一日目(月) 300円のバナナがグロリアスレボリューションだった件
「ここで会うの、何か久し振りだね」
「ちょっと金欠でな」
「ひょっとしてこれ、明後日のパーティーのプレゼント?」
「いやおかしいだろ。あ、袋なしで」
「はい。かしこまりました」
ショートポニーテールに髪を結んだ少女は、バーコードリーダーで商品を読み取る。そして慣れた手つきで洗剤にシールを貼ると、俺が置いた硬貨を受け取りレジに打ち込んだ。
「お会計、103円からお預かり致します。15円のお釣りと、レシートのお返しです」
俺の掌へ手を重ねるようにして、丁寧にお釣りが返される。仕事モードから通常モードへ戻った少女は、意味深な笑みを浮かべると何やら店の端の方を指さしてきた。
「?」
行けばわかるという意味なのか、とりあえず何も聞かずに雑誌コーナーへ向かう。
そこにいたのは漫画雑誌を立ち読みしている茶髪の女性。見知らぬ相手なら絶対に声を掛けはしないが、俺はその姿を見るなり近付くと黙って肩を叩いた。
「…………? わぁお♪」
「わぁお♪ じゃねーよ。何してんだ姉貴?」
「何って、見ての通りスタンダップリーディングだけど?」
「英語で答えると無駄に恰好良いなおい」
「ちょっと待ってね。今いいとこだから」
スタイル抜群で多趣味な姉、
大学も冬休みを迎え今日実家に戻って来るとは聞いていたが、まさかコンビニに寄り道しているとは思わなかった。別に時間を潰す理由もないんだし真っ直ぐ家に向かえばいいのに、本当に自由奔放な姉である。
「ん~、終わった~」
「何で一仕事終わった感を醸し出してるんだよ? さっさと帰るぞ」
「はいは~い…………あれ? あれれれ?」
出入り口まで向かった後で、ずいっずいっと店の奥へ引き寄せられていく姉貴。別に謎の引力が発生している訳ではなく、行き着いた先は夢野のいるレジだった。
どうやら入店した際に気付いていなかったらしく、これで人違いだったらどうするんだというくらい覗きこんでから、起き上がり小法師みたいに勢い良く戻る。
「やっぱり蕾ちゃんだっ! 久し振り~っ!」
「お久し振りです桃さん」
「この前の映画の時以来? ひょっとしてここでアルバイトしてるの?」
「はい。あ、いらっしゃいませ」
「ほら、仕事の邪魔したら悪いだろ」
「も~櫻ってば、感動の再会なのに~。バイバイ蕾ちゃん。まったね~」
「ありがとうございました」
他の客が来たのを見て、姉貴の腕を引っ張りつつ外へ出る。自転車の籠に鞄と洗剤を入れると、これも宜しくと言われたハンドバッグを上に乗せた。
「何々? 櫻は知ってたの?」
「知ってたって、夢野のバイトのことか? それなら俺だけじゃなくて梅も知ってるぞ」
「うそんっ? 桃姉さんの情報、遅すぎ……?」
「そりゃ一人離れて暮らしてるんだから仕方ないだろ」
「え~? ちょくちょく戻ってきてるじゃない」
家までの道のりを、自転車を押しながら姉貴と共に歩く。体育祭の日に運転許可を貰ってからは一度車を借りに来た程度で、こうして話すのは割と久し振りだ。
「そういや、阿久津から梅宛てのプレゼント貰ったぞ」
「流石は水無月ちゃん! 今年も用意してくれるなんて、本当に後輩想いの先輩ね~」
姉貴の言う通り、阿久津は幼い頃から欠かさず梅にプレゼントを用意してくれている。勿論俺もそれを知っているからこそ、箱を見てすぐに誕生日プレゼントだと察した訳だ。
ならどうして驚いたのか。
その理由はプレゼントに対してではなく、俺を経由したということ。姉貴は特に気にしていないようだが、小学校高学年から中学時代は直接渡していただけに少し違和感が残る。
「櫻も部活の後輩に何か贈ってあげたら?」
「いや、帰宅部に先輩後輩ないし」
「何を言ってるんですか先輩っ? 通学路を無視しての最短帰宅時間競争! 究極のエロ本と至高のエロ本探し! 俺達の汗と涙の帰宅争いは一体何だったんですかっ?」
「そんな帰宅部ねーよっ!」
「でも部って言ってる以上は、部活らしいことすべきじゃない? 今日の帰宅は道草を食っちゃうんすかっ? よもぎ団子作るとか、先輩マジパねえっす! みたいな」
