四日目(土) 俺の妹が頼れる部長だった件

「水無月さん達も来てたんだね」

「可愛い後輩の激励でぃす」

「夢野君達はデートかい?」

「デっ?」


 そんなんじゃないと言いかけるが、幼い頃の失敗を思い出し慌てて言葉を呑み込む。

 動揺する俺とは対照的に、夢野はケロっとした様子で答えた。


「そう見える?」

「妹さんと梅君の応援に来たように見えたかな」

「正解!」

「蕾先輩に妹がいたとは初耳でぃす。しかもバスケ部だったんでぃすか?」

「うん。バスケ部って言ってもベンチだし、初戦で負けちゃったけどね」

「残念だったけれど、勝ち負け以外にも大事なことはあるさ」

「…………」


 思春期真っ盛りの男子高校生に、デートとかいう重要ワードを軽々と使わないでほしい。

 Tシャツにショートパンツという涼しげな恰好の阿久津と、それを真似たような恰好の早乙女。二人が夢野と女子同士の話に花を咲かせ始めると、俺は邪魔しないようにと黙ってカメラを覗く。

 …………しかし一体いつから来ていて、どこまで見られていたんだろうか。


「まさかキミも来ているとはね。最初は目を疑ったよ」

「悪かったな……ってか気付いてたなら声の一つくらい掛けてくれてもいいだろ」

「楽しそうに話す二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってね」

「っ」

「鼻の下を伸ばす根暗先輩は惨めでぃした」

「伸ばしてねーよっ!」


 ちょっと前までの平和から一転、何かもう帰りたくなってきた。落ち着いて考えてみれば、こうなる可能性は充分に予測できた筈……何故気付かなかったんだ、昔の俺よ。


「しかし初戦の相手が松風中とはね」

「強い学校なの?」

「去年、星華達が負けた相手でぃす」

「一昨年にボク達が負けた学校でもあるかな。その時は優勝していたかな」

「へー。じゃあ宿敵だし、優勝候補なんだ」

「優勝候補というほど強い訳でもないよ。中学バスケなんて、その年によりけりだからね。昨年の優勝校が翌年は一回戦負けなんてざらにあるし、学校毎のレベル差も極端さ」


 てっきり毎年強い常連校とかがいるのかと思ったけど、案外そうでもないらしい。

 経験者だけあって詳しい阿久津の情報を聞いていると、いよいよ試合が始まるのか中央のサークルに整列。お互いに礼をした後で、ジャンプボールが投げられた。


『マーちゃん!』

『ミーちゃん!』


 零れ球を拾った選手から、流れるようなパスが繋がる。

 そのままボールを受け取った梅は、一気にシュートへと持ち込んだ。


「やった!」

「ナイスでぃす!」

「まずは先取点だね」


 特に緊張している様子はなく、動きも固くない。

 ナイッシューをと称えられた妹は、自陣に戻ると両手を挙げて声を張った。


『ハンズアップ!』

『『『『はいっ!』』』』


 写真を撮りに来るよう言われた時からいつになく気合いが入っていると思ったが、先程の阿久津の話を聞く限り引退試合だからという理由だけじゃないだろう。

 俺同様に変なところで負けず嫌いなアイツの性格を考えれば、阿久津に早乙女と二代続けて先輩達が負けた相手にリベンジするところを見せたいに決まっている。


『「「ナイッシューっ!」」』


 黒谷南のゴールが入る度、ベンチのメンバーと合わせて阿久津と早乙女も声を出す。

 12対10になったところで第一クォーターが終了。こちらがリードしているといっても1ゴール差で、お互いに守りが堅くロースコアゲームになっていた。


「強さは互角でぃすね」

「そうだね。良い勝負をしているよ」


 確かに先程の夢野妹達の試合のことを考えれば、双方の実力は拮抗している。

 短いインターバルを挟んで始まる第二クォーター。互いにメンバーや戦術の変化はないまま、第一クォーター同様に点の取り合いが淡々と続いていった。


『梅!』


 仲間からパスを受け取った妹は、3ポイントラインからシュートを放つ。

