三日目(土) 俺の誕生日がバレンタインだった件

「トントント~ン。幸せをお届けするデリバリー梅で~す」


 夕食を終え風呂も済ませ、火水木のチョコを自室で美味しくいただいていた時のこと。珍しくドアをノックした梅だが、こちらの返事も待たずに入って来る。


「そういう誤解を招く発言をするな」

「はえ? お兄ちゃんにお届け物だけど、デリバリーって違ったっけ?」

「ん? いや、なら合ってるけど……何だそれ?」


 パジャマ姿の梅は、掌サイズの小さな箱を持っていた。別に密林で注文した記憶はないし、コイツからのバレンタインは既に貰っている。

 もし、仮に万が一あれがチョコだとしよう。そうすると我が家に直接届けに来るような相手は限られているが……ひょっとして、まさか阿久津が……?


「にっひっひ~。お兄ちゃん、このチョコ誰からだと思う?」

「何っ!? そいつをこっちに渡せ!」

「どうしよっかな~? よし、可哀想だから渡してあげよう」


 無駄に勿体ぶった妹は、卒業証書でも渡すかの如く丁寧に差し出す。慌てて受け取った俺はリボンを解くと、シンプルな小さい箱の中を開いた。




『ハッピーバース&バレンティン❤ 櫻の心にデュークホームラン♪』




「梅ぇぇぇぇーっ!」

「はえ? どったのお兄ちゃん?」

「覚悟しろよ! この虫野郎っ!」

「エェーッ? お兄ちゃん酷っ! 桃姉からのバレンタイン届けてあげたのに、何で梅が虫野郎呼ばわりされなきゃいけないのっ?」

「姉貴からなら姉貴からと先に言えっ! お前なんかアレだっ! テントウムシだっ! ショウリョウバッタだっ! カタビロトゲトゲだっ!」

「何その最後の虫っ?」


 せっかく諦めがついたのに、何故追い打ちをかけるのか。まあ阿久津がこんな手紙を添えてきたら、それこそショック・ショッカー・ショッケストだけどさ。


「あれ? ギョギョーッ! お兄ちゃん、まさか今年は貰えたのっ?」


 机の上のチョコを見て気付いたのか、梅がオーバーリアクションで驚く。虫呼ばわりされたのが嫌だからって、無理矢理に某魚様の真似すんなよ。

 完全に馬鹿にされているが、中学三年間の実績を考えると仕方ない。バレンタイン終了のお知らせなんてなかった。だって俺の誕生日も消滅しちゃうし。


「まあな。高校デビューしてきた」

「凄いすごーい! これ誰から貰ったの?」

「火水木だ」

「……………………」

「え? 梅さん、何でそんな冷たい視線?」

「梅引くわ~。いくら女の子から貰えないからって、超えちゃ駄目なラインを通り越して同性愛に目覚めたお兄ちゃんに悲しくなっちゃうわ~」

「は……? あ、そういうことか」


 姉貴が知っているから顔見知りのイメージだったが、コイツはアキトと会ったことはあるけど火水木とは面識がないんだったっけ。

 つまり梅の中では、俺が男からチョコを貰ったことになっている訳だ。これぞまさに友チョコならぬホモチョコ……って、やかましいわ。


「違うっての。お前がボランティアで会った火水木に、双子の妹がいるんだよ」

「いやいや、嘘吐くなら六つ子くらいにしてよお兄ちゃん」

「嘘松じゃねーよっ! 別に『ちょっと待って!』から始めてないし、盗み聞きもしてなければジュースも噴いてないだろっ? ちゃんと姉貴も会ってるっての!」

「あ、本当なんだ。良かった~」

「掌返すの速いなおいっ? 少しは兄を信じろよっ!」


 そもそも同性愛だって立派な恋愛だぞ。まあこのタイミングで言うと、また疑惑の目を向けられそうだから言わないけどさ。


「ま~ま~。双子ってやっぱ似てるの?」

「いや、微妙だな」


