのはですね。いつも私達と一緒に登校してる先輩の事なんです」


「そうなんですか」


「先輩と言ってもまーくんや華恋さんとは同い年なんですけどね。私から見たら先輩になるんですよ」


「へぇ、ならその方も私と同じ2年生なんですね」


「はい、もしかしたら3人で同じクラスになれるかもしれませんよ。ね、まーくん」


「そうだね…」


 名前を呼ばれたが適当に対応。冷たい態度を貫いた。


「あ、電車きた」


「今だ、飛び込むんだ!」


「やだよ…」


 しばらくすると車両がホームに進入してくる。混み気味の車内に気合いを入れて乗車。駅に到着後は学生達の流れに乗って歩く事に。頭上を見上げれば気持ちの良い青空が広がっていた。


「あの、私は先に職員室に行かないといけないみたいなんです」


「そうなんですか。場所は分かりますか?」


「あ、はい。土曜日に来たので大丈夫です」


 校門付近までやって来ると居候と別れる。お互いに目線を合わせないようにしながら。


「ねぇ、華恋さんと何かあったの?」


「特には」


「いい加減、女の子と喋る事に慣れなよぉ。ずっと無口だったじゃん」


「……そうだね。ちょっと頑張ってみようかな」


 どうやら人見知りを発動していたと勘違いされているらしい。ただ今だけはそう思われている方が都合が良かった。


 階段で妹と別れると真っ直ぐに教室へ。クラスメート達の隙間を縫って席へと座った。


「知ってる? 今日、転校生来るって」


「マジかよ。男子? 女子?」


「女子らしいよ。すげー美人って羽島はしまが言ってた」


「やったぜ。ラッキーだな」


「げっ…」


 鞄の中身を取り出していると辺りから男子生徒の会話が聞こえてくる。芳しくない内容の情報が。


「雅人。お前、知ってるか?」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 続けて珍しく遅刻せずに登校していた颯太が接近。彼の頭は酷い寝癖でボサボサだった。


「聞いて驚くなよ。実はな…」


「……もう知ってるって」


「女子の下着を発見したんだよ!」


「あぁ、うん……え?」


「朝、教室に来たら床にパンツが落っこちててさ。拾って鞄の中に仕舞ってやったぜ」


「拾ったりしちゃダメじゃないか…」


 落胆していると見当違いの話題を振られる。犯罪行為の報告を。


「誰のなんだろう。クラスのアイドル、下川しもかわさんかな」


「それ、本人困ってるだろうから早く返してあげた方がいいよ」


「あぁ、後で持ち主探してみるわ。しかし可愛い柄でたまらんぜ、デヘヘ」


「……スケベ」


 適当に会話をした後、友人は自分の席へ退散。これでもかというぐらいに鼻の下を伸ばしていた。


「はぁ…」


 まさか同じクラスに配置されるなんて。学校にいる間ぐらいは顔を合わせたくなかったのに。


 恐らく母親から事情を聞いた学校側が調整してくれたのだろう。先生達には申し訳ないが余計な配慮でしかない。


 だが落ち込んでいる自分を余所に周りは転校生の話題で大盛り上がり。小学生と変わらないハイテンションがそこにはあった。


「うおりゃあっ!! お前ら席に着け、うおりゃあっ!!」


 しばらくすると担任が訳の分からない掛け声と共に現れる。すぐ後ろに見覚えのある人物を引き連れながら。


「……げっ」


 視線がぶつかりそうになったので慌てて逸らした。俯くように机や床の方へと。


「うおりゃあっ!! みんな喜べ。今日は転校生がいるぞ、うおりゃあっ!!」


「やっふーーっ!」


 先生の発言にクラスメートが声を出して騒ぎ始める。教室全体が一気にお祭り状態へと変化した。


「うおりゃあっ、うおりゃあっ!! 静かにせんか、うおりゃあっ!! あんまり騒ぐと自己紹介が出来ないだろ、うおりゃあっ!!」


 場を収める為、担任が訳の分からない掛け声と共に持っていた名簿を叩く。その音で教室内は少しずつ鎮静化。そして完全に静まったタイミングで転校生が黒板の方に振り向いた。