 弧を描いて飛んでいったボールはガガンッと音を立ててリングとボードに当たったが、弾かれた後でリングへ沿うように転がるとネットへ吸い込まれていった。


「すごーいっ! 梅ちゃん、ナイッシューっ!」

「ナイスでぃす!」


 ベンチがワッと沸き、隣にいた女子二人が歓声を上げる。

 一人黙っていた阿久津も、拳をグッと握り締め笑顔を浮かべていた。


『リバンッ!』

『速攻っ!』

『ドンマイドンマイっ! 取り返していくよっ!』


 コート上にいたのは、俺の知らない梅だった。

 時には鋭いパスを回し、また時には自らドリブルで切り込む。

 失敗した仲間には優しく声を掛けフォローし、必死になって点を取ろうとする。


「…………」


 正直、恰好良かった。

 部活で練習した全てを見せるようなプレイに目を奪われる。

 気付けばあっという間に八分が過ぎ、第二クォーター終了の笛が鳴っていた。


「いい調子でぃす! このまま逃げ切りでぃす!」

「まだ7点差だから油断できないけれど、悪くない感じだね」

「…………」

「米倉君、写真撮ってないけどいいの?」

「え…………? あっ!」

「誰もいないコートを撮ってどうするつもりだい?」

「そ、そうだな……」

「また何か考え事してたでしょ?」

「あ、ああ。いや、何かその……アイツ、恰好いいなって思ってさ」

「何を言うかと思えば、ここにきて唐突なシスコン暴露でぃすか?」

「違ぇよ!」


 普段見ないバスケをしている姿が新鮮というのもある。

 ただそれ以上に、妹が仲間から頼られていることが意外だった。


「当たり前じゃないか。梅君は三年間頑張っていたんだからね」

「そっか……そうだよな」

「それに部長さんだもんね」

「本当、部長はしんどいでぃす。星華の時も部員をまとめるのが大変でぃした」

「それは星華君の方に問題があったからじゃないのかい?」

「そ、そんなことないでぃすよ!」


 早乙女を茶化す阿久津を見て、夢野がクスクスと笑う。

 部長と言われてもいまいちピンとこなかったが、アイツも何だかんだ俺の知らないうちに成長してたんだな。


『ピーッ!』


 やがて第三クォーターが始まると、俺はファインダー越しに妹の勇姿を眺める。

 その活躍を残すべく写真を撮りながら、夢野達と共に声を出し応援した。

 時々ファールはあるものの、怪我等のハプニングはないまま試合は進んでいく。

 ただ梅達の表情は笑顔ではなく、徐々に深刻なものとなっていった。


「さっきからついてないでぃす」

「流れが相手にきているね。ここが踏ん張りどころかな」


 両チームのメンバーは勿論のこと、攻め方も守り方も変わっていない。ただ前半はスパスパ入っていた梅達のシュートが、ことごとくリングに嫌われていた。

 その悪い流れはプレーにまで影響を与え、パスをインターセプトされるといったミスも出始める。焦りが焦りを生み、点差は徐々に詰められていった。 

 そして、第三クォーターが終了する。

 第二クォーター終了時に開いていた筈の7点差は、あっという間に1点差へ。それもリードしているのは黒谷南中ではなく、勢いに乗って逆転した松風中だった。


「梅ちゃん達、大丈夫かな……?」

「まだ一点差だし、慌てるような時間じゃないけど不安になるな」

「追い上げられるのは精神的に辛いからね。インターバルでゲームが切れて良かったよ」

「我慢比べでぃす! まずは悪い流れを変えることからでぃす!」

『南中~っ! ファイッ!』

『『『『オーッ!』』』』


 円陣で気合いを入れた少女達は、笛が鳴るとコートに立つ。

 最後のクォーターが始まると、応援にも一層気合いが入っていた。


『跳べー跳ーべ! マーちゃん跳ーべっ!』


 中央のサークルで高々と跳んだ二人の少女がボールを弾く。

 相手チームが取るなり速攻に行こうとしたところを、すかさず梅が止めた。


『戻って!』


 その僅かな間に、仲間達がディフェンスへつく。

 相手がパスを回す中、狙っていたのか一人の少女がボールを奪い取った。


