四日目(木) 突然のバンドがカオスだった件

 サーッという音を立てて、雨が降っている。

 風も時折強く吹き荒れ、足元では濡れた雑草が揺れていた。

 そんな悪天候の中で、人影が二つ見える。

 一人は立ち、もう一人は正座っぽい感じだが、暗くて誰かわからない。


「…………?」


 雨と風の音に加えて、笛の音が聞こえてきた。

 それに合わせるようにして、三味線がゆっくりと弾かれていく。


 ――和――


 古くから伝わる邦楽の音色。ゆるやかな曲調と合わせて気持ちは安らぎ、心を和ませる。

 激しい風雨の中で、俺は思わず聞き入っていた。


『ギュンッ!』


「っ?」


 瞬間、世界が変わる。

 アンプから弦をスライドさせたようなベース音が発せられた途端、曲調が一気に激しくなり光が差し込んだ。

 スポットライトを浴びたのは正座していた人影。

 それに加えて新たに二人、唐突に姿を現した少女達を見て思わず目を疑う。


 三味線を奏でる、ドラキュラ阿久津。

 ベースを弾く、巫女冬雪。

 ドラムを叩く、ウィッチ火水木。


(…………は?)


 状況が理解できないまま曲が進むと、新たにスポットライトが当たる。

 今度は立っていた人影と、やはりそれに加えて二人の少女が現れた。


 フルートを吹く、小悪魔夢野。

 エレキを掻き鳴らす、ナース梅。

 琴の前で待機している、キョンシー如月。


(………………………………………………)


 何が何だかわからない。

 異常な姿をした六人は、和風戦闘BGMみたいな激しい曲を弾き続ける。

 ボーカルのいないバンドによる演奏がサビみたいな盛り上がりを経てから再び、全員が現れた最初の旋律へ。そして今度はメイド服を着た葵が、フルートを片手に現れた。

 同じ楽器を持つ夢野と軽く拳を突き合わせた少年は、息を合わせて演奏に加わる。


「――――」


 夢野が奏でる旋律とは少し音をズラした、綺麗なハーモニーが生まれた。

 二度目のサビを迎えて、曲は更に盛り上がっていく。

 そしてメンバーは各々の楽器を奏でながら、横で見ていた俺に視線を向けてきた。


(何だ? …………えっ?)


 気付けば目の前に大太鼓が置かれている。

 これが自分に割り当てられた楽器なのは一目瞭然だが、太鼓なんて叩いた経験はない。

 この場から逃げたい気持ちを堪えつつ、サビが終わると同時にバチを構える。

 己の感性のままにリズムを刻み、半ばヤケクソ気味に叩いた。


(どうだっ?)


 自分でも驚くほど会心の出来だったと思う。

 曲も台無しにしないで済んだらしく、三度目となるAメロが始まった。

 いつもなら夢野、梅、冬雪の三人のパートだが、そこに加わるドラムの火水木。どうやらオリジナルだったらしく、他の面々は演奏しながらも驚きを隠せない。

 そんなメンバーに対し火水木は笑顔で返すと、負けじとBメロで梅が続いた。


「!」


 今まで阿久津が弾いていた三味線に、エレキギターが重なる。

 新旧バスケ部部長が顔を見合わせ、実に楽しそうに演奏していた。

 三度目となるサビを迎えると、夢野と葵が力強くフルートを吹く。今まで大人しく琴を奏でていた如月までもが忙しそうに手を動かし、冬雪はベースを弾きつつ見守る。

 全身全霊を込めた仲間達の曲へ、完全に魅入っていた。


 そして鳴り響く雷鳴。


 それがまるで合図であるかのように、盛り上がりきった曲がフッと無くなる。

 スポットライトも、二人の少女だけを残して消えた。

 静かに降る雨の音がする。

 ゆるやかな曲調へと戻り、静かに奏でられる三味線とフルートが響いていた。

 その音色も、徐々に小さくなっていく。

 最後の一音と共に演奏が終わった後も、雨音だけはいつまでも耳に残り続けるのだった。




『チュンチュン』


 …………という夢を見たんだ。

 ガバっと起きるなんてことはなく、ゆっくりと布団の中で目が開く。とりあえず言いたいことは色々あるし、最早突っ込みどころしかない。


(何で雨が降ってたのに、服が透けてないんだよ)