「ん…」


 教室内にチョークを擦る音が響き渡る。毎日耳に入れている聞き慣れた音が。


「初めまして、白鷺しらさぎ華恋と申します。今日から皆さんと一緒にこの教室で勉強をする事になりました。よ、よろしくお願いします」


 名前を書き終わると彼女が小声で自己紹介。控え目な文字をバックに一礼した。


「え、えっと…」


 だが直後にとった反応は戸惑うという事。迷子になった子供のように挙動不審。


「え? あ、はい」


 気まずい空気を打ち破るように先生が彼女に近付く。肩に手を添えてソッと何かを耳打ちしながら。


 同時に教室内の静寂が少しずつ消滅。品定めするようにクラスメート達が内緒話をスタートした。


「じゃあ、席は木下きのしたの隣な」


 再び騒がしくなった場で先生が最後尾の席を指差す。そこには先程、下着を拾った事を自慢気に語っていた男子生徒がいた。


「ん? え?」


「よろしくお願いします」


「あ、あぁ……よろしく」


 転校生が彼の元へと歩み寄る。満面の笑みを浮かべて。


「良かった。本当に良かった…」


 どうやら隣同士という最悪な事態は防げたらしい。心の底から神様に感謝した。


「一番後ろの席だけど黒板見える?」


「はい、大丈夫です。目はそんなに悪くないので」


「へぇ。俺も視力には自信あるんだよ」


「そうなんですか。健康的で良い事だと思います」


「いやぁ、ハッハッハッ」


 友人と転校生が親しげに言葉を交わしている。片方は作り笑顔全開で、もう片方は情けなくなるぐらいのニヤケ面で。


「幸せ者…」


 注意しようと思ったが出来ない。様々な要素が邪魔をしてきた。


 それから休み時間になるとクラスメート達が教室の一角に群がる事に。もちろんそれは話題の転校生の席。最初は颯太と数人の男子が。時間を置くとクラスメート達が男女関係なく周りに集まっていた。


「へぶしっ!」


 耳鳴りを発生させそうなクシャミを炸裂させる。誰もいない方角を向きながら。 


「雅人」


「へ?」


「アンタは行かなくて良いの? あの転校生の子の所に」


 ティッシュを取り出していると後ろから名前を呼ばれた。ショートヘアの女子生徒に。


「別に良いかなぁ」


「格好つけちゃって。そんなにミーハーだと思われるのが嫌なの?」


「うん」


「あ、そっか。アンタにはかおちゃんがいるもんねぇ」


「香織なら今朝、天寿を全うして死んだよ」


「……おい」


 彼女が向かいの空席に座る。本人には無許可で。


「でもさ、凄い子来ちゃったわよね。うちのクラス」


「え? どういう事?」


「だってメチャクチャ美人じゃない」


「え~、そうかな」


「アンタ、男のクセに何とも思わないの? 女のアタシから見ても普通じゃないわよ」


「まぁ…」


 互いに顔を急接近。周りに聞こえないように密談を開始した。


「ふ~ん……アンタ、本当に興味ないみたいなのね」


「うぃす」


「余裕ぶってんのか、それともただ単に顔がタイプじゃないだけなのか」


「ど、どっちでしょうかね…」


 まさか言い出せるハズもない。一緒の家に住んでいて、ご飯まで作ってもらっている仲だなんて。


「……はぁ。颯太は楽しそうで良いけど、アタシはツイてないなぁ」


「ん? 何かあったの?」


「この時期、体育で汗かくからさぁ。替えの下着持ってきたの」


「へぇ」


「そしたらどっかに落っことしちゃった」


「えっ!?」


 友人の発した台詞に心臓が大きく鼓動する。思い切り心当たりがあった。


「もし見つけたら教えて。ちなみに下の方」


「りょ、了解しました」


「あと言わなくても分かってると思うけど変な事に使ったら殺すから。OK?」


「はいいぃぃっ! 重々承知しております!」


 彼女が物騒な発言を最後に退散。全身をガチガチに震わせながらその背中を見送った。


「颯太ぁ…」


 まさか持ち主がこんな身近にいたなんて。意外すぎるのと運の無さすぎを痛感。



「カレーパン、美味しいなぁ…」


 昼休みになると食料を頬張る。いつも共に過ごしている親友はいないので1人で。彼は他の男子生徒と共に転校生の校内案内を行っていた。


「帰りどうしよう…」


 窓の外に広がる景色を眺めながら放課後の予定について考える。本来なら同居人でもある人物に声をかけるのが当然の状況。


「……ま、なんとかなるよね」


 どこの駅で降りれば良いかは分かってるだろう。いざとなればケータイで誰かに連絡をとる事も可能だし。何より彼女の方から一緒に帰宅する事を拒絶してきそうな気がした。



「うぉりゃあっ!! じゃあお前らまた明日な、うぉりゃあっ!!」


 帰りのホームルームが終わると教室から次々に人がいなくなっていく。担任の訳の分からない掛け声を合図に解散。


 部活に向かう者、教室に残ってお喋りする者、大人しく帰宅する者。その内容は様々だった。


「雅人、帰ろうぜ」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 荷物を鞄に仕舞っていると1人の男子生徒が近付いてくる。顔面をボコボコに変形させた友人が。


