二日目(火) 女性は大抵ショッピング好きだった件
「…………疲れた」
「え~っ?」
黒谷町から電車で五駅。以前に映画を見た馴染みのショッピングモールにて、かれこれ一時間半ほど買い物へ付き添った後にフードコート前で足を止める。
とりあえず梅のプレゼントであるバッシュとリストバンドは購入完了。時間が掛かったのはスポーツ用品店へ向かうまでの間に、洋服やアクセサリー店へ寄り道したからだ。
「買いもしない商品を眺めて、一体何が面白いんだよ?」
「友達が言ってた新発売の物とか確認したり」
「これ着たらどんな風になるかって想像してみたり」
「「ね~」」
「成程、わからん」
そういや阿久津達も四人で買い物に行ったらしいが、女性という生物はどうしてこうもショッピングが好きなのか。商品を見るだけなら、ネットサーフィンすればいいのにな。
自転車通学のため運動不足とは考えにくいが、ふくらはぎがパンパンで少し辛い。どうやらペダルを漕いで鍛えられる筋肉は、歩く際に使われる物とは違うようだ。
「色々見て回ったことだし、少し休憩しないか?」
「仕方ないな~。じゃあお兄ちゃん、飲み物買って?」
「俺の財布事情知っててわざと言ってるだろ。姉貴に頼んでくれ」
「はいはい。これで好きな物を飲みなさい」
さらりと千円札を妹に手渡す姉貴。これが大学生の余裕ってやつなのか。
ウキウキで飲み物を買いに行く梅を眺めつつ、近場の席に腰を下ろす。今日の目的がこれで終了なら良かったが、実はもう一つ俺達には買い物が残っていた。
「櫻も喉乾いてるなら買ってきたら? 遠慮したら負けよ~?」
「ああ、俺は大丈夫。それよりどうすっか?」
「ん~、まあ何とかなるんじゃない? 三人寄れば文殊の知恵って言うし…………あ! 見なさい櫻。ここに三本の矢があります」
「いや無いけど」
「金の矢と、銀の矢と、鉄の矢です」
「混ざってる! それだと泉の女神様出てきちゃうから!」
「一本だと簡単に折れます」
「その話を聞く度に思うんだけど、矢を作った職人が可哀想だよな」
「三本にすると……あれ、二本しかない」
「お婆ちゃん、一本目ならさっき折りましたよ?」
「…………ハイッ!」
「何も思い付かなかったんかいっ!」
真面目に考えているのかわからない能天気な姉貴に溜息を一つ。残っている用事というのは、両親へ贈るクリスマスプレゼントについてだった。
昔自分達が貰ったお礼として、何かお返しをしようという初の試み。そんな提案を仲良し姉妹がしたのは良いが、渡す物が決まらないまま探し回っている最中である。
「まあプレゼントについては梅が戻ってきたら話し合うとして、ここらで桃姉さん情報収集タイム! とりあえず気になる、櫻と蕾ちゃんの関係はっ?」
「ただの友達だ」
「か~ら~の~?」
「フレンズだ」
「あ~、フレンズなんだね~」
そこで納得するのかよ。しかも使い方、間違ってるからなそれ。
確かに夢野は可愛いと思うし、ドキッとさせられたこともあった。ただ300円という接点を忘れている限り、こちらからアプローチを掛けることはないだろう。
寧ろ友人が彼女に片想い中だとわかった今、300円という金額はパンドラの箱かもしれない。杞憂に終われば問題ないが、仮に俺が好意を抱かれていたとしたら?
「……」
考えれば考える程どうして良いかわからなくなり、最終的には考えることを放棄した。この繰り返しを、もう何度やったかは覚えていない。
「そういえば暫く会ってないけど、水無月ちゃんは元気してる?」
「相変わらずの優等生だ」
「うんうん、偉い偉い。まだ棒付き飴は舐めてるの?」
「舐めてるな」
「髪も伸ばしてる?」
「…………ああ、伸ばしてるよ」
「ふ~ん。変わりなしか~」
「ただいま帰還しましたっ! 桃軍曹っ! こちらがお釣りになりますっ!」
「うむ、御苦労である! 梅中尉!」
中尉って軍曹より四つ上の階級なんだが、脱線しそうなので指摘はしないでおく。
チルドカップのミルクコーヒーを手にした梅が、敬礼した後で着席。ストローを使うことなく蓋を外し、カップに口を付けた妹を眺めつつ俺はさらりと話題を戻した。
「やっぱプレゼントなら、仕事にも使えそうな日常品が無難じゃないか? 万年筆とかさ」
「え~っ? 梅としては、もっとクリスマスっぽい物が良いな~」
「さっき見た肩こりに効くネックレスはどう? コリスマス、なんちゃって」
「どんなギャグだよ。そもそも二人とも、ああいうの付けなそうだし」
「「「う~ん」」」
行きの電車でも同じような話し合いはしたものの、全員がピンと来るものはなく見て回ろうということに。しかし目ぼしいプレゼントは、今のところ見当たらない。
ぶっちゃけ俺としては安けりゃ何でもいいんだが、あまり適当な意見を言うと二人から怒られる。どうしたものかと考える中、ミルクコーヒーを眺めていた梅が口を開いた。
「そういえば昔、皆でサンタさん待ったことあったよね」
「は?」
「お父さんは疲れて寝ちゃってたけど、梅と桃姉とお兄ちゃんとお母さんの四人で、サンタさんにコーヒー用意して」
「あ~、あったわね~っ! いくら待っても来ないから、結局眠っちゃったやつ! 次の日の朝に起きたら淹れておいたコーヒーが空になってて、ハガキに筆記体でありがとうって印刷されてたんだっけ?」
「言われてみればあったような…………」
多分姉貴がサンタの正体をギリギリ知らなかった小学校の高学年。俺は中か低学年で、梅に至っては入学しているかどうかといった頃の話なのに、よくもまあ覚えているもんだ。
「ピコーン! それよ梅っ!」
「はぇ?」
「私達がサンタさん側になって、あの日のお礼ですってコーヒーを用意しておくの! そしてその隣にはプレゼントのスペシャルなマグカップが!」
「あっ! さっき見つけた、あのマグカップっ?」
「ピンポンピンポン大正解~っ! 梅ちゃんに100ポインツ!」
「えっと……もう少し詳しく説明していただけません?」
「弛んどるぞ櫻少佐!」
「少佐の癖に生意気だ!」
何で少佐なのに怒られてるんだろう。中尉より二つ、軍曹よりは六つも上の階級なのに。
てっきりいつも通りふざけたアイデアでも言い出したのかと思いきや、予想以上にまともかつ面白い姉貴の提案に賛成する。満場一致でプレゼントは決まりだった。
「じゃあ俺は休んでるから、二人で探してきてくれ」
「駄目! 三人で行くの! 桃姉、お兄ちゃん立たせるの手伝って!」
「そういう誤解を招く発言をするなっての」
渋々立ち上がるとショッピング再開。例の如く色々な店に寄りながらではあったが、目的の品物である種と仕掛け付きのマグカップを無事に購入できた。
その代償として断食によりコツコツ貯めていた財布の中身が、あっという間に千円札一枚と硬貨数枚へ。まあそれも残り一週間、お年玉が手に入るまでの辛抱だ。
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