『かりん! ナイス!』

『梅!』


 仲間からパスを受け取った妹が、ドリブルしながら走り出す。

 しかし相手の戻りは早い。


『ミーちゃん! あっ?』


 一人抜いた後で二人目に阻まれた梅がパスを投げる。

 しかしそれが今度は相手にカットされ、カウンターを受ける形となってしまった。


「焦り過ぎでぃす!」


 状況は四対二と圧倒的不利な中、ゴール下へ潜り込まれる。

 相手がシュートを打とうとした瞬間、センターの少女が高々と跳び上がった。

 タイミングはピッタリ。

 放たれたシュートへ、ブロックショットが決まった。


「やたっ!」

「チャンスでぃす!」


 今度は逆にこちらのカウンターとなり、素早くパスが繋がっていく。

 あっという間にゴール下までいくと、少女のレイアップが見事に決まった。


『キャーッ!』

『ミーちゃん! ナイッシューっ!』

『マーちゃん先輩! ナイスブロックです!』


 ベンチが沸き上がり、シュートを止めた少女は仲間とハイタッチを交わす。

 これで再び逆転だが、まだまだ油断はできない。


『ハンズアップ!』

『『『『はいっ!』』』』


 悪い流れは断ち切られ、点取り合戦のシーソーゲームが始まる。


「よしっ!」

「あっ!」


 逆転してはガッツポーズ、逆転されては肩を落としての繰り返し。

 再び写真を撮ることすら忘れ試合を見ていたが、時間は刻一刻と過ぎていった。


「何やってるんでぃすか! しっかり守らなきゃ駄目でぃすよ!」


 残り三十秒を切ったところで相手のシュートが入り51対52。ヒステリーを起こした早乙女が叫ぶが、阿久津と夢野は黙って試合の行く末を見守る。

 狭いコートを走り回っては飛び跳ねるハードなスポーツ。既にどちらのチームのプレイヤーも相当な体力を使っている筈なのに、選手達は負けられない一心で動き続けていた。


『っ』


 相手チームがフルコートのマンツーマンでボールを奪いに来る。

 必死にパスを回す黒谷南中のメンバーだが、投げられたパスがカットされた。


「「「「!」」」」


 これを取られたらヤバい。

 ルーズボールに複数の選手が手を伸ばした。

 瞬間、梅がフロントコートへ全力疾走する。

 まさに音速のような速さのダッシュだった。


『梅!』


 投げられるロングパス。

 それをキャッチした妹は、相手をかわしつつステップを踏みレイアップを放つ。

 バックボードに当たったボールは、綺麗にリングへと吸い込まれていった。


「よっしゃあ!」

「梅ちゃん!」

「ナイスでぃす!」

「まだだよっ!」


 これで53対52と逆転。

 しかし最後の最後まで、何が起こるか分からない。


『ハンズアップ!』

『『『『はいっ!』』』』


 梅もそれは理解しているのか、仲間達へディフェンスの声を出す。

 残り時間は十秒。

 堅実にゾーンディフェンスを固める中、松風中のポイントガードへパスが回った。


『っ?』


 フェイクにかかった梅をかわし、相手は一気にゴール下へと切り込もうとする。

 すかさず仲間がカバーに入ると、苦し紛れのシュートが放たれた。


『『『リバンッ!』』』


 少女達が叫ぶ。

 しかし落ちてきたのは、ボードに当たった後でネットを通過したボールだった。

 相手のベンチが喜びのあまりキャーっと叫ぶ。

 夢野が祈るように両手を重ね、俺はごくりと唾を呑んだ。


『梅っ! 急いでっ!』


 残り時間は三秒。

 素早くボールを拾った少女がパスを出す。

 受け取った梅は、ドリブルしながら全力で走った。


「梅君っ!」

「打つでぃす!」


 時間がない。

 移動できたのは、コートの半分まで。


『いっけ~~~~っ!』


 思い切り振りかぶった妹は、ゴールを狙って全力でボールを投げた。

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