「……どうしたの、それ」


「智沙にやられた」


「あ、結局バレたのね」


 隠し持っていた下着の存在に気付かれたらしい。悪さをすればバチが当たるといういい見本だった。


「今日は居残り無いからどっか行こうぜ」


「良いよ。ゲーセンでいい?」


「OK。久しぶりの脱衣麻雀だな」


「前から言おうと思ってたんだけど負けた時に自分の服を脱ぐのやめようよ」


 目的地を決めると席を立つ。鞄を肩にかけながら。


「……凄いな」


 去り際に転校生のいる場所へ視線を移した。そこには休み時間同様に多くの生徒が存在。丸1日経過しても彼女の人気は衰えなかった。



「まったく……ふざけんなよ、あの女」


「智沙の事?」


「おう、あんな奴のパンツだと知ってたら拾わなかったぜ。ついウッカリ匂い嗅いじまったじゃないか」


「何してるのさ…」


 校外に出ると夕日に照らされた住宅街を歩く。自転車を押す颯太の隣に並んで。


「それにひきかえ白鷺さんは可愛かったなぁ」


「……うっ」


「あ~、あんな子が隣の席に来てくれるなんて幸運としか思えないぜ」


「よ、良かったね」


 そのまま話の内容は転校生の存在に。正直、華恋さんについて語るのは嫌だったが、無理に逸らすのも不自然なので合わせていた。


「どこに住んでるんだろう。お嬢様っぽかったから、やっぱり大きなお屋敷とかかな」


「普通の一軒家だと思うよ」


「喋り方も礼儀正しかったし。きっと普段から上品に過ごしてるんだぜ」


「い、いやぁ……どうかな」


「今度、自宅まで尾行してみよ。彼女に凄く興味あるわ」


「やめてやめて、本当にやめて」


 そんな真似をしても知っている場所に辿り着くだけ。そもそもストーカーのような行為自体が誉められたものじゃない。


「オラオラオラッ!」


 ほどなくして目的地であるゲームセンターに到着する。2人でシューティングゲームをプレイ。あまり得意なジャンルではないのだが友人が大好きなのでいつも付き合っていた。


「あぁ……やられちゃった」


「任せろ。仇は俺がとってやる!」


「頑張って」


 画面の半分が暗くなる。100円投入すればコンテニュー出来るみたいなのだが、どうせまたすぐ撃たれると分かっているので断念。


「目が付いていかないんだよなぁ…」


 アーケードゲームは基本的に不得意。だから格闘ゲームや音楽ゲームも下手クソだった。


「あぁ、終わったーーっ!」


 しばらくすると颯太もゲームオーバーに。エイリアンの攻撃がまともにお尻に命中していた。


「もう1回やる?」


「いや、僕はもう良いや」


「次は何やんべか」


「楽しい感じのやつが良いかな。あんまり激しくないジャンルが」


「なら脱衣麻雀か。奥に行くぞ」


「……どうしてそうなるのさ」


 床に置いていた鞄を拾うとビデオゲームコーナーへと進む。しかし脱衣麻雀は他の人が使用していたのでクイズゲームに没頭した。


「じゃあ、また明日な」


「うん。またね」


「ところでお前の隣に血だらけの兵隊さんが立ってるんだけど知り合いか?」


「どこ!? 僕には見えないんだけど!」


 駅までやって来ると友人と別れる。自宅に帰る為に電車へと乗車。


「ふぅ…」


 久々にハシャいだので疲労感が蓄積していた。ただ気分転換にはなったので後悔はしていない。


「……あれ?」


 到着後は改札を通ってロータリーへ出る。そこで見知った人物が立っている姿が目に入ってきた。


「華恋さん…」


 視界の先にいたのは1時間以上前に教室で見かけた転校生。制服姿のままで腕を組んでいた女子高生だった。


「ん…」


 まさかここで待ってくれていたのだろうか。一緒に帰ろうと思い立ったとかで。そんな呑気な事を考えていると本人がすぐ目の前まで接近。何故か早歩きだった。


「……アンタ、今までどこ行ってたの」


「え?」


「こんな時間までどこウロついてたのかって聞いてんのっ!」


「ひえっ!?」


 彼女が開口一番に怒鳴り散らしてくる。鬼のような形相を浮かべながら。


「ゲ、ゲーセン…」


「はぁ!?」


