二日目(金) 陶芸部なのに卓球勝負だった件

 メール異常なし、電話異常なし、カメラ謎の白い粉あり。

 基本的な機能の生存確認をした後で、今度は音関係を調べるべくマナーモードを解除。適当に曲を鳴らしてみるが、心なしか普段より音量が小さくなっていた。


「思ったより問題はないみたいだし、良かったじゃないか」

「いやいや、大ありだっての」


 どうやら釉薬が至る所に詰まってしまった様子。俺の携帯は開いた後に画面を180度まで回転できる代物だが、捻ってみると普段に比べて格段に動きが重い。


『ターン!』


「……今の何?」

「ああ、マナーモード解除したからか。最近設定したんだけど、開いた時と閉じた時にも喋るんだよ。元々は効果音だったんだけどな」


『クローズ!』


 若い男による明確な発音。ちなみに大した意味もなく留守電メッセージも英語にしてみたが、親から「いきなり外人が出てビックリする」と怒られたのでそちらは戻してある。


「……ガラケーならでは」

「だろ?」


『オッ! オープン!』


「…………ん?」


 今、何か変じゃなかったか?

 冬雪と阿久津も感じたらしく互いに目が合った後で、確認のため再度閉じてみる。


『クローズ!』


「ふむ」


『オープン! オッ! オッ!』


「いや待てちょっと待て! 何だ今のっ?」

「……アキみたい」


 喋り方が完全にアキトっぽくなっているが、いくらガラケーと言ってもガラオタになる機能なんてない。頼むからリア充に戻ってくれと、願いを込めて携帯を閉じる。


『クッ! クロッ! オーッ? クローズ!』


 普段笑うことの少ない二人が、声を上げて大爆笑した。やるじゃん相棒。




 ―― 五分後 ――




『タッ! タッ! ターン! ターン! クロッ! オーッ? タッ! ターン!』


「頼むから、少し黙らせてくれないかい?」


 笑いのピークは過ぎたものの、未だ半笑いの阿久津が口を開く。

 一応言っておくが、別に俺が笑わせるために携帯を操作してる訳じゃない。ついに我が相棒は自立したらしく、触らずとも勝手に喋り出すレベルへ達していた。

 一番のお気に入りはターンらしく、やたらと連呼する始末。ちなみに開いて捻って閉じて挑戦してみたが『オーターク』と都合良く発音させるのは残念ながら不可能らしい。


「黙れって言われても、なあ?」


『オーッ?』


「……マナーモード」

「へいへいっと」


『タッ! ターンッ! クロッ! ター…………』


 流石にやかましいのでマナーを長押しすると、騒がしかった陶芸室がようやく静かになる。しかし捻る度に拭いた筈の白い粉が何度も出てくるし、何とかならないのかこれ。


「壊れるにしても、こう中途半端だと交換するか迷うな」

「メール,と電話が問題ないなら、キミの携帯には充分じゃないか」

「失礼な、ちゃんとアプリだって使ってるぞ」


 もっとも入ってるゲームは延々と障害物を避けたり、ひたすら上に登ったりするゲーム。葵やアキトから古いだのショボイだの散々な言われようだけどな。


「……スマホに替えたら?」

「それができたら苦労しないんだけどな」

「櫻の家は、携帯料金が小遣いから引かれるシステムだからね」


 我に返ってみると、結構凹んでくる。

 そんな俺を見かねてか、阿久津が妙な提案をしてきた。


「少し運動して身体でも動かそうか」

「身体を動かすって、今からバスケなんて言い出したりしないよな?」

「場所もボールもないのに、そんな無茶は言わないさ」

「じゃあ走って来いってか?」

「まさか」


 スッと立ち上がった少女は、陶芸室の隅にある棚の下から木箱を引っ張り出した。

 やや大きめな箱を開くと、中には卓球とバドミントンのラケットが二組ずつ。勿論シャトルやボールまで入っている。


「何でそんなのが陶芸部にあるんだよ?」

「モップとビー玉でビリヤードを始める物好きな先輩が置いていったんだよ。見た目じゃわからないよう改造したファミコンとか、扱いに困る物も残してあるけれどね」

「そんな変な先輩がいたのか?」

「……いた」


 伊東先生が電動ろくろで回ってたのも、その先輩の差し金な気がしてきた。

 卓球のラケットとボールを持ってきた阿久津は、大机の一つをずらして両側へ人が入れるスペースを作る。それを見るなり冬雪も立ち上がり、引き出しから30センチ物差しが太くなったような板を大量に取り出した。


「何だそれ?」

「……たたら板」

「ネットは流石に無いから、その代わりだよ」


 板を並べて積んでいくと、即席の卓球台が完成。本来の大きさに比べると僅かに小さく、表面は下敷き無しだと字も歪んでしまう木の机と滑らかには程遠い。


「総当たり戦の、三点先取で良いかい?」

「……問題なし」

「じゃあ最初は音穏と櫻で。サーブ権は一球ごとに交代だから」


 卓球は幼い頃、家族旅行でそれなりにやったため割と得意だ。

 当然ラケットに選択肢なんてないが、幸い二つとも両面あるシェークハンド用。かつて梅を泣かせるほど猛威を振るった、俺の必殺サーブを見せてやろうじゃないか。


「……勝負」


 両面ラケットにも拘わらず、冬雪の構えはペンホルダー型。俊敏に動く印象なんてまるでないが、片面用の構えで挑んでくる辺り中々のやり手に違いない。


「行くぞ冬雪っ! 雷光サーブッ!」


 低い弾道でボールが跳び出す。

 そして積まれた板に衝突すると、卓球では聞けないガラガラという崩壊音がした。


「あれ? おかしいな」

「ポイント0―1。破壊したネットの修復は自分で頼むよ」

「げ……そこは審判の仕事だろ」

「口答えするならテクニカルファールで、ポイントが0―2になるからね」

「何それ怖い」


 テクニカルファールって、さらっとバスケのルールを混ぜるなよ。

 しかしどうやらこの卓球台、本物に比べるとバウンドが低い様子。いちいちネット(という名の板)を直すのも面倒なので、残念ながら雷光サーブは諦めるとしよう。

 ボールを持った冬雪が構えると、リボンを付けてない胸元が緩む。サーブ権だけじゃなく視線まで移りそうになるが、あまり凝視していると阿久津に気付かれそうだ。


「……てい」


 放たれたのは緩々のサーブ。そりゃもう、彼女の胸元レベルで。

 センターラインのない机の中心でバウンドした球を、台の反発力を考慮して高目に打ち返す。少し山なりになったため反撃に備えるが、冬雪は見事に空振りした。


「ポイント1―1」

「…………」


 彼女が強者というのは、俺の思い違いだったらしい。

 こんな調子で残るゲームも進み、あっという間に決着がつく。


「ポイント3―1で櫻の勝ち」

「なあ冬雪。ひょっとしてお前、卓球苦手なのか?」

「……運動が苦手」

「卓球で良いなら教えるぞ」

「……じゃあ今度、教えてほしいかも」


 短く呟いた少女は、黒板に向かうと表を作り戦績を書く。同じクラスとはいえ体育は男女別のため、思わぬ一面を意外な形で知ることになった。


「さて、次はボクとキミか」


 口にはしないが、確実に頂上決戦である。

 バスケじゃ叶わないが、卓球なら勝機は充分。この独特な跳ね方をする卓球台にも慣れたし、携帯の一件の汚名返上にもここは勝ちたいところだ。


「勝負だ阿久津」


 ジャージ姿の少女が不敵に笑う。

 阿久津がボールを投げ上げると、割と速いサーブが放たれた。

 すかさず返すと、激しいラリーの応酬が始まる。さっきのはピンポンって感じだったが、テンポ良く音が刻まれる今の状況は紛れもなく卓球だ。


「中々やるね」

「なんの、まだまだっ!」


 まさかコイツが着替えたのって、全力で卓球するつもりだったからじゃないよな?

 そう疑いたくなるくらい本気の阿久津だが、何かに気を取られ視線が球から外れた。


「もらったぁっ!」


 油断した隙を狙ってスマッシュもどきの強打。弾んだボールは二つ先の大机まで飛んでいったが、少女は悔しがりもしなければ球を拾いにも行かず俺の後ろを見ている。

 一体どうしたのかと思い振り返れば、入口には二人の女子生徒がいた。

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