九日目(木) 溜めこむよりも話すべきだった件

「…………ん? 火水木、どこ行くんだ?」


 風呂に入り洗い落としてからロビーに置かれていたマッサージチェアで一日の疲れを癒していると、外へ出て行こうとする火水木を見つけ声を掛ける。


「ちょっと歩いた橋の所で、蛍が見れるかもしれないのよ」

「こんな時間に光るのか?」

「下見よ下見。バーベキューとか花火ができそうな場所が近くにあるなら、一通り楽しんだ後で蛍観賞ができるかもしれないじゃない。ネックも暇なら来ない?」

「ん、そうだな。行ってみるか」


 日も沈み始め暑さもマシになってきたため、重い腰を上げると火水木と一緒に外へ出る。どうやら肝試しやラジオ体操をした大木のある広場とは反対方向らしい。


「そういえば、トールは何してるの?」

「人狼のリベンジしがてら、女子部屋見てくるって言ってたけどな」

「本当、ブレないわねー」


 人狼というのは会話と推理を中心としたパーティーゲーム。正式名称は『汝は人狼なりや?』であり、割と有名になってきた昨今ではスマホアプリにもなっている。

 今日の昼休憩時に話題となり、実際に俺達七人でテツのアプリを使って挑戦。俺は初っ端から人狼という、正体を隠さなくてはならない役職を引き当てた。




『ネック先輩、さっきから黙ってばっかりで怪しくないッスか?」

『いやいや、単に村人だから話すことがないだけだっての』

『……村人?』

『市民の間違いじゃないッスか?』

『えっ? あ、あー、そういやそうだった』

『……怪しい』

『じゃあとりあえず最初はネック先輩を吊り上げるってことで』

『賛成でぃす!』




 ――――という凡ミスにより、その後の弁明も虚しく俺は真っ先にゲームオーバーにされた。前にクラスの奴らとやった時には村人だった筈なのに、いつのまに市にランクアップしたんだよ?


「多分この辺りね」


 大木までの往復くらいの距離を歩いたところで小さな橋に到着。流れている小川の音が心地よく、自然にも囲まれて落ち着けそうな場所だった。


「広そうな所もないし、やっぱ蛍はお預けね」

「別に向こうで花火とかやった後で、こっちまで見に来ればいいんじゃないのか?」

「それで蛍がいなかったら、ただの骨折り損でしょ? せっかく花火で盛り上がった後の空気が台無しになるじゃない」


 それはそれで残念でしたで良いと思うんだが、ここは立案者の少女に従うとしよう。

 一応蛍がいないか軽く探索したものの、やはりこの時間帯は見当たらず。これといって何の成果もないまま、ひとまず帰ろうかという話になった。


「夜にユメノンでも誘ってみたら? もし蛍がいたら最高に良い雰囲気になれるわよ」

「何でそこで夢野の名前が出てくるんだよ?」

「だってネックってば、ツッキーと絶賛喧嘩中じゃない。昨日で更に悪化したみたいだし」


 別に喧嘩って訳でも…………あるか。

 阿久津は誤魔化せたと思っているかもしれないが、勘の良い火水木は肝試しで何かあったことを既に気付いている様子。しかし少女は深入りせず、呆れて溜息を吐くだけだ。


「本当、なーにお互いにツンツンしてるんだか……」

「…………………………だと…………」

「え?」

「何で夢野に告白しないのか、見ててイライラするんだってさ」

「それ、ツッキーが言ったの?」

「ああ。肝試しの時に言われた」

「どういう過程があって、そんな話になったのよ?」


 俺は昨日のことを思い出しながら、愚痴るように語り始める。

 葵の一件については、火水木兄妹は一部の情報を共有しているため把握済み。話しているうちに気が付けば、昨日どころかネズミーランドの頃まで遡っていた。

 春休みに阿久津へ告白したことは伏せようとしたが、ここまで言ったらバレているも当然と開き直り、一切隠すことなく全てを吐き出す。


「――――とまあ、大体こんな感じだな」


 一通り話し終えると、少し胸がスッとした気がした。

 時折頷きつつ俺の話を真剣に聞いてくれていた火水木は、少し間を置いてから口を開く。


「そんなことだろうと思ったわ。それで、ネックとしてはどうなの?」

「どうって?」

「ユメノンに告白しない理由、何かあるんじゃないの?」

「…………何て言うか、ずるいと思ってさ」

「ずるい?」

「この際ぶっちゃけるけど正直夢野は可愛いし、彼女になってくれたらそりゃもう滅茶苦茶嬉しくて自慢しまくると思う。だけど俺は葵みたいに一途に思い続けてる訳じゃなくて……やっぱこう、阿久津のことも気になってさ……」

