十日目(金) 四ヶ月越しの仲直りだった件

 バスに乗り電車に乗り、すっかりいつも通りな伊東先生から「家に帰るまでが合宿ですからねえ」なんてありきたりな台詞を言い渡されつつ、徐々に仲間達とも別れていく。


「それじゃ、またね」

「夢野も気を付けてな」

「お陰で楽しい合宿だったよ。ありがとう」

「お疲れ様でぃす!」


 そして黒谷の地へ帰ってきた俺達は、夢野とも駅で解散した。

 自転車で走り去っていく少女を見送り、徒歩で来た俺は阿久津や早乙女と共に歩く……がフォーメーションは相変わらず2―1であり、会話に混ざることもない。


「ミナちゃん先輩、お疲れ様でぃした!」

「星華君も気を付けてね」

「了解でぃす! ………………根暗先輩も、お疲れ様DEATH」

「お、おう。お疲れさん」


 挨拶をされたことに驚くが、どことなく悪意が込もっている気がする。まあ例えそうだったとしても、以前より少しくらいは認められたのかもしれない。

 早乙女と別れて虫の鳴く夜道を二人で歩く中、先に口を開いたのは阿久津だった。


「…………すまなかったね」

「え?」

「肝試しの時のことさ。一方的に好き放題言って、挙句の果てに自分勝手な理由で怒鳴るなんて少しどうかしていたよ。本当に申し訳ない……ボクらしくなかったね」

「あ、いや……あれは自分の考えを説明できなくて開き直った俺も悪かったし……」

「それも元はと言えばボクの煽りが原因であって、キミは悪くないよ。でもまさか中学の話を星華君に打ち明けさせるとはね。正直驚いたというか、感心したかな」

「いつかは知られることだし、年末の時みたいに逃げる訳にはいかないからな。あれから色々と悩んで自分の考えが少し整理できたんだけど、良かったら聞いてくれるか?」

「構わないよ」

「その、今はまだ夢野に対する自分の気持ちが分からなくてさ。付き合って分かることだってあるのかもしれないけど、好かれてるから告白ってのは何か違うと思うんだ」


 俺の言葉を聞いて、阿久津がピクッと反応する。

 何か変なことを言ったかと不思議に思ったが、少女は話を続けるよう促した。


「それにまだ、夢野が俺のことを覚えててくれた理由も全部わかった訳じゃないしさ」


 2079円。

 その金額が何を意味しているかは、未だに謎のままだ。


「告白するにしても、それだけ大切にされてた昔の記憶を思い出してからかなって。とは言っても見つかる気配がないから、正直に謝ってヒントを貰えないか考えてる」

「そういうことなら納得だね。仮に付き合った後で実は思い出せなかったなんて言われたら、いくら器が広い蕾君でも流石に傷つくと思うよ」

「まあ、その前にもっと自分を磨くべきなんだろうけどさ」

「それも良いけれど、もっと蕾君のことを理解してあげるべきだとボクは思うかな」

「ん?」

「蕾君が櫻の過去を知らなかったように、キミも彼女の過去を知らないだろう? 楽しかったことも辛かったことも、共有して損はないんじゃないかい?」

「確かに」


 夢野は小学生時代や中学生時代をどんな風に過ごし、育っていったのか。卒業アルバムの写真や文集の作文なんてものがあるなら、是非見てみたいところだ。


「それとキミは気にしていないか、はたまた忘れているのかもしれないけれど、蕾君には大きな謎が一つ残っているからね」

「謎?」

「いや、これについては余計なお世話だったかな。ひょっとしたら単にボクが知らないだけで、もう既にキミは知っているのかもしれない。気にしないで構わないよ」


 そう言うなり、阿久津は大きく息を吐く。

 そして何を思ったのか、こちらに向けて手を差し出してきた。


「飴一個だね」

「え?」

「今回のキミの不始末を、飴一個で許そうかな」

「不始末って、俺が悪いのかよ?」

「勿論さ。ボクは煽って怒鳴ったこと以外、落ち度は無い筈だからね」

「そうか?」

「ついでに言うなら、キミは相変わらず女性に対する配慮が欠けているかな。自分磨きの一環として、せっかくだからボクが一つ教えておこうか」


 そう言うなり、阿久津は出していた手を引っ込めるとポケットへ入れる。

 取り出したのは俺のプレゼントである白いシュシュ。それで髪を結んだ少女は、ポニーテールになった長い髪を綺麗に靡かせながら首を傾げつつ尋ねてきた。


「似合わないかい?」

「い、いや、似合ってる!」

「全く、せっかく人が付けたのに無視されるとは思わなかったよ」

「ち、違うっての! 別に無視した訳じゃなくて……その……」

「まあボクは気にしていないけれどね」


 ケロっとした様子で答える阿久津だが、目の前で再び披露する辺りタチが悪い。ちゃんと言おうと思ってたけど、人前で褒めるのが照れ臭かっただけなんだよな。


「そうそう。来週からキミの家に通うことになるから、飴はその時で構わないよ」

「はい?」

「前に桃ちゃんに頼まれてね。梅君の家庭教師役として受験勉強を見てあげることになったから、夏休みの間は何度かお世話になるかな」

「あの、初耳なんですが……」

「キミも一緒に夏休みの課題を終わらせたらどうだい? ボクはそのつもりだよ」


 確かに去年の夏課題で地獄を見た俺にとっては、ありがたい話かもしれない。

 阿久津は星の浮かぶ夜空を見上げた後で、何を思ったのか小さく呟く。


「…………ボクも負けていられないね」

「ん? 何がだ?」

「何でもないさ。こっちの話だよ」


 星空を背景に笑みを浮かべる幼馴染を見て、俺は理由もなく自然と笑ってしまう。

 これでやっと元通りだな。

 四ヶ月に渡った冷戦は終わりを告げ、俺は再びスタートラインへと立つのだった。

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