 続けて伸ばしてきた手で襟首を鷲掴み。ヤンキーを彷彿とさせる動作が飛んできた。


「アンタねぇ……私、まだ家の鍵持ってないのよ」


「そ、それが?」


「アンタ達がいつまで経っても帰って来ないから締め出し喰らっちゃったでしょーが!」


「ぐぇっ!?」


 そのまま首を絞められる。窒素しない程度の力加減で。


「なんとか帰って来ても中に入れないし、ずっと待ってても誰も帰って来ないからこうしてわざわざ駅まで迎えに来たんでしょうが!」


「すいません…」


「寄り道するならせめて鍵を私に預けてからにしなさいよ。玄関先で待たされる事になっちゃったじゃない!」


「はい、はい!」


 謝罪の言葉を口にしながら頭を上下に移動。逆らわずに謝った。


「そもそもねぇ、転校して来たばかりの私を置き去りにして先に帰っちゃうのが…」


「ちょ、ちょい待ち」


「はぁ!?」


 怒鳴り散らしてくる同居人を制止する。周りを行く通行人達の視線を集めてしまっていたので。


「……あ」


 その行動で彼女も自身が置かれている状況を察知。すぐに掴んでいた手を離した。


「え? ちょ…」


「いいから黙って付いてきなさい!」


 だが拘束は終わらない。腕を掴まれ無理やり引っ張られた。


「あぁ、もう……イライラするわねぇ」


「香織ってまだ帰って来てなかったの?」


「そうよ。アンタ達が2人揃って姿見せないから困ってたんでしょうが!」


「なるほど…」


 駅前を離れると人通りが少ない場所へとやって来る。自販機が並べられた市街地の一角に。


「いったいどれだけの時間待たされたと思ってんの!」


「ごめんなさい…」


「昨日の買い物に対する仕返し?」


「いやいや、そんな滅相もありません」


 こればかりはこちらが悪い。怒られるのは仕方なかった。


「反省してる?」


「してます、してます」


「私に対して悪いと思ってる?」


「お、思ってます」


「そう。ならアンタの持ってる鍵を私にちょうだい」


「え!?」


 何度も頭を下げていると彼女が右手を伸ばしてくる。脅迫にも近い台詞と共に。


「ちょ、ちょっと待って。それだと今度は僕が困るじゃないか」


「だって私に悪いと思ってるんでしょ? なら今度はアンタが辛い思いしなさいよ」


「そんなムチャクチャな…」


 なぜ進んで締め出しを喰らわなくてはならないのか。さすがにこの言い分を聞き入れる訳にはいかなかった。


「じゃあ私はどうすれば良いのよ。また1人で待ちぼうけ?」


「明日は一緒に帰ろう。それなら良いでしょ?」


「はぁ!? どうしてアンタと一緒に帰らないといけないのよ」


「いや、だって……そうするしか方法は無いじゃないか」


 一番正しいと思われる方法を提案したのに。返ってきたのは強気な反論だった。


「アンタと一緒に帰るのだけはやだ。変な噂とか流されたら困るし」


「あのさぁ…」


「別々に学校出てどこかで落ち合いましょ。それなら良いでしょ?」


「……まぁ、それで君が構わないなら」


「アンタの連絡先教えて。何かあったらこっちから言うから」


「あ、うん」


 お互いにケータイを取り出す。妙な流れで個人情報を交換する事になった。


「ちなみに落ち合うってどこで?」


「ん~、学校付近はマズいからさっきの駅にしようかしらね」


「あぁ、地元の方ね」


 それなら知り合いに遭遇する確率も低いだろう。近くに本屋やファーストフード店もあるから時間を潰すには最適。


 話し合いを落ち着かせると家路に就く事に。閑静な住宅街を2人で突き進んだ。


「そういえばよく帰って来れたね。迷ったりしなかった?」


「……迷ったわよ。電車乗る時に困った」


「あぁ、やっぱり」


 うちの海城高校がある駅は路線が少々複雑になっている。その為、乗る電車を間違えると全く違う方向に飛ばされるパターンも存在。


「ならやっぱり向こうの駅から一緒に…」


「それだけは嫌っ!!」


「……そこまで力強く否定しなくても良いじゃないか」


 親切心で提案した意見も一蹴されてしまった。男のプライドをズタボロに引き裂かれながら。


