三日目(水) コスプレがノリノリだった件

「こほん。レディース・アーンド・ジェントルメーン!」

「天海氏、ボリュームでかいお」

「あー、あー、これくらい?」

「おk」

「マイクも使ってないのに、どこを調節する必要があるんだよ」


 いつも通りの平日。何の変哲もない授業が終わった放課後、これといった装飾も施していない普通の陶芸室には見知った顔が集まっていた。

 伊東先生が差し入れしてくれたジュースや菓子類をいただきながら各々が談笑していた中、声も胸もボリュームある少女は頃合いとばかりに前へ出ると全員の注目を集める。


「それでは本日のメインイベントですっ!」

「……いきなりメイン?」

「最初からクライマックスなのよっ! ハロウィンと言えば、そう! コスプレっ!」


 その四文字を聞いた瞬間、三人の少女(ただし一人はこれから女装させられる少年)が頭を抱えたり溜息を吐いたりする。盛り上がるどころか盛り下がってるじゃねーか。


「ん? どうしたの米倉君?」

「いや、夢野はコスプレが嫌じゃないんだな」

「ううん、私だって恥ずかしいよ? でも皆でやるなら良いかなって」


 ケロリと答えられるが、耐性があるというより吹っ切れた感じらしい。

 アキトは俺と同じ考えなのか冷静な様子。相生みたいに女装させられるならまだしも、ドラキュラやキョンシーに扮するだけで女性陣のコスプレが見られるなら安いもんだ。


「衣装は全部で七着あるから、公平にあみだくじで決めるわよっ!」


 既にくじは用意していたらしく、一枚の紙が俺達の前に差し出された。

 並んだ七本の平行線から、梯子のように横線が乱雑に引かれている。他の面々がどれにするか語り合う中、違和感に気付いた俺とアキトは黙って視線を合わせた。


「…………おい火水木」

「何よ?」

「線が男女で分かれてないぞ?」

「当たり前じゃない! 男装も女装もありありよ!」

「………………ガラオタのお兄様よ、これは一体どういうことだ?」

「どう見ても予想外です、本当にありがとうございました」


 内訳は男性物が二着で女性物が五着だから、女装させられる確率は約71%。高みの見物を決め込んでいた俺達は、天国から地獄へと突き落とされた。




 ―― 十分後 ――




「流石だな」


 白のカチューシャに黒のミニスカート。ゴスロリチックなデザインのメイド服を着る羽目になった葵は、言われ慣れているであろう褒め言葉に対し深々と溜息を吐いた。


「ほ、本当はあんまり、女装はやりたくなかったんだけどなあ……」

「引き当てた以上は仕方ないだろ」


 多分逆の立場だったら、こんな余裕ある言葉を返すことは絶対にできなかったと思う。

 そう、神は俺に味方してくれた。

 くじを引いた後で詳細は伝えられないまま、火水木から手渡された紙袋。その中に入っていたのは、だぶだぶの着物に個性的な帽子&お札というキョンシーの衣装だった。


「今北産業……って来年の出し物はメイド喫茶キタコレ」

「た、例えそうなっても、僕は女装しないからね?」

「それよりどこ行ってたんだお前は」

「ちょいと秘密兵器を受け取りに」


 てっきり準備室で着替えている女性陣を覗きに行ったのかと思ったのは内緒だ。

 アキトは紙袋に手を突っ込むと、中から現れたのは随分とヒラヒラした黒い布。一体何かと思ったが、白いマスクを見せられてお化けのコスプレだと理解する。


「えっ? アキト君、それどうしたのっ?」

「店長お急ぎ便で早急に手配しますた」

「えぇっ? そ、それじゃあ僕の分も――」

「悪いな相生氏。この予備の衣装、一人分なんだ」