 異性の一卵性双生児は基本的に生まれないので、アイツらは二卵生双生児。まあ一卵性だろうと似てないケースもあるし、双子=そっくりとは限らない。

 初見で阿久津や冬雪も気付けなかったことを考えれば、アキトと火水木は似ていると言うほどではない。まあ中身の方は色々とそっくりだけどな。


「ちなみにそっちの箱が冬雪だ」

「冬雪ちゃんのっ? 見てもいいっ?」

「いいぞ」


『カパッ』


「…………お兄ちゃん、中身は?」

「食った」

「何を見せたかったのっ?」

「箱」

「梅チョップ!」


 真面目に答えたのに殴られた。兄妹揃って手作りとは気付かないか。

 箱について説明するのも何か面倒臭かったので、先に気になる最後の戦利品を取り出す。俺も未だに中身を見ていない、夢野からのバレンタインだ。


「まだあったっ! 全部で何個貰ったの?」

「これが最後だ」

「はえー。三つも貰えるなんて、モテ期到来だねお兄ちゃん! ホワイトデーのお返しだけじゃなくて、食べた後は感想も言ってあげなきゃ駄目だよ?」

「わ、わかってるっての」

「それじゃ練習! 梅のチョコに感想は?」

「あー、黒かった。黒くて、めっちゃサンダーしてたな」

「10点」

「マジかよ。あと5点欲しかったな」

「100点満点だよっ?」


 そんなこと言われても、駄菓子に感想なんてない。いっそ梅も姉貴を真似て手作りの一つでも……いや、失敗作の毒味をさせられそうだし黙っておこう。


「そいでそいで、これは誰からなの?」

「夢野からだよ」

「蕾さんっ? お兄ちゃん、本当にモテモテじゃん!」


 本当じゃないモテモテって何なのか教えてほしい。

 色々と深い事情がなければ、コイツと同じように考えて素直に喜んでいたかもしれない。見せて見せてとせかす梅のリクエストに応えて、少し大きめの箱を開けた。


「ジャーン!」

「…………」

「………………」

「……………………お兄ちゃん、何したの?」

「うん、何したんだろうな?」


 中から出てきたのは、ハート形をしたチョコレート。しかしそのど真ん中には、梅が白い目で見るのも納得できるくらい見事なまでに亀裂が入っていた。


「梅引くわ~。ヒビ入りハートを貰うお兄ちゃんとか、泣いちゃうわ~」

「いやいやいやいや、別に嫌われてるとかそういうやつじゃないからっ! 多分自転車で揺られてヒビが入ったに違いない。うん、きっとそうだ」

「それはそれで、デリカシーがないと思わないかい?」

「ぐはっ!」


 梅による阿久津の物真似がクリティカルヒット。しかも前よりクオリティがアップしている分だけ性質が悪く、ペタリと膝をつきorzな姿勢になる。

 それに今までの夢野の性格を考えると、わざとヒビを入れた可能性もあるかもしれない。仮に意図的だったら指摘しないのも変だし、偶発的なら話すべきじゃない……おお、どうすりゃええねん。


「…………ん?」


 ふと目の前にある紙袋の底に、小さな細長い包みが残っていることに気がついた。

 何かと思い取り出してから、ゆっくりと包みを開ける。


「わっ? 何それっ? ストラップっ?」

「みたいだな。こういうのって何て言うんだ?」

「お兄ちゃん知らないの? アイロンビーズだよ!」


 バレンタインが俺の誕生日と知っていた夢野はチョコとプレゼントを一纏めにすることなく、とっておきの贈り物を用意してくれていた。

 長年世話になったキノコストラップを外し、プレート状に細かいビーズでドット絵として表現された手作りのクラリ君を付ける。携帯には新旧二つのクラリ君が揃ったが、片方がボロボロ過ぎてとても同じキャラには見えなかった。

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