五日目(金) 体育祭(結)が衝撃だった件
「やっほー」
「ん?」
「天海氏に阿久津氏とは、珍しい組み合わせキタコレ」
CハウスのスタンドへやってきたFハウスの二人。俺としては陶芸部で見慣れている凸凹コンビ(胸的な意味)であり、ジャージ姿でもその格差は変わらないらしい。
「どうしたんだ?」
「音楽部が集まってタカミーの応援するっていうから、陶芸部も集まってイトセンの応援してあげようと思って」
「ああ、そういや葵がそんなこと言ってたな……って、伊東先生出るのかっ?」
「ボクも知らなかったけれど、天海君から話を聞いた限りそうらしいね」
「アタシ言ってなかったっけ? 日曜日に陶芸室開けてもらった時に『若いからといって何でも押しつけないでほしいですねえ』って愚痴ってたわよ」
各ハウス一年から三年の計十二クラス二十四名を一つのチームとした最終種目、ハウス対抗リレーには第七レーンに教師チームが参加する。
てっきり運動部の先生で編成が組まれるとばかり思っていたが、言われてみれば高宮先生も音楽部顧問。どうやら若い先生は強制的に出場させられるらしい。
「冬雪。今の話、聞こえたか?」
「……(コクリ)」
「知ってたか?」
「……(フルフル)」
「そんな距離で会話してないで、こっちに呼べばいいじゃない」
「いいんだよ」
冬雪は如月と一緒に観戦中。このアウェー空間に内向的性格の少女を呼ぶのは可哀想だし、だからといって冬雪一人を呼ぶのもどうかという話だ。
いまいち納得してない様子の火水木だったが、まあいいわと言うなり目の前を横切る。そして空席は充分あるにも拘わらず、俺とアキトの間へ割って入ってきた。
「そういうことだから、お邪魔させて貰うわよ」
「何でわざわざそこに座る?」
「この兄貴に用があるからよ。棒引きで勝つためには垂直抗力だの最大摩擦力だの言ってたけど、姿勢を高くするより低くした方が有利だったって文句言いたくてね」
「いやいや天海氏。それは開始直後に持ち帰る場合の話であって、乱戦時は――――」
応援しに来たんだが、兄妹喧嘩をしに来たんだかわからねーなこりゃ。
右隣でギャーギャーと火水木が騒ぐ中で、阿久津が静かに左隣へと腰を下ろした。
「失礼するよ。ボクもキミに言いたいことがある」
「ゴメンなさい」
「何かやましいことでもあるのかい?」
「いや……これといってない……よな?」
「ボクに聞かれても困るけれど、後ろめたいことがないなら無暗に謝るべきじゃないね」
そんな少女の返答に対して、早速スマンと謝りそうになった。言いたいことがあるなんて改まった発言自体が、もう長年の経験で嫌な予感しかしないんだよな。
「さっきのHR対抗リレーで、ボクの応援をしてくれただろう?」
「聞こえたのか?」
「キミの声は聞き慣れているからね。ただその礼を言いたかっただけだよ」
こうして面と向かって感謝されると、何だか照れてしまう。
素直にどう致しましてと答えれば良いものを、頭の中で浮かんだ感想が自然と口から洩れていた。
「お前、最近少し丸くなったよな」
「キミはひょっとして、ボクに喧嘩を売っているのかい?」
「………………へ?」
数秒の思考停止。
その後で自分がした発言の意味を理解し、慌てて訂正する。
「あっ! ち、違うっ! そういう意味の丸くなったじゃないっ! もっとこう性格的な方の意味で、人間として丸くなったっていうか――――」
「仮に性格的な意味だったとしても、元から尖っていたつもりはないけれどね」
「そ、そうか? 陶芸部に勧誘しに来た頃とか、割と辛辣だったぞ?」
「仮にキミがそう感じるとしたら、それはボクが変わったんじゃない」
――――変わったのはキミだろう?
一体どういう意味なのか。
阿久津の何気ない一言に対して、そう尋ねようとした俺の声は火水木にかき消された。
「あっ! イトセン発見っ!」
「仕事でコスプレをさせられるとは言っていたけれど、こういうことだったとはね」
競技場内を見渡してみると、運動部の顧問は自分が受け持っているであろう部活のユニフォームないしジャージを着ている。
それは文化部でも同じこと。例えば葵達が応援している音楽部顧問も、オーケストラの指揮者みたいなジャケットとスーツに身を包んでいた。
そうなると陶芸部の衣装とは何だろうか?
「………………」
いつもの癖で白衣を着た人物が目についてしまったが、あのスキンヘッドは伊東先生じゃない。知らない先生ではあるものの、恐らくは化学部の顧問とかだろう。
トレードマークを奪われた本人は何を着ているのかといえば、水色とも緑とも言い難い中途半端な色をした、丈夫な布で作られている作業服……要するにツナギだった。
「うわー、イトセンの白衣以外の姿って超変!」
「確かに……何つーか、違和感が半端ないな」
「でも陶芸に関して言えば、エプロンよりツナギでする方が良いかもしれないね。最初のうちは割と汚れるけれど、ツナギなら制服の上から着て全面カバーできる」
「あっ! それあるかも! この前アタシも撥ねた粘土がスカートに付きすぎたから、最終的にクリーニングに出す羽目になったし! ツナギ買おっかなー」
俺としては断然エプロンを推奨。寧ろエプロンこそ陶芸部のチャームポイントだろ。
当然そんなことを堂々と主張できる訳もないまま、最後の競技開始を告げる銃声が響く。伊東先生は序盤も序盤の第四走者らしく、既にレーンでスタンバイしていた。
「イトセーンっ! 頑張れーっ!」
こういう時だけは、火水木のでかい声も中々に便利だ。
俺達に気付くなり、恥ずかしそうに小さく手を挙げ応える伊東先生。A・Eハウスに続く形で、バトンを受け取った陶芸部顧問は走り出す。
そして、スタンド中を震撼させた。
『ちょっ? 何だあれっ?』
『速っ! 速いけど、何か変っ!』
まさに一言で例えるなら、それ以上でも以下でもない。
伊東先生は生徒に負けず劣らず速かった。ただその走り方がどこか変だった。
ちゃんと腕も振っているのに、何かが普通とは明らかに違う。明らかに違うはずなのに、一体どこがおかしいのかと言われたら上手く表現ができない。
例えるなら某人型決戦兵器とでも言うべきか。そんな違和感ありありな走法にも拘わらず、伊東先生は二人を抜き去りトップに躍り出ると見事にバトンを繋いだ。
『あの土木作業員ヤバっ?』
『凄ぇぞ、土木作業員っ!』
「「「「…………」」」」
応援するために集まった筈の俺達は、誰一人として声を上げずに黙っていた。ハウス対抗リレーが終わった後も、変な走り方をする土木作業員の話題は尽きなかったという。
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