それリアルに道草食ってるじゃねーか。そんな行動力があるなら料理部入れよ。
「で、水無月ちゃんから何貰ったの?」
「あ、聞き忘れた」
「仕方ないにょ~ん。ちょっと見せてみなさい」
「鞄の中に箱が入ってるから、出してくれ」
「ふむふむ。桃姉サーチ!」
自転車を押すのに手が塞がっているためそう応えると、姉貴は歩きながら俺の鞄のファスナーを開ける。大して中身は入っていないから、すぐに見つかる筈だ。
「ね~櫻~? 鞄の中に教科書もノートも無いけど、どこの道草食べてきたの?」
「食べねーよ! 終業式に授業はないだろ?」
「あ~、そっかそっか。それでこの薄い本が水無月ちゃんのプレゼントと」
「どこがだよっ? 通知表じゃねーかっ!」
「冗談よ冗談。これでしょ?」
ある意味見られたら恥ずかしい薄い本を鞄へ戻した姉貴は、阿久津からもらった薄い箱を取り出す。重さを調べたり軽く揺すったりした後で、そのまま鞄の中へ戻した。
「あ……桃姉サーチ!」
「技名言うの遅っ!」
「見えます………………み、みえ……みえ…………三重だっ!」
「はいはい。それで、中身は?」
「薄くて、ふわふわした物。色は緑ですね」
「どこの透視捜査官だよ? ふわふわ……ああ、タオルか?」
「多分だけどね~。まあ仮に外れてたら、櫻がスポーツタオルも買うってことで」
クリスマスにはケーキこそ食べるものの、プレゼントは流石に小学生で終わり。そんな米倉家だが、誕生日プレゼントに関しては家族の誰もが必ず用意している。
明日の梅の誕生日には俺がリストバンド、姉貴がバスケットシューズを購入予定。流石に中二ともなれば、こちらで選ぶより使う本人が決めた方がいいと考えて一緒に買い物だ。
「携帯料金払うので一杯一杯だから無理」
「櫻も蕾ちゃんを見習って、バイトの一つでもしてみたら?」
「バイトねえ……姉貴は高校生の時、何してたんだっけ?」
「年末の郵便局と、コンビニと、ファミレスと、あと……忘れちゃった!」
「一番楽だったのは?」
「どれも一長一短よ~? それに楽かどうかより、やりたいバイトを探しなさい♪」
「やりたい仕事って言われても、これといってないんだよな」
この前に書かされた進路希望調査も『実家の文房具店を継ぐため経済を学ぶ』だの『映画関係に興味があるから芸術学部』といった友人二名と違い、俺は宙ぶらりんだった。
そもそも高校一年生というこの時期に将来の夢なんて聞かれても、明確な希望なんてないに決まってる。とりあえず知っている大学を適当に書いて提出するだけだ。
「ま~ま~悩め若者よ。困ったことがあったら、桃姉さんが相談に乗ってあげましょう」
仮に相談するならバイトよりも優先すべきは、このままにしておけない成績の方だろう。もし稼ぎたいなら平日は部活があるし、春休みか夏休みの短期程度か。
まあそう簡単に自分の恥を晒せる訳もなく、適当に話題を変えることにする。相談というよりは質問だが、掴みどころのない姉貴なら何かしら思いつくかもしれない。
「じゃあ聞くけど、300円とバナナって言われて何思い浮かべる?」
「ん~。随分高いバナナだな~って思った! スーパーで見かけるバナナなら二房、安いのなら三房は買えそうかな~」
「いや、そういうんじゃなくて…………」
「あ、でも前に高いバナナで一房298円っていうのがあってね、一回だけ買ってみたら凄かったの! もうグロリアスレボリューションって感じで――――」
遠足のえの字も出てこないまま、姉貴がバナナ話に花を咲かせ始める。聞けば聞くほど余計に腹が減ってきたが、家に到着しても夕飯の時間にはまだ早いだろう。
かれこれ数ヶ月悩んだものの、遠足から蘇る記憶は一つだけ。ひょっとしたら遠足という発想が間違ってるのかもなと思いつつ、俺の腹では本日何度目かわからない空腹大戦が勃発するのだった。
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