 最初に注目するところは多分違うと思うけど、割と大事な点だよなこれ。

 明らかに先日のハロウィンパーティーが印象的過ぎた結果とも言える今朝の夢。流石にこれだけ要素が入り混じっていると、最早夢診断でも調べられそうにないレベルである。

 しかしあの和風ロックっぽい曲は、めちゃくちゃ良かった。起きた今となってはあんまり覚えてないけど、もし俺に音感があったなら楽譜に書き出していただろう。


「はよざ~っす!」

「うぉっ?」

「人の顔見ていきなりマグロ呼ばわりとか、お兄ちゃん中々に失礼だよ?」

「そういう表現は誤解を招くから止めなさい」

「はえ?」


 お前にとって魚はマグロ限定なのかよ。

 身体を起こした瞬間ノックもせずに現れた妹に驚くと、梅は俺が起きているにも拘わらず部屋から去ることなく中へ入ってきた。


「えっへん。梅のお陰で、お兄ちゃんも朝に強くなってきたでしょ?」

「いや、今朝は変な夢と雀の鳴き声で目が覚めただけだし」

「何だ~、朝チュンか~」

「そういう表現も誤解を招くから止めなさい」

「そいでそいで、変な夢って?」

「高校の友達に混じって、梅がナース服を着てバンドしてた」

「何それ?」


 いや俺に言われても知らんがな。

 そもそも梅と火水木、如月辺りは面識すらないっていう。そして阿久津も夢の中でくらい、ドラキュラじゃない別の衣装を着てほしかった。


「ちなみに梅さん、楽器の経験は?」

「はい! リコーダーを少々!」

「ですよねー」

「でも梅、リズムゲーム得意だよ? この前も太鼓でフルボ……コンボしたもん!」

「今フルボッコって言いかけたドン」


 そして我が妹よ、あのゲームの難易度は『難しい』が最高じゃないんだぞ。

 ギターなら姉貴が持っていたが、梅は鳴らすよりポーズを取って「恰好いい?」とかはしゃいだだけ。エレキギターを弾くなんて夢のまた夢みたいな話だ。まあ夢だったけど。


「あ! あと梅、これできるよっ! 左手で△を描きながら」

「右手で○を描くってやつなら、俺もできるぞ?」

「ふぇ? 間違ってるよお兄ちゃん? 左手で△を描きながら右手で□を描くの。こうやって、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はいっ――――」


 てっきり最近部活でやってたアレかと思いきや、梅が始めたのは少し違った。

 要するに左手で三拍子を刻みながら右手で四拍子を刻めということらしい。確かに上手にできているが、その軍隊みたいに気合の入った掛け声は何とかならないのか?


「簡単そうだな」

「ふっふっふ~。お兄ちゃんには…………」


 ポカーンと口を開けたまま梅が固まる。

 どうやら我ながら、この手の何の役にも立たなそうな技は得意っぽい。ちなみに後で調べてみたら、この三拍子と四拍子を同時に描くのはポリリズムというとか何とか。


「ねえ、ねえ、今、どんな、気持ち?」

「イリーガルオブユースハンズ!」

「おっと! すぐ、手を、出すのは、良くない、ぞ、梅。暴力、反対、だ!」


 順調にリズムを刻んでいた俺の手を叩こうとしてきた梅を華麗に避ける。というかバスケのファール名を必殺技にするなよ。しかもそれ今は名前が変わってるだろ。

 ぐぬぬという表情を浮かべる妹に対し、大人げなくポリリズムを見せつける俺。覚えておくんだな梅、兄より勝る妹なぞ存在しないと。


「………………(梅、黙って俺の携帯を手に取る)」

「?」

「はい」


 見せつけられた画面に表示されていたのは、阿久津水無月という名前&電話番号。当の本人がいる訳でもないのに、そんな数字如きでこの俺の心が揺らぐと……あれ?


「流石はお兄ちゃん! よっ、小心者!」

「くそっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 先程まで描けていた△と□は、息を荒げても両方□になるばかりだった。物理に強いのに精神攻撃に弱いとか、RPGのラスボスは務められそうにないな。

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