6.5章:俺の知らない物語だった件
四月(中) ……私と陶器とミナと
◆
運動は苦手。
でも中学にあった文化部は、科学部と美術部と家政部と吹奏楽部の四つだけ。
入りたい部活はなかった。
それに私が中一の時、弟はまだ小学生になったばっかり。
家で一人は可哀想だから、中学は帰宅部にした。
でも今は、やりたい部活がある。
「……失礼……します」
ノックしてから、静かにドアを開けた。
中にいた生徒は女の人が四人、男の人が一人。
でもノックと声が小さかったせいで、誰も気付かない。
「おや? お客さんですかねえ」
「……初めまして」
「どうもどうも。先生、陶芸部の顧問をしている
最初に気付いてくれたのは、白衣を着た先生……陶芸部なのに何で白衣?
でも不思議な先生のおかげで、先輩も私に気付いてくれた。
「あ、ひょっとして見学に来てくれたの?」
「……(コクリ)」
女の人が二人、笑顔でこっちに来る。
自己紹介をされた後で、私の名前を尋ねられた。
「……
「へー。ネオンちゃんかー。珍しいけど可愛い名前だねー」
「冬雪さんは見学と体験、どっちにする? 体験は粘土練ったり、ろくろ挽いたり。全部やると一時間くらい掛かっちゃうけど……」
「……体験……したいです」
「それじゃあ用意するから、ちょっと待ってて。あ、荷物はそこに置いていいよ」
「今日は大繁盛だねー」
言われた通り、大きな机に鞄を置く。
机の端で漫画を読んでいたツンツン頭の男の人が、チラリと私を見た。
「いよぉ」
「……(ペコリ)」
「ちょっとバナ! 暇なら少しは手伝ってよ」
「やなこった」
「もう!」
陶芸部なのに何で漫画?
少し不安になってきたけど、女の先輩は優しく接してくれる。
「あ、冬雪さん。ブレザー脱いでもらって、これ着てもらってもいい?」
渡されたのはシンプルな黒エプロン。
向こうにいる女の人も、これと同じエプロンをしてる。
「難しいですね。何かコツとかあるんでしょうか?」
腰の辺りまである長い髪の、綺麗な女子。
ひょっとして、私と同じ体験?
でもリボンの色は一年生なのに、凄く堂々としてる。
「菊練りのコツ……ズキちゃん、何かあります……?」
「私に聞かれてもねー。コツコツやるとかー? なんつってー」
「だそうで……あ、今回はこちらでやっておくんで、どうぞそちらへ……」
「ありがとうございます」
「もー、サっちんってば反応薄いー」
女の先輩達は楽しそう……ちょっと安心。
ボーっと眺めてたら、私の粘土を用意してくれてた。
「まずは土練りからね。荒練りと菊練りっていうのがあって――――」
初めての陶芸体験は中三の修学旅行。
ただその時は、手回しろくろで粘土をこねる手びねりだけ。
それでも、凄く楽しかった。
「上手上手! 冬雪さん、もうほとんど菊練りできてるよ! ひょっとして経験者?」
「……未経験……です」
土を練るのは初めてだから、首を横に振った。
先輩みたいに綺麗じゃないけど、褒められたのは嬉しい。
「それじゃあ、ろくろ回してみよっか」
「……(コクリ)」
電動ろくろの操作を教わる。
お手本で見せられた成形は、まるで魔法みたいだった。
「こんな感じかな。それじゃあ、冬雪さんやってみる?」
「……(コクリ)」
当たり前だけど、最初は上手くいかなかった。
沢山失敗した。
だけど湯呑やお皿ができた時は感動した。
「お疲れ様。後片付けは私がやるから、冬雪さんは休んでて」
「……ありがとう……ございます」
暑い。
エプロンを脱いで少し休憩……部屋を見渡す。
「……」
もう一人の体験の子がいない。
私が集中し過ぎて、気付かないうちに帰ってた?
