八日目(水) ヨネオン族は写真嫌いだった件
「全員揃ったところで改めまして、皆さんおはようございます」
「「「「「「「おはようございます」」」」」」」
「はい、元気でなによりです。それでは早速、出発しましょうかねえ」
伊東先生の「おはようございます」が初めて正しく使われた気がする午前九時。待ち合わせ場所である駅のモニュメントに集合した俺達は改札に向かうと電車に乗る。
服装は各々私服だが、一番驚いたのは初めて見る先生の私服姿。青いシャツにチノパンという大学生みたいな恰好を見て、正直最初は阿久津と冬雪以外の誰もが目を疑った。
「ミズキ先輩。その勾玉のネックレス、イカしてるッスね」
「でしょ? これはクリスマスパーティーのプレゼント交換で貰った、ユッキーの手作りなんだから」
「手作りとかマジッスかっ? しかもプレゼント交換なんて超楽しそうじゃないッスか!」
「勿論今年もやるから、今から楽しみにしてなさい!」
…………あの時に阿久津から貰ったノート、丁度最近使い切ったんだよな。
電車内の混み具合は席が埋まる程度であり、座席前に立っている火水木とテツは声を抑えながら話す。伊東先生は疲れているのか二人の目の前の席で睡眠体勢に入っているが、顧問があんな状態で大丈夫なんだろうか。
「今年行く場所は、昨年の陶芸部も行った場所なんでぃすか?」
「いいや、去年とは違う陶磁器の産地だよ。ボクと音穏も行くのは初めてだね」
耳を澄ませば向かい側から聞こえてくる二人の会話。相変わらず阿久津にベッタリな早乙女だが、この場にあの先輩がいたら敵意剥き出しだったんだろうな。
やたら話題に上がる冬雪はと言えば、先程から俺と夢野に挟まれる形でドアの前にへばりつきボーっと窓の外の景色を眺めている。
「何か面白い景色でも見えたか?」
「……電線?」
「ちょっと待て。見てたの、景色じゃないのかよ?」
「……電線の方が楽しい」
どれどれと、夢野と一緒に窓の外を覗いてみる。
電車という高速の乗り物から眺めることによって、弛んでいる電線はまるで動いているように見える。その軌道はバウンドするボールの軌跡を逆さにしたような感じだった。
「どの辺を楽しむの?」
「……下がり具合?」
「いやわかんねえよ」
隣の車線を走る電車と追いかけっこ(大抵は勝負にならなかったり、相手が徐々に離れていく)は面白かった記憶があるけど、まさか電線で楽しむ奴がいるとはな。
乗り換えを挟みつつ、電車に揺られること計二時間。目的地の駅に到着した俺達は無料バスに十分ほど乗った後で、陶芸の聖地(?)へと到着した。
「さて、行きましょうかねえ」
「あ! 待ってイトセン! 写真撮ってもいい?」
「まだ時間に余裕もありますし、構いませんよ」
「じゃあ全員、そこに並んで並んで」
「え? 撮るって、集合写真でぃすか?」
「旅の思い出は必要でしょ? ほらネック、逃げないの!」
「いや俺、写真撮られると魂抜ける体質なんだよ」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと並びなさい!」
「ユッキー先輩も逃げたら駄目ッス」
「……魂」
「だから抜けないって言ってんでしょうが! アンタ達、どこの民族よっ?」
「「……ヨネオン族?」」
「まさかの息ピッタリッスかっ?」
建物をバックにして撮りたいのか、火水木がカメラの置き場所を探す。その一方でテツが冬雪の逃走経路を塞いでいると、阿久津が溜息交じりに小声で呟いた。
「魂が抜けると言ってる割に、この前の夢野君とのツーショットはピースまでしていたじゃないか」
「っ」
チクリとした一言……いや、グサリと刺さる一言だった。
幸い周囲(というかテツと火水木)はワイワイやっていたため聞かれなかった様子。当の阿久津本人はと言えば、何事もなかったかのようにカメラの方を向く。
別に不機嫌だとかイラついているなんてことはないが、だからといって俺を茶化そうとした訳でもない。確かに事実ではあるが、いまいち腑に落ちなかった。
「じゃあ撮るわよー」
タイマーのスイッチを入れた火水木が駆け寄る。隣に立っているテツが早乙女の後頭部へ角のように指を立てていたが、まあ別にいいかと黙っておいた。
「……」
「…………」
「………………まだですかねえ?」
「まだ『パシャ』よ……あっ! ちょっ? 今のなし! 撮り直しっ!」
「もう、ミズキってば」
その後も「今シャッター鳴った?」からの、様子を見に行った瞬間にパシャリといったハプニングを挟みつつ、ようやく俺達は陶芸美術館の中へと入る。
入館料は大人が260円。高校生と大学生は210円で、小中学生なら120円。値札に貼られていた懐かしい金額を思い出し夢野を見ると、俺と同じことを考えていたのかニコッと可愛い笑顔が返された。
「本日は宜しくお願い致します」
「「「「「「「お願いします」」」」」」」
伊東先生が頭を下げた後で、俺達も揃って頭を下げる。意外なことにテツと早乙女もしっかりと礼儀は弁えており、若干反応が遅れたのは俺だけだったのは内緒だ。
案内役を受け持つ男性に挨拶した後で、パンフレットを片手に説明を聞く。陶芸部の合宿というよりは修学旅行気分だが、校長先生の話よりは眠くならなかった。
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