九日目(木) 花火が夏の風物詩だった件

 最後には焼きマシュマロを堪能し、楽しかったバーベキューも終わりを迎える。

 後片付けを一通り済ませた俺達は、残された最後のイベントを始めようとしていた。


「イトセーン、火ー頂戴ー」

「くれぐれも取扱いには気を付けてくださいねえ」

「オッケーオッケー」


 バーベキューの時にも使ったガスライターを受け取る火水木。既に俺達は一人一人が手持ち花火を持っており、火水木の花火から火を貰う準備は万端だ。


「あれ? 水無月さんの花火、先っぽの紙が付いてないね」

「本当でぃすね。不良品でぃす」

「ああ、これはボクが外したんだよ」

「ちょっ? ツッキー先輩、それ外したらヤバくないッスかっ?」

「そんなことないさ。意外と知られていないけれど、その紙は本来外してから点火するものだよ。ほら、ここにもそう書いてあるだろう?」


 先生が用意した花火の袋を阿久津が見せると、仲間達が関心した声を上げる。

 確か元々は火薬漏れ防止のために固定してた紙で、不要になった今は名残で残ってるだけ。千切るように指示してるのは、変に温まって火薬が破裂するのを防ぐためだったかな。


「……知らなかった」

「先生も初耳でしたねえ。流石は阿久津クンです」

「完全に火を付ける場所と思いこんでたわ……っと、点いた! くるわよくるわよー?」


 火水木の花火の穂先に灯った小さな火が、火薬部分へと移っていく。

 すると一気にシューっと音を立て、オレンジ色をした色鮮やかな火花が散り始めた。


「わぁー♪」

「……綺麗」


 次々と他のメンバーの花火にも火が点き、緑や紅といった色が混じり出す。

 仲間達が次々と離れて花火を楽しみ始める中、約一名だけ未だに着火しない男がいた。


「燃えろっ! 燃え上がれオレのハートっ!」


 しかし火水木の花火は勢いをなくし、小さな火の玉となって消えていく。

 それを見るなり花火以上に燃え上がっていた後輩は、俺の元へとスキップでやってきた。


「ネック先輩! ネック先輩ならオレのハートに火を点けてくれますよねっ?」

「よし分かった。この花火でお前の心臓を焼けば良いんだな?」

「ちょっ? 冗談ッス! 冗談ッスから!」


 やがて火が移り花火が燃え上がると、テツは嬉しそうに吠えながら去っていった。

 例年なら花火なんて近場の祭りの打ち上げ花火を家の窓から眺める程度。ましてや手持ち花火となると、随分と久し振りにやった気がする。

 煙と共に夜の闇に浮かびあがる、パチパチと咲いた火の花。その幻想的な光景をボーっと眺めながら、時には軽く振ったりして変化を楽しんでいた。


「サンキュー冬雪」

「……(コクリ)」


 新たに手に取った花火の炎は紅色。確か炎色反応の語呂合わせは『リアカー無きK村加藤は馬力で努力するべえ』だったから、これはストロンチウムだろうか。

 時には二本同時に持ったり、また時には軌跡で文字を作ろうとしたり。火が消える度に仲間に点けてもらうリレーを繰り返していると、あっという間に手持ち花火は無くなった。


「じゃあ最初に消えた人から順に、重い荷物持ちってことで」

「決まりだね」


 そして締めといえばやはり線香花火。当然のように生き残りを賭けた勝負が火水木によって提案され、バーベキューセットの荷物持ちという罰ゲームも決まった。


「米倉君、何してるの?」

「いや、線香花火ってこうしておくと長持ちするらしくてさ」

「またまたー、そんな訳ないじゃないッスか」

「根暗先輩らしい悪あがきでぃすね」

「……ミナも同じことやってる」


「「「「「…………」」」」」(全員が慌てて真似を始める)


「おい」


 俺と阿久津がやっていたのは、火薬部分をギュッと捻って締めただけ。更に着火後は動かさず地面に対して斜め45度を維持するというのが、小さい頃に姉貴から聞いた裏技だったりする。

 全員が花火の先を一箇所に集めると、ガスライターの炎で着火。こういう時に限ってテツの線香花火には真っ先に火が点いたが、その他の面々はほぼ同時にスタートした。


「何かこうしてると、終わりって感じがするね」

「甘いわユメノン。まだまだ夏は始まったばっかりよ」

「……明日も削りが残ってる」

「そっか。うん、そうだよね」


 とはいえ、しんみりとしていた夢野の気持ちもわからなくもない。

 先端に火の玉ができるなり、やがて激しく火花を発し始める線香花火。しかしその輝きも長くは続かず、徐々に低調になり今にも消えそうな儚い火花と化していく。


「そうッスよユメノン先ぱ…………ああっ? オレのマグナム01がっ?」

「まずは一人脱落でぃすね」

「ってか名前付けてたのかよ?」


 無駄な決めポーズを取ったせいで、明らかに燃えていた途中で落下するテツの線香花火。それを火蓋に次なる犠牲者は誰かと、それぞれが競い始めた。


「ユッキーのそれ、もう消えてない?」

「……そんなことない」

「根暗先輩の癖に、中々しぶといでぃすね…………ふー、ふー」

「息吹きかけて落とそうとすんなっ!」


 最終的にしんみりムードはぶち壊しになったが、これはこれで良かったのかもしれない。

 結局阿久津が優勝し、楽しかった合宿二日目もあっという間に終了。入浴を済ませてから部屋へ戻ると、しおりの最後に付いていた日記をササッと書きあげる。


「ネック先輩、オレに気にせず夜這いとか行って来ていいッスよ」

「行かないっての」


 明日には合宿が終わってしまうが、未だに阿久津とは話していない。花火の際に機会を窺ってみたものの、やはり二人だけの時にすべきだろう。

 昼に陶芸で集中したこともあり疲れていたのか、俺は割と早く眠りについた。




「――――――んごぉおおおおおおお…………んごぉおおおおおおお…………」




 …………しかしながら、上の段のベッドから聞こえてきた騒音に目を覚ます。

 今日も豪快にいびきを掻いているテツ。ただそれだけなら、まだ耐えられたかもしれない。


『ガギッ』

「っ!」


 問題なのは時折聞こえてくる、とんでもない音を立てた歯ぎしり。ぶっちゃけ歯が砕けてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだが、本当に大丈夫なんだろうか?

 何とか残っている眠気で再び眠りにつこうとするが、またも聞こえてきた歯ぎしりの音で意識が完全に覚醒。こうなってしまうと、もう眠れそうにはない。

 携帯で現在時刻を確認すれば11時と、まだ布団に入ってから一時間ちょっとであり日付すら跨いでいない。とりあえず歯ぎしりが収まるまで、ロビーにでも避難するか。


「…………あ」


 ひょっとして、今の時間なら蛍が見られるかもしれない。

 そんなことを思い出した俺は靴に履き替え、昼に火水木と通った道をのんびり歩く。


『夏は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ。螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし』


 清少納言は枕草子でこんなことを語っていたが、千年経っても夏の夜が良いのは変わらないらしい。

 空は満月じゃないし雨も降りそうにないが、明かりが少ないため星がよく見える。周囲から聞こえてくる虫の鳴き声も、心を落ち着かせる良いバックミュージックだ。


「ん?」


 さて、肝心の蛍が飛び交っているのかというところで、俺はふと足を止める。

 遠くに見えた人影が二つ。どうやら先客がいたらしい。


「…………っ?」


 目を凝らして確認するなり、予想外の人物に慌てて身を隠す。

 木陰から覗いてみれば、そこにいたのは阿久津と夢野……見知った二人の少女だった。


「――――――ために――――」

「――――――ない」


 何やら話しているようだが、耳を澄ましても声は僅かにしか聞き取れない。

 二人の前には蛍と思わしき小さな灯がフワフワといくつか飛んでいるが、傍から様子を見る限りそれを見に来たという雰囲気でもなさそうだ。

 しかし、一体何の話をしているのか。


「何をコソコソしてるんでぃすか?」

「っ?」


 もう少し近づこうかと思ったところで、不意に背後から声を掛けられる。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは他でもない早乙女だった。

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