後悔で小さく溜息を吐く。
少しくらい話すべきだった。
「明日だとまだ削れないから、明後日以降にまた来れる?」
「……大丈夫……です」
「良かった。それじゃあ待ってるから」
「まーた来ーてねー」
「ズキちゃん、私の手を振らずに自分の手を振ってくれます……?」
三人の優しい先輩と先生に見送られて、最初の体験は終わった。
次に陶芸室へ行ったのは、言われた通りの二日後。
「……失礼します」
「あ! 冬雪さん!」
その日いたのは女の先輩三人だけ。
男の先輩と先生はいなくて、体験も私一人きりだった。
「サっちんサっちん、ピザって十回言って」
「not pizza,but píːtsə」
「オー、アイムソーリーヒゲソーリー」
「まあ、ピザとピッツァは別物ですが……アメリカ風がピザで、イタリア風がピッツァなんです。イタリアでピザと言うと、地名のピサと勘違いされます……」
「へー。そーなんだー」
女の先輩二人が、椅子に座ってのんびり話してる。
そんな中で部長さんは私に削りを教えつつ、部活についても話してくれた。
生徒数が多い屋代なのに、陶芸部には二年生がいない。
三年生も五人だけ。
「冬雪さんが入部してくれたら、私達の引退後に部長かもしれないね」
そんなことはない。
初めて作ったお皿は底が抜けて失敗。
無事に完成した湯呑も、何だか湯呑っぽくない形だった。
それに今年入る一年生が、もし私だけだったら……?
「焼くのは少し先だから、作品ができたら届けに行くね。勿論私としては冬雪さんが、入部してくれたら一番嬉しいんだけど……」
「このとーり!」
「ズキちゃん、私の頭を下げずに自分の頭を下げてくれます……?」
「……ありがとうございました」
二度目の体験も終わる。
三度目の体験には行かなかった。
入部するかしないか、ずっと悩んでた。
お母さんは大丈夫だって言ってくれたけど、一人きりは不安だった。
そんな日が一週間くらい続いた、ある日のこと。
「じゃあねミナ」
「お疲れ様。また明日」
「……?」
帰りの駅で、聞き覚えのある声に振り返る。
反対側のホームで電車に乗る友人を見送るのは、見覚えのある綺麗な女の人。
くるりとこちらを振り向かれ、目が合った。
「あれ? ひょっとして、陶芸部の体験に来ていた……冬雪君だったかな?」
「……(コクリ)」
「やっぱり。ああ、自己紹介が遅れて申し訳ない。ボクは
「……冬雪音穏……です」
「別に同じ一年生なんだし敬語は要らないよ。同じ方面の電車とは奇遇だね。ボクは新黒谷駅だけれど、冬雪君はどこで降りるんだい?」
「……菊畑」
「となると下りるのはボクが先かな」
私は口下手だとよく言われる。
今の流行をあまり知らないから、話題が無いし話も続かない。
「冬雪君は、もう削りはやったかい?」
「……やった……阿久津さんは……?」
「ボクは昨日やったけれど、難しくなかったかい? どの程度削れば良いか加減がわからなくて、削り過ぎた結果は底が抜けて大失敗だったよ」
「……私も。でもちゃんと削らないと凄く重い」
「ふふ。やることはお互い同じみたいだね」
何でだろう。
初対面で話題が多いから?
それとも陶芸の話だから?
電車に乗った後も話は尽きず、時間はあっという間に過ぎていった。
「冬雪君は、陶芸部に入部するのかな?」
「……悩んでる」
「もし良ければ、ボクと一緒に入らないかい?」
「……!」
「菊練りをリベンジしたいけれど、先輩の引退後に一人は寂しいからね。勿論、他に入りたい部活があるのなら無理にとは言わないよ」
「……良かった」
「何がだい?」
「……私も一人かと思って、不安だった」
「最初の体験以来、ずっとすれ違いだったみたいだからね。ボク達が会っていないだけで、ひょっとしたら他に入る一年生だっているかもしれないさ。屋代は広いからね」
もしかしたら、十人くらい来てたのかもしれない。
そう考えると、何だかワクワクしてくる。
「校章を見る限り、冬雪君はCハウスなのかな?」
「……C―3」
「C―3…………一つ質問してもいいかい?」
「……何?」
「クラスメイトに、
「……確かいた……知り合い?」
「まあ、顔見知りでね。いや、気にしなくていいよ。ありがとう」
何で知り合い……あ、同じ中学かも。
でもあんまり男子の顔覚えてない……今度ちゃんと見ておこう。
「……私も一つ聞いていい?」
「何だい?」
「どうして君呼び?」
「ああ、すまないね。色々あって昔からの癖なんだよ。冬雪さんの方がいいかな?」
「……名前でいい」
「そうなると音穏君……じゃなくて、音穏さんかな」
「……慣れないなら、呼び捨てで大丈夫」
「いいのかい?」
「……私もミナって呼びたい」
「成程ね。それじゃあ、これから宜しく頼むよ音穏」
陶芸部に入ってできた、私の大事な二つの宝物。
一つは我が家で煮物を入れる盛椀扱いの、初めて作った湯呑。
そしてもう一つは、かけがえのない大切な友達。
「……ミナ、宜しく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます