六日目(日) 火水木明釷がペガサスだった件

 ――――という訳で、話は冒頭に戻る。


「みてみておねーちゃん! ここたかいんだよ!」

「あ、本当だ! じゃあ私も遊びに行こうかな」

「うん、きてもいーよ」


 アスレチックで子供と遊ぶ少女のやり取りは、とても真似できそうにない。

 俺達に与えられた役割は特になく、自由に子供と遊んでいいとのこと。児童の乗ったバスが到着した後に朝の会で簡単な紹介をされたが、他の学生ボランティアはいなかった。

 保護者達は教諭と簡単に話をした後で加わるらしいが、担当するのは遊びではなくちょっとした企画系統。ちなみに今日は秋らしく焼き芋だそうだ。


「おにいちゃん、みくちゃんはー?」

「ん? 大丈夫だタカシ君。すぐに見つけるさ」

「はやくはやくー」


 慣れた様子で子供と戯れる少女を見届けていると、ド○クエみたいに俺の後ろをついてきていた少年の一人が不満そうに声を上げる。

 筋肉痛で身体が思うように動かない今、かくれんぼこそが最大の武器。という訳で俺はのんびりと、隠れた子供を探しながら園内を散策していた。


「そこの茂みの陰が怪しいな…………ほら、ミクちゃんいたぞ」

「あびゃー……みつかっちったったー」

「おにいちゃんしゅごい!」

「はっはっは。かくれんぼマスターと呼べ」

「じゃーもっかい! ちゃんと10かぞえてねー」

「まってー。ぼくもいーれーてー」

「あたっちもー」

「「「いーいーよー」」」

「えっと名前は……ハヤテ君にキラリちゃんな」


 名札が平仮名だから読めるが、きっと今の二人も漢字にしたら凄いんだろうな。


「じゃんけんしよ! じゃんけん!」

「いや、鬼は俺がやるから」


 最初はジャンケンで決めようとしたが、ここは「後出し駄目だよ」とか口にしてる奴が堂々と後出しする世界。お前がするんかいって思わず突っ込んじゃったよ。

 身体が痛むのに室内で遊ばない理由もそれ。オセロに至っては挟んだコマだけじゃなく、ぷ○ぷよみたいに縦へ横へと連鎖した時には目からファイヤーだった。


「隠れていいのは園庭の中だぞ」

「「はーい」」

「よし、じゃあいくぞ」


 お兄ちゃんもとい鬼いちゃんを引き受けると、木に顔を伏せ1から数え始める。

 しかしこうして子供達と遊んでいると、少しだけ思い出した昔が懐かしい。かくれんぼの鬼がこの木の前で数を数えるのは、俺達の頃から変わらないみたいだ。


「――――8、9、10っと」


 ゆっくり10数えた後で、のんびりと捜索開始。範囲が範囲だし相手も相手、見つけるのは割と容易い……ってか開始時点で見えてる子もいるくらいだしな。

 あえて見て見ぬ振りをする俺の横を、別の子供達が走り抜けていった。


「待て待て待てぇ~い!」


 それを追いかけるのは一回り大きな子供……と思ったら我が妹じゃないか。

 コイツはレパートリーが鬼ごっこやケイドロ、氷鬼や色鬼といった走る遊びばかりのため、さっきからずっと園内を駆け回っている姿しか見ていない。

 ただ現役バスケ部の運動量についていける訳もなく、抜けていく子も多いようで徐々に参加人数は減っている。最後まで生き残れるか知らんが、頑張れ若者よ。


「…………ふむ」


 傍らで妹を眺めつつ、子供の隠れ場所は半分近く把握した。

 昔から何かとかくれんぼばかり遊んでいた俺に死角はない。多少なり園の構造が変わっていようと、隠れそうな場所がどこかくらい簡単にわかる。

 残りは建物近辺かと移動すると、保育室が盛り上がっていたので視線を向けた。


「はいよーぺがさすー」

「ずるいーっ! つぎぼくーっ!」

「ハァ……ハァ……」


 幼女に跨られた、哀れなオタクが一人……いや、一匹か。

 確認しておくが息切れは疲れによるものだよな? 決して興奮じゃないよな?


「ハァ……ヒィン」


 悲鳴か鳴き声かわからない、醜いペガサスは記憶から消しておく。頭脳派なのに何故肉体労働を選択したのか……いや、頭が良いからこそ選んだのか?

 やっぱアイツを呼んだのは失敗だった気がする。せっかくだしアキト以外の面々が何をしているのか、子供を探しつつ様子でも見に行ってみるかな。


「こっちこっち。すげーんだぜ」

「…………?」


 子供につられて走る子供。

 少年達が向かった砂場を見に行けば、そこは俺の知ってる砂場じゃなかった。


「しゅっげー」


 うん、確かにこれはしゅごいな。

 どこかに隠れている筈のミクちゃんが、知らぬ間にかくれんぼチームから砂場チームに移籍したらしく、堂々と仁王立ちして眺めていたくらい凄い。


「……できた」

『わぁー』


 子供達から歓声が沸く。その眼差しの先にあるのは砂場という限られた空間に堂々とそびえ立つ、砂の美術館に展示されていてもおかしくないレベルの城だった。

 一体どのようにしてこんな芸術品ができたのか、某番組風にお送りしよう。






 ――大改造! 劇的ビフォーアフター――


 黒谷町、筍幼稚園。

 砂に囲まれたこの静かな土地に、ある問題を抱えた一件のお城がありました。

 この城が抱える問題、それは…………。


『ありふれた城』


 築15分。約0.1坪。砂造二階建て。ここに依頼者が住んでいます。

 毎日ここで遊んでいる幼稚園児達。

 あり合わせの砂と水で作った夢のマイホーム。しかし様々な問題を抱えていました。

 まず目に飛び込んでくるのは、