十六日目(金) お化け屋敷がデートスポットだった件

 寄り道をしながらも目的地へ到着した俺達は、恒例のグーチョキパーで分かれる。今回のチーム分けは俺と阿久津、夢野と冬雪、葵と火水木になった。


「…………お足元、お気を付けください…………」


 夢野が選んだこのアトラクション、ゴーストアパートだけは他と違い、キャストが笑顔を見せずに静かな口調で目を伏せながら不気味に見送る。

 その理由は名前の通り、ホラーなアトラクションであるため。本物の人間みたいな蝋人形が恐怖心を煽る暗闇の空間を、俺達は椅子型の乗り物に座り進んでいく。


「ここのアトラクションのキャストなら、キミでもできそうだね」

「おい、それはどういう意味だ?」

「…………? 物分かりが悪いと思ったら、櫻じゃなくてゴーストか」

「櫻だよっ!」


 お化け屋敷的なシチュエーションで二人きり……誰がどう考えてもデートの定番なのに、隣に座る幼馴染は恐怖と無縁らしく全くもっていつも通りだった。

 時折曲がり角になると、後ろにいる二人が視界の端に見える。夢野も割と平気そうで楽しんでいるが、冬雪はホラーが苦手なのか若干怯え気味だ。


「なあ阿久津。お前って怖いものとか、苦手なものとかないのか?」

「ボクだって苦手くらいあるさ」

「例えば?」

「櫻」

「それを平然と口にするお前がアトラクション以上に怖いっ!」

「冗談だよ。半分はね」


 残り半分は本気らしい。コイツにバファ○ン飲ませたら、優しくなるかな?


「そんなことを聞いて、ボクが怖がっている姿でも見たいのかい?」

「見たい」

「ふむ、そうだね。数学の解答が変な値になると怖いよ」

「そういう怖いじゃなくてだな……」

「後は櫻が時間を守ったりしたら怖いかな。陶芸をしている姿を見ても怖くなるし、真面目に勉強しているなんてことがあったら怖過ぎて声も出ないね」

「それ完全に饅頭怖いのパターンじゃねーか」


 女子が怖がるものと言えば、虫に雷にお化けの三つ。夏の体育館で虫の死骸を見慣れている上に、お化けも平気な阿久津が雷に怯えるとは思えない。

 まあネズミーのホラーは子供向けだし、この程度だから驚いていないという可能性もある。でもやっぱ男としては、腕に抱きつかれたりしたいんだよな。




『ガタンッ』




「ん?」


 流れるように進んでいたライドがいきなり止まる。別に停止するような場所でもなく不思議に思っていると、程なくしてアトラクション内に声が響き渡った。


『悪戯好きの亡霊がまた邪魔をしたらしい。諸君はそのまま座っていてくれたまえ。すぐに動き始めるから』


「何だこれ?」

「トラブルかな。前に乗った時も起きたけれど、ゴーストアパートは妙に多いね」

「本当に幽霊の仕業だったりしてな」

「まあそう考えた方が、夢の国らしいとは思うよ」


 一度ハプニングを体験済みだからか、それとも初めての時もこんな感じだったのか。阿久津は相変わらず至って冷静で、遠くのお化けを眺めていた。

 チラリと後ろの様子を見れば、縮こまった冬雪が夢野の腕にくっついている。いっそ俺がプライドを捨てて阿久津にしがみつくってのも、ワンチャンありかもな。


「…………」


 しかし男からすれば理想的な反応だが、あれ本当に大丈夫なのか?

 冬雪と一番付き合いが長い阿久津に確認を取るべく、俺は黙って少女の肩へ手を伸ばす……が、タイミング悪く彼女は斜めにしていた身体を起こした。


「ひあっ?」


 俺の指が阿久津の首に触れ、滅多に聞けない悲鳴が上がる。

 ただ接触しただけなら別に驚きはしないだろうが、昼とはいえ今は冬。心が温かい俺の手は冷たくなっており、それが首という敏感な場所に触れれば当然だ。


「あ、悪いってえっ!」


 弁解するより早く、問答無用に脳天を叩かれた。髪の毛が短くなったことで多少なり防御力も下がっていたんだろうが、百人一首を取る速さの手刀は普通に痛い。


「いきなり何のつもりだい?」

「誤解だから話を聞け! 別にお前を驚かそうとしたんじゃないっての!」


 黙って指で後ろを見るように促す。阿久津の位置から二人が見えるか微妙なところだったが、どうやら問題なく視認できたらしい少女はジト目で俺を見た。


「で?」

「いや、大丈夫なのか不安に思ってな」

「心配しなくとも、キミみたいに泣いたりはしないさ」

「一言余計なんだよ! とにかく俺はお前を呼ぼうとしただけだ」

「それならボクも、飛び出していたネジを直そうとしただけだね」

「あの直し方はネジじゃなくて釘だろっ! 完全に打ちつけてたぞっ?」

「これくらい衝撃を与えないとネジだけじゃなくて、キミの捻じ曲がった性格は戻らないと思ってね。それによく梅君は壊れた物は叩いて直すじゃないか」

「不良品扱いっ?」


 何にせよ、誤解が解けたようで何よりだ。

 ばつが悪いのか、阿久津はそっぽを向いた後で小さく応える。


「叩いて悪かったね」


 こうして謝られると、何だか逆に照れ臭い。

 だからこそ俺は、改めて少女の肩をトントンと叩いた。


「何だ――――」




『ブスリ』




「おっ! クリーンヒット!」

「…………何か言い残すことはあるかい?」

「ない! わざとだからな!」


 頬に指が刺さったまま、阿久津は笑顔でパーではなくグーを用意する。

 再び俺の頭が叩かれると同時に、トラブルが解消したようで椅子が動き出した。やっぱり壊れた時には叩くのが一番の治療法みたいだな。

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