「うん」

「そうなると自分の気持ちが曖昧なままなのに夢野が可愛いから彼女にするとか、好かれてるから付き合うって何かこう……卑怯な気がするっていうか……」


 いや、違う。

 俺はそんな殊勝な奴じゃない。

 この期に及んで見栄を張ろうとするな。

 告白を自制している訳じゃなく、単に人の目を気にしてできないだけだ。


「その…………そういう風に思われたくないから、ちゃんと考えたいんだよ」

「誰に思われたくないの?」

「誰にって…………」




『相生君の一件がなければ、キミは夢野君の告白に応えただろう?』




「阿久津に……だな」


 真っ先に頭に浮かんだのは、幼馴染の少女の言葉だった。

 ああ、そうか。

 俺がクズだった時をアイツは知っている。

 だからこそ、これ以上クソ野郎になる姿は見せたくない。


「そのこと、ちゃんとツッキーに話した?」

「え?」

「今はまだ自分の気持ちがわからないから、ちゃんとユメノンを好きだって明確にしてから告白したいってことよ」

「いや、言ってない……」

「どうして言わなかったの?」

「そこまで自分の考えも整理できてなかったし、そもそも言いにくかったし……第一仮に言ったところで、またアイツに否定されて余計に関係悪化するだけだろ」

「全然そんなことないわよ。アンタはツッキーのことを完璧超人に思ってるみたいだけど、ちゃんとネックだって自分なりにしっかり考えてるんだから自信持ちなさい」

「そうか?」

「いくらツッキーの頭が良くても、恋愛に正解なんてないんだから」


 無駄に恰好いい台詞を口にした少女は、やれやれと溜息を一つ。どこの主人公だよ本当。


「寧ろネックの考えを理解してないツッキーもまだまだね」

「単に嫌いな相手が考えるなんて、興味がないだけなんじゃないか?」

「別にツッキーはネックのこと嫌いじゃないわよ」


 似たようなことは今朝、冬雪からも言われた。

 単に俺を慰めるだけと思っていた言葉だが、火水木は更に一言付け加える。


「ツッキーが冷たくなったのって、ネックにユメノンのことを考えさせるためだと思うのよね。じゃないとアンタ、ずっとツッキーのことばっかり考えてたでしょ?」

「いや、別にそんなことは…………」


 葵を言い訳にしたり、考えることを放棄したり。

 少なくとも、夢野の気持ちと真っ直ぐに向き合ってなかったのは事実だ。


「…………ある……かもしれないな」

「正直で宜しい。だからって、ツッキーの対応が正しいとは限らないけどね。何にせよアンタがすることは、ちゃんと自分の考えを話すこと。黙ってちゃ何も伝わらないわよ?」


 恋愛伝道師火水木は、ふふんと得意げに大きな胸を張る。


「本人に話しにくいって言うなら、何ならアタシから言ってあげよっか?」

「いや、俺から言う」

「ならよし! 絶対に話しなさいよ? 怖気づいたり妥協しないこと!」


 気合いを入れろと言わんばかりに、少女は俺の頬を挟むように両手で軽く叩く。

 霧のかかっていた心の中は、いつの間にやらすっかり晴れていた。


「何か話したらスッキリしたよ」

「前にも言ったでしょ? 相談ならいつでも乗るって。せっかくの合宿なんだし良い思い出にしたいんだから、一人で溜め込まないでよね」

「悪いな。相談っていうか、愚痴みたいになって」

「全然構わないわよ。寧ろアタシとしては、ネックが話してくれた方が嬉しかったし」

「そっか。サンキューな」

「どう致しまして。まあ仮にネックが告白したところで、ユメノンがOKしてくれるなんて保証はないんだけどね。ついでに言っておくと、クラスの男子からも結構人気だし」

「うぐっ」

「オイオイだって諦めてないかもしれないから、あんまりのんびりして取られても知らないわよ? バーベキューでちょっとは男らしいところ見せて、ポイント上げておきなさい」

「そんなお前の兄貴みたいな芸当はできないっての」


 軽く笑い合った俺達は宿舎へと戻る。

 日も沈み丁度お腹も空いてきたところで、いよいよバーベキューの始まりだ。

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