「教室で自己紹介する時さ、緊張しなかった?」


「別に。あんなのただ自分の名前発表するだけじゃない」


「君、凄いね。肝が座ってるというか何というか」


「それよりも1日中周りが騒がしかったのがしんどかったわ。あ~、ウザッ」


「……明日には落ち着くよ」


 誰も想像すらしていないハズ。まさか清楚な転校生がこんな性悪だなんて。


「アンタも黙って見てないで助けなさいよね」


「皆を何とかしろって事?」


「そうよ。私が怒鳴り散らすわけにはいかないでしょうが」


「まぁ…」


 彼女がこの口調で『散れ!』と叫んだらどんな状況になるだろうか。絶句したクラスメート達の姿を思い浮かべた。


「でも助け舟を出したりしたら知り合いだってバレちゃわない?」


「……それはマズいわね」


「でしょ? なら僕は手を出さない方が良いって」


「むぅ…」


 我ながらナイスな言い訳を持ち出す。相方の口から次々にこぼれ出す愚痴を聞きながら家へと帰ってきた。


「ただいま~」


 誰も帰ってきていないのか中からは物音が聞こえてこない。靴を脱ぐと水分補給の為にキッチンへ移動した。


「あ~、イライラするわねぇ」


「落ち着きなって。本当に悪かったからさ」


 彼女が気を遣う素振りを見せずに小言を呟いている。テーブルをひっくり返して暴れそうな雰囲気だった。


「そういや教科書とかどうしたの?」


「まだ貰って無いから隣りの奴に見せてもらったわよ」


「なら良かった」


「アンタのよこしなさいよ。そうすれば見せてもらわなくても済むし」


「いや、だからそれだと今度は僕が困るじゃないか…」


 横暴な性格。まさにガキ大将。


 それからしばらくして帰って来た妹や母親と4人で食卓を囲む事に。父親は仕事の関係で病院の寮に泊まる事になったらしい。


「どうだった、学校。楽しかった?」


「はい。雅人さんも香織さんも、とても優しく接してくれたので。お2人がいなかったら登下校の道順さえ分かりませんでした」


「そう。緊張はしなかった?」


「しました。なにぶん初めて行く場所だったので。周りも知らない人だらけだったので、あがってしまって…」


「……嘘つくなよ」


「ん? アンタ、今なんか言った?」


「いや、何も言ってないよ」


 発言の矛盾点を小声で指摘。母親から質問が飛んできたが適当に受け流した。


「男子にナンパされたりはしませんでした?」


「いえ、そのような事は。皆様とても優しい方ばかりでした」


「え~。華恋さん、美人だから絶対されると思ってたんだけどなぁ」


「私なんかに声をかけてくる人なんていませんよ」


 女3人で会話は大盛り上がり。そこには加わらず黙々と食事を続行。


「ポテトサラダ美味しいな…」


 擦り潰されたジャガイモを頬張った。マヨネーズと胡椒を大量にかけたオカズを。


「雅人。アンタ、華恋ちゃんと同じクラスにならなかったの?」


「ん?」


「学校の話」


「あぁ、うちのクラスだったよ。転校生が来たってみんな騒いでた」


「そう。なら華恋ちゃんの事いろいろ助けてあげてね」


「うぃ」


 口に箸をくわえたまま小さく頭を振る。この口ぶりから察するにやはり予め学校側に手を回していたらしい。


「なになに。2人、一緒のクラスになったの?」


「そうだよ」


「へぇ、じゃあ私の言ってた通りになったね」


「ん? 何が?」


「ほら、朝に話してたじゃん。まーくんやちーちゃんと一緒のクラスになるかもねって」


「あぁ、アレか」


 うっすらと頭の片隅に残っていた記憶が蘇ってきた。登校中に交わしていたやり取りが。


「ちーちゃんとはもう喋ったりしましたか?」


「えっと……まだクラスの方々の名前と顔が認識出来ていないので」


「あっ、そうか」


「すみません…」


「む…」


 今朝は智沙とは別行動だった。彼女の事情が原因で。だが明日の朝は駅で待っている事だろう。隣の妹が寝坊しなければ。


 もし3人でいる所に出くわしたら自分達が知り合いだとバレてしまう。恐らく華恋さんは同居の事実を知られる展開を嫌がっているハズだ。その相手がクラスメートとなれば尚更に。


