3章:俺の彼女が○円だった件
初日(金) ハロウィン・ヒロイン・プロテインだった件
三角関係という言葉は間違っている。
AはBを好きだが、BはCに恋していた。一見何の問題もないように見えるが、この恋愛状況を△で結び付けるのは少しばかり変じゃないだろうか。
何故ならCはAに恋していない。
A(女)B(男)C(女)と性別を当てれば一目瞭然。逆の場合もまた然りだが、CとAは必ず同性になるためレズゥやホモォな展開になってしまう。
ライバルという意味で線を引く場合もあるが、それは恋愛ではない上にAからCへも伸びる相互の矢印。画像検索してみると三角関係というよりはシクロプロペン関係だ。
恋のトライアングルというくらいなんだから、恋愛以外の線を書き込むのはナンセンス。結局描いて完成するのは変なトライアングル……いや、デュオアングルと言うべきか。
「どうだっ?」
そんな三角関係もといVの字関係の中にいるかもしれない
「驚いたね。キミにこんな特技があったなんて」
「へー。ネック、やるじゃん」
「……上手い」
語っている場所は陶芸室。しかし褒められているのは陶芸の腕ではない。
少女達が称賛しているのは、俺が黒板に描いた三角形と円。それは左手で△を描きつつ右手で○を描くという難題を、四人の中で唯一クリアした証でもあった。
「……コツは?」
「うーん、そうだな……左手と右手の神経を切り離す感じだ」
俺のアドバイスを聞いて、陶芸部部長の
大きく息を吐き出した少女がチョークを動かせばあら不思議。一度目同様に左手と右手の動きは綺麗にシンクロし、○と△と□が混じったような歪な形が二つ誕生した。
「……難しい」
「大丈夫だよ音穏。今の助言で上手くなったら驚きだ」
「待て阿久津。俺のアドバイスに問題があるって言うのか?」
「そんな人間離れした技はキミしかできないからね。別の比喩で例えられないのかい?」
「他に例えろって言われてもな…………そうだ! 実は冬雪の中にはもう一つの人格、千年粘土に眠る闇冬雪がいるってのはどうだ?」
「どこのデュエルキングよアンタは」
「まあ別にこれができたからと言って、何かの役に立つ訳でもないから構わないけれどね」
そんな元も子もないことを口にした幼馴染、
「もしかしたら就職に役立つかもしれないぞ?」
「えー、米倉ネックさん。特技は○と△を同時に描くこととありますが――」
「すいません。履歴書の名前が間違ってます」
「失礼しました、ヨネックラさん」
「リラックマみたいに呼ばないでください」
「それで○△同時書きが陶芸社において働く上で、一体何の役に立つんでしょうか?」
「はい。左手でメラゾーマ、右手でマヒャドを唱えることでメドローアが撃てます」
「メドローアですか……どうします部長? 副部長?」
「「……採用」」
「テレレレッテッテッテー♪ 櫻は年齢が上がった! 力が1ポイント下がった! 素早さが2ポイント下がった! 年金が3万G引かれた! 生命保険が2万G引かれた!」
「世知辛いなおいっ!」
そこのガラオタ妹と阿久津はともかく、冬雪は絶対元ネタわかってない気がする。
入部してから二週間ちょっと。すっかり陶芸部の一員と化した
「……部員、もっと増えてほしい」
「まあ四人になったっつっても、戦力は二人のままみたいなもんだしな」
「聞き捨てならないわネネック。アタシはまだ本気を出してないだけよ」
「人をミミックみたいに呼ぶな。そんなこと言ったら、俺だって本気出してないだけだ」
「本気どうこう以前に、二人とも遊んでばかりじゃないか」
「削りは好きだけど、菊練りが嫌なんだよな」
「陶芸は面白いけど、片付けが面倒なのよね」
「「…………」」
視線を合わせた阿久津と冬雪が、困ったように溜息を吐いた。
チョークを置いて窓の外を眺めると、パラパラと音を立てて雨が降っている。もし天気が晴れていたなら、俺達はこうして部室でダラダラと過ごしてなんていない。
運動部の運動部による運動部のための祭り。
そんな文化祭に続くリア充イベントなんて、本来なら俺には到底関係のない筈だった。
「体育祭も二回中止になったんだから、もう諦めていいと思わない?」
「「……賛成!」」
「少しくらいは運動もした方が良いと思うけれどね」
「「「うぐっ」」」
「?」
阿久津は別に悪気があって言ったつもりじゃないようだが、体力不足&運動音痴&ぽっちゃりな各々には言葉の刃が深々と突き刺さる。
本来なら先週の金曜に予定されていた体育祭は雨天により延期。予備日である今日も見ての通り中止となり、来週の金曜日にまで引き延ばされる始末だ。
「ユッキーが棒引きで、ツッキーはHR(ホームルーム)対抗リレーに出るんだっけ?」
「……(コクリ)」
「そうだね。天海君は確か、綱引きと棒引きだったかな?」
「YES! で、ネックは?」
「秘密だ」
「だから何で隠すのよ? やっぱムカデリレー? 転ぶの見られたくないんでしょ?」
「さあな」
「じゃあ騎馬戦だっ! 上半身裸が恥ずかしいんだっ!」
「そうかもな」
既に先週先々週と二回も同じやり取りをしているのに、コイツもしつこい奴だ。
仮にムカデや騎馬戦に出るなら、別に隠しなんてしない。口にするだけで筋肉が付くものだと勘違いして、生まれて初めてのプロテインを飲むこともなかっただろう。
「ねえユッキー、教えてくれたらコレあげる」
「お菓子で冬雪を買収しようとするな」
「あ! お菓子って言えばもうすぐハロウィンだけど、陶芸部って何かするの?」
「……考えてない」
「ハロウィンか……陶器でジャック・オー・ランタンを作ってみたら面白そうだね」
「駄目駄目! そんなんじゃ普段と変わらないじゃん!」
引き出しの一つをお菓子入れにしている少女は、人差し指をピンと伸ばし左右に振る。
彼女が言いたいことを察していたのは、どうやら俺だけらしい。
「ハロウィンって言えば、やっぱコスプレでしょっ!」
平然と言い放った火水木の言葉に、二人はキョトンとした顔を見せるのだった。
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