 がっくりと項垂れる葵。本当に一着しかなかったのか疑わしい話だ。

 用意した衣装が何か知っているのは、事前に店長から聞き出した俺達三人を除けば火水木のみ。そこに気付くとは、やっぱコイツ成績優秀者だけあって頭の回転が速いな。


「ちなみに本当の受け取り品は?」

「ミニスカナースとか、あるあ……ねーよ」


 確かにそれは見たくない。多分R―15指定とかされると思う。

 しかし俺がキョンシーで葵がメイド、アキトがナースだったとなると、残る衣装はドラキュラ・悪魔・巫女・ウィッチの四着か。誰が何か想像するだけでワクワクしてくるな。


「もしもーし、ちょっと入っても大丈夫?」


 ドアの向こうから、火水木のでかい声が聞こえてきた。

 チラリとアキトを見ると、制服の上からでも着られるローブだったらしい。あっという間にお化けと化した青年と、スカート丈を気にしているゴスロリメイドに許可を取る。


「大丈夫っぽいぞ」

「お邪魔しま…………はあっ? ちょっと兄貴っ! 何よそのコスプレっ?」

「渡されたナース服があまりにもミニスカ過ぎでワカメちゃん状態だったので、こんなこともあろうかと事前に用意しておいた予備を着用した所存。反省はしている」

「む……まあそういう理由なら仕方ないし、自分で用意したなら許すけどさー」


 本当は着てすらいないというのに、このガラオタ本当に策士である。

 中に入ってきた火水木の頭には三角帽子。そしてチャームポイントが更に強調されるかの如く、胸元が大きく開いている魔女というより魔法少女っぽい服を着ていた。


「で、何し来たんだ? 忘れ物か?」

「そうだった! ネック、アンタのズボンちょっと貸してくんない?」

「は? 何でだよ?」

「ドラキュラの衣装にインナーが入ってなかったのよ。多分制服の上から着ろってことなんだろうけど、スカートじゃ恰好つかないからプリーズ!」

「そういうことなら……ほれ」

「サンキュ」


 流石の店長も、男装や女装は予想外だったみたいだな。

 普通に谷間とか見えそうなのに恥ずかしさの欠片も見せない少女は、俺から制服のズボンを受け取るなり礼を告げると足早に去って行った。


「アキト君、ずるいよ……」

「次があるなら、相生氏には着ぐるみとか用意しておくお。仲介料は500円なり」

「その時には俺の分も頼む」


 ワンコインでプライドが守れるなら安いものだ。

 火水木が出て行ったから一分くらい過ぎた後で、ガラリと陶芸室のドアが開けられた。


「ドキドキワクワクが足りてない皆さん! おー待ーたーせーしーまーしーたーっ!」

「それにしてもこの天海氏、ノリノリである」

「男性陣も中々の揃い踏みですが、やはりコスプレの華と言えば女の子っ! それでは一人ずつ入場して貰いましょう! まずは陶芸部の巨匠ことユッキー、どうぞ!」

「!」


 魅了の魔法とか使いそうなウィッチ火水木の案内に合わせて、紅白の巫女服を身に纏いお祓い棒を手にした冬雪が姿を見せる。

 本来ならミニであるスカートは、小柄な彼女にとって程良い長さだった様子。ボブカットの髪形も清楚な雰囲気とマッチしており、思わず黙って見惚れてしまった。


「めちゃんこ似合ってる件」

「……誰?」

「おうふ! 拙者拙者!」

「気をつけろ冬雪。今流行りの拙者拙者詐欺だ」

「もしもし秀吉? 拙者拙者、そう信長! 今ちょっち裏切られちゃって、腹切らなきゃヤバイ状況なり。それで十万石ほど必要でして……うん、本能寺にいるお」


 色々とアニメ出演が多い信長だけど、流石にここまで酷いのはいないだろう。そもそも飛脚で連絡が届く頃には手遅れだし……あ、三日天下ってそういうことなのか?


「さあさあ、続いては頭脳明晰に品行方正。文武両道といった四文字熟語が似合いそうな我らの陶芸部が誇る副部長、ツッキーの入場です! カモンッ!」


 ノリノリの火水木が高らかに宣言する。今回の企画において一番の楽しみであり、色々なコスプレ姿を想像するあまり昨晩は中々寝付けなかったくらいだ。

 容姿端麗な阿久津なら、何を着ても可愛いだろう。滅多に動揺を見せない彼女がミニスカ衣装を着ることで、赤面や恥ずかしがる姿なんて見れた日には感無量である。


「キョンシーにお化けに……女装を引き当てたのは相生君か。何というか、災難だったね」

「…………」


 そんな胸を高鳴らせていた俺の希望は、見事なまでに裏切られた。

 自分の姿を気にするどころか、他人を気遣う余裕を見せつつ威風堂々と入室する少女。それもその筈、何故なら彼女のコスプレはミニスカでも何でもないドラキュラである。


「音穏の巫女もおかしいと思ったけれど、メイドはハロウィンの仮装なのかい?」

「まあまあ、そこは言いっこなしで!」

「あ、阿久津さん。衣装交換しない?」

「悪いけれど、それは遠慮しておくよ。コスプレも、こういう衣装なら中々に面白いね」


 チェンジで……と、思わずそう言いそうになった。

 襟立てマント&シルクハット姿も中々に洒落ているが、その方向性は可愛いじゃなくて恰好いい。スカートではなくズボンに穿き換えたことで、素肌の露出も減っている。


「そして最後の一人っ! 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花! 全世界を震撼させる最高の衣装を引き当てた最高の音楽少女ユメノンの登場です! ヒァウィゴゥ!」


 よくもまあ、ペラペラと言葉が出るもんだ。

 やたらハイテンションな火水木の台詞を聞いて、残る衣装が何だったか思い出す。


「――――――――」


 しかし少女の姿を目にした途端、頭の中は真っ白になった。

 コウモリみたいな羽。ニョキっと生えた二本の角。矢印みたいな尻尾。

 やたらと付属品の多い悪魔のコスプレだが、何より驚いたのは素肌の面積の多さ。恐らくは今回用意された衣装の中で、一番露出が多いだろう。


「あでっ!」

「おうふっ!」

「痛いっ!」


 キャミソールとニーハイソックスが織り成す絶対領域もまた魅力的で、思春期男子の俺達には大当たり。思わず目が釘付けになっていると、冬雪にお祓い棒で叩かれた。


「……見過ぎ」

「ね、ねえミズキ? やっぱりこれはちょっと……」

「えー? 一応衣装はナース服が残ってるけど、兄貴が一回着ちゃったのよねー」


 ここで嘘だと明かせば夢野のナース姿が見られるが、今の悪魔っ娘も捨てがたい。そんな葛藤に苛まれていると、シルクハットをかぶるドラキュラ少女がマントを脱いだ。


「それならこれを着るといい。同じ悪魔同士、見た目も大して変わらないだろうからね」

「ありがとう。ごめんね?」

「男性陣には、これくらいの気遣いが欲しいわよねー」

「…………(キョンシーのお札を差し出す)」

「…………(お化けのマスクを差し出す)」

「…………(メイドカチューシャを差し出す)」

「いらないわよそんなもんっ!」


 内側が赤で外側が黒の襟立てマントを夢野が身に着ける。阿久津の予想した通り違和感は無いものの、渡した本人からは吸血鬼要素が減りマジシャンみたいになっていた。


「葵君の女装姿、やっぱり凄く似合ってるね」

「そ、そう言われると嬉しいけど、あんまり見ないでほしいな……」

「……ヨネ。お札の位置がおかしい」

「正面に付けると前が見えないんだから仕方ないだろ」

「そのお札、どうやって付いているのかと思ったらマジックテープなんだね」

「冬雪氏、冬雪氏。拙者、言ってほしい台詞がありまして(ごにょごにょ)」

「……うん、わかった」

「ん? 何だよ?」

「……おはらいは任せろー『バリバリ』」

「やめて!」


 いざこうして全員が揃ってコスプレをしてみると、思った以上に盛り上がっている様子。何だかんだで火水木の策略通りと言ったところか。

 その後もカチューシャや角を皆で回して付けたり、誰に何の衣装が似合いそうか話し合ったり、色々と混ぜ合わせた融合幻獣を生み出したりと、俺達は楽しいハロウィンパーティーの前半戦を存分に満喫した。

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