「明日紹介しますよ。すっごく面白い先輩ですから」


「ありがとうございます。楽しみにしてます」


「華恋さんもすぐに仲良くなれると思いますよ」


「だ、だと良いんですが」


「大丈夫ですって。ちーちゃん凄く優しい人だし」


「……ん~」


 あまり状況が芳しくない事を悟る。後で本人にも事情を話しておかなくてはならない。



「はい、どうぞ」


 それから食事を済ませ風呂に入ってリビングでテレビ鑑賞。家族が寝静まったタイミングを見計らって客間の前までやって来た。


「話あるんだけど良い?」


「……雅人さん1人ですか?」


「そだよ。学校の事で相談があって」


「なんだ、早く襖閉めてよ。声が漏れちゃうじゃん」


「はいはい、分かりましたよっと…」


 許可をもらったので中へと入る。部屋の隅でプリントを読んでいる華恋さんを発見。


「あのさ、明日の登校の事なんだけど…」


「電車乗る時は別々の車両に乗る。そこから学校行くまでも別行動。それならクラスメートに見つからないでしょ」


「え? ま、まぁそうだね」


「話ってそれだけ? 私、忙しいんだけど」


 どうやら既に同居がバレないようにする方法を考えていたらしい。口にしようとした意見を先に言われてしまった。


「いや、もう1つ問題があってさ」


「何よ」


「さっき香織が話してた、ちーちゃんって名前覚えてる?」


「覚えてるけど、それがどうしたのよ?」


「その智沙って子、いつも地元の駅から僕達と一緒に通学してるんだよね。だから明日3人で駅に行くと同居してる事がバレちゃうかもしれない」


 発した台詞に反応して彼女の手の動きが止まる。スイッチをオフにしたロボットのように。


「その子、私達と同じクラスなのよね?」


「そうだよ。まだ顔を覚えてないだろうけど」


「……マズいわね。なら家を出る時から別行動じゃないと」


「じゃあ僕達より先か後に出る?」


「先に行くわ。アンタ達より一本後の電車だと遅刻するかもしれないし」


「ん、了解」


 朝食を早めに食べて出発してもらう事に決まった。これならターゲットと遭遇する事なく学校へと行けるだろう。


「香織には僕の方から話しておくよ」


「悪いわね」


「良いさ。『華恋さんがお前みたいな奴とは一緒に登校したくないって言ってたぞ』って伝えておくから」


「ほほう……アンタそんなに痴漢行為の件をバラされたいんだ」


「すいません。冗談だから許してください」


「……ったく」


 彼女が小言を呟く。穏やかの中に怒りを含んだ笑顔を浮かべながら。


「じゃあ、そういう事で」


「あ、ちょい待ち」


「ん?」


 話も終わったので自室へと退散する事に。襖に手をかけるがその瞬間に背後から呼び止められた。


「こうやってあんまり私の部屋に遊びに来ないでくれる? 変な勘違いされたら困るから」


「いや、でも大事な話があるから仕方ないじゃん」


「コレ使いなさいよ、コレ」


「あぁ。その手があったか」


「……ったく、何のために情報交換したと思ってんのよ」


「悪い。そこまで気が回らなかった」


 彼女が充電中のケータイを持ち上げる。文明の利器を。


 これからは秘密裏に文章をやり取りする事になるらしい。まったく嬉しくない文通だった。




「じゃあ申し訳ないですけど、お先に行かせてもらいますね」


「ここならリビングには聞こえないから別に普通でいいよ」


「え? 何の事ですか? それじゃあ失礼しますね」


 そして翌日の朝、打ち合わせ通りに華恋さんが一足先に家を出る事に。玄関まで足を運んで彼女をお見送り。


「……睨み付けなくてもいいのに」


 閉められた扉を見て小さく囁く。体の向きを変えると廊下を引き返した。


「華恋さん、もう行っちゃったの?」


「出てったよ。香織もテレビ見てないで早く食べなね」


「ほ~い」


 食後は部屋で制服に着替える。既に出発した母親の代わりに家の戸締まりもチェック。前日より1名少ない状態で自宅を出発した。


「どうして華恋さん、先に行っちゃったんだっけ?」


「職員室に寄らなくちゃいけない用事が出来たんだってさ」


「へぇ、やっぱり転校生って大変なんだぁ」


「いろいろと面倒くさそうだよね。転校だけはしたくないや」


 ありもしない用事を作り適当に嘘をつく。競歩に近いペースで歩くと駅へと到着。


「ちーーちゃぁぁぁん!」


「かおちゃぁぁーぁん!」


 ロータリーにやって来た瞬間に叫び声が響き渡った。女子高生2人の激しい雄叫びが。


「うるさいよ…」


「良いじゃん、別に。朝の挨拶なんだし」


「一緒にいる人間の身にもなってくれ」


「嫌なら1人で通えば? ね~?」


「ね~」


「酷すぎ…」


「ギャハハッ!」


 彼女達は仲が良い。血の繋がった姉妹でもあるかのように。


 友人と合流すると改札をくぐってホームへと移動。電車に乗り込んで3人で学校を目指した。



「ん? 立ち止まってどうしたの?」


「いや、何でもないけど」


「ははぁ~ん。さては大親友に先を越されたから焦ってんだな」


「むしろこのまま奪い取っていってほしいぐらいだよ」


「は?」


 教室へとやって来ると同居人の姿を発見する。颯太と親しげにお喋りしている転校生を。


「まぁまぁ、焦んなって。雅人には雅人にピッタリの女の子が現れるわよ」


「例えばどういう子が?」


「え? う、う~ん……パッとは出てこないなぁ」


「どうせなら可愛いくて優しい子が良いなぁ。健気で純粋な子とか最高」


「ん? 呼んだ?」


「いや、呼んでないよ」


 中へは入らず入口付近で立ち話を開始。微妙にクラスメート達の邪魔になっていた。


「ご、ごめん……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、アタシは雅人をそういう目で見れないから」


「こっちも無理だよ」


「だから悪いんだけど諦めて頂戴。アタシ達、友達のままの方が良いと思うの」


「激しく同感だね」


「ありがとう。そしてごめんなさい。期待に応えてあげられないのが心苦しいわ」


「ちょっと病院行ってきたらどう?」


「オラァっ!!」


「うごふっ!?」


 会話の直後に太股に衝撃が走る。友人のローキックが炸裂したせいで。


「いぢぢ…」


 昨日あれだけ騒がしかった教室も今日は静か。一部の男子生徒を除いてクラスメート達はいつも通りに戻っていた。


「ふぅ…」


 これで華恋さんの機嫌も悪くならないハズ。また八つ当たりされてはたまらなかった。



「雅人、帰ろうぜ」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 放課後になると颯太が近付いてくる。転校生との距離が縮まったからかウキウキなテンションで。


「今日はどうする? またどっか寄ってく?」


「いや、今日はこのまま帰るよ。用事あるし」


「ちぇっ……なんだよ。せっかく脱衣麻雀の裏ワザ見つけてきたってのに」


「どんな?」


「なんと通常服を脱ぐハズのキャラが脱がなくなるんだぜ!」


「あ、そう…」


 また道草でも食おうものなら何をされるか分からない。昨日は胸倉を掴まれただけで済んだが次は平手か拳が飛んでくるかもしれなかった。


「ん…」


 友人と別れると真っ直ぐに駅へと向かう。ガラガラの車両に揺られながら1人で下校。


「颯太もこっちに住んでたらなぁ…」


 話し相手がいないのは淋しい。風景と睨めっこするしかやる事がなかった。 


「よっと」


 地元に着くと下車して改札をくぐる。本来ならこのまま真っ直ぐ帰宅する所なのだが今日はそうするわけにはいかない。


「これで良し」


 ケータイを取り出し、昨日教えてもらったばかりの連絡先を開いた。そのまま到着した事を知らせるメッセージを送信。再びポケットに仕舞うと近くにあった壁にもたれかかった。


「お腹空いたぁ…」


 違和感を覚える下腹部を手で押さえる。午後の体育でサッカーをやった影響でエネルギーを大量消費。更に近くにあるパン屋から発せられる匂いが余計に空腹感を刺激してきた。


「……どれぐらいで来るかな」


 ホームルーム後にクラスの男子達に声をかけられていたから遅くなるかもしれない。遊びに行かないかと誘われているのだろう。


「まさか乗っかったりしないよね…」


 普通なら有り得ないが彼女ならやりかねない。昨日の仕返しとかいう理由で。


「ちゃんと届いてるかな…」


 遊びに行くなら行くで良いが一言ぐらい欲しかった。せっかくこうして連絡先を交換したのだから。


「遅いなぁ…」


 そしてその予感は見事に命中する事に。一本後の電車が到着したのに待ち合わせ相手が姿を見せなかった。


「ん…」


 住み慣れていない街だから迷っているのだろう。先に帰ろうかと思っていた考えを払拭。


 それから何度もメッセージを送ってみたが全て不発に。配慮の行いが報われたのは送信数が二桁に及びそうになる直前だった。


「遅いよ。30分も待ってた」


「うっさいわね。グチグチ文句言うんじゃないわよ」


「いやいや…」


 姿を見せた彼女に不満をぶつける。にもかかわらず返ってきたのは反省の色が見えない暴言。


「電車が違う方に走って行っちゃったのよ。仕方ないでしょ」


「もしかして特急乗らなかった?」


「……乗ったけど」


「ダメだよ、特急に乗ったら。こっちにはほとんど急行か普通しか来ないもん」


「そんなの知らないわよっ! ていうかアンタが先に忠告しといてくれたら良かったんじゃん」


 やはり電車を乗り間違えていたらしい。予想通りのミスが発生していた。


「でもそれならそうと連絡ぐらいしてくれよ。返事ぐらい出せたでしょ?」


「だって面倒くさいし」


「はぁ?」


「何よ」


「くっ…」


 思い切り歯を食いしばる。イライラを堪えるように。


「……こんな事なら心配して待ってるんじゃなかった」


「心配? なんでよ」


「だっていつまで経っても現れないし、メッセージの返答も無いし」


「アンタねぇ、子供じゃないんだからそうそうトラブルなんて起きる訳ないじゃない。迷子になってピーピー泣いてるとでも思ったの?」


「それは…」


 もちろんそんな事は考えていない。道が分からなくなったって人に尋ねたり端末で調べたりも出来るハズ。よほどの事態が起きない限り危惧していた展開にはならなかった。


「だからってそんな言い方ないじゃん…」


「ふんっ。アンタが勝手に不安になってただけでしょうが」


「こんのっ…」


 あまりにも投げやりな態度にイライラが止まらない。掴みかかろうと一歩前に前進した。


「あれ? 雅人じゃない」


「……げっ」


「アンタ、ここで何してんのよ」


「え、えっと…」


 しかし伸ばした手はターゲットに届く前に止まってしまう。構内から見知った女子生徒が歩いて来た事で。


「なに、アンタ。転校生をこんな所まで連れて来て」


「ち、違う。コイツは…」


「あの……同じクラスの方ですか?」


「え?」


 智沙が怪訝な表情で接近。そんな彼女を阻止したのは意外にも隣にいた同居人だった。


「こうやってお話するのは初めてですよね。こんにちは、宜しくお願いします」


「あぁ、よろしく」


「実は私もこの辺りに住んでまして。そしたら偶然会った赤井さんが声をかけてくださったんですよ」


「へ、へぇ……そうだったんだ」


「アナタもこの辺りに住んでらっしゃるんですか?」


「まぁね。こっから歩いて10分ぐらいの場所かな」


「なるほど。なら近所に住んでいるかもしれませんね」


 女性陣2人がそのまま会話を開始する。微妙にギクシャクしたやり取りを。


「あの……すみません。私、まだクラスメートの方の名前と顔が覚えられてなくて。もし良かったらお名前伺ってもよろしいですか?」


「アタシ? アタシは新垣あらがき智沙。コイツの妹の友達かな」


「新垣さん、ですか。分かりました」


 自己紹介をした友人の指がこちらに移動。妹関係の繋がりを主張した所に彼女の要領の良さを感じた。


「じゃあ、私は失礼させてもらいますね」


「あ、うん…」


「それでは」


 簡単な挨拶を済ませた後は解散する流れに。丁寧に頭を下げた華恋さんがその場から退散。


「……ふぅ」


 優雅に歩く後ろ姿が商店街の方へと消えて行く。その背中を2人で見送った。


「礼儀正しい子ね~。本当に同い年かしら」


「同い年だよ。僕達と同じ高校2年生」


「アタシの顔覚えててくれてたんだ。一度も話した事ないのに」


「良かったね。ちゃんと存在を認識してもらえてて」


 自宅とは違う方角に歩いて行ったが恐らく智沙を騙すための行動だろう。遠回りして家に帰ろうとしているハズだ。


「しっかし何で雅人の名前は知ってたのかしら。アンタ達って学校で喋った事なかったわよね?」


「い、今さっき初めて喋ったんだよ。その時に自己紹介をね…」


「どっちから?」


「えっと、僕から……かな」


「えぇ! へたれで女の子苦手な雅人が?」


「エッヘヘヘ…」


 隣から疑いの眼差しが飛んでくる。明らかに驚いている反応が。


「アタシはてっきりあの子の方から声かけてきたと思ってたんだけどな」


「え?」


「意外だったな。雅人の方から話しかけるなんて」


「い、いや……でもさっきは僕が彼女をここまで連れて来たみたいな言い方してたじゃないか」


「冗談に決まってるでしょ。アンタにそんな度胸あるわけないじゃない」


「……まぁ、そうだね」


 悔しいがその通り。人見知りの激しい人間にそんな大胆な行動をとれる道理がなかった。


「ならどうしてさっきはあんな言い方したのさ」


「一度も話した事ない子に失礼なこと言えるわけないでしょ。でもまさか本当に雅人から接触してたとはなぁ…」


「あっちから声かけてきたと思ったのは何故?」


「ん? だってあの子、計算高そうじゃない」


「計算高い…」


「裏があるって言うか、本性を隠してるって言うか。ま、アタシの勘なんだけど」


「へぇ…」


 教室での様子を見ていただけで内面に気付いたらしい。女性の感性の鋭さに驚嘆するばかり。


「ところでナンパしてどうするつもりだったの?」


「別に何も。ただ声かけただけだよ」


「自宅に連れ込もうと…」


「しません」


 そもそも連れ込まなくても家にいる。適当に会話した後、彼女と別れて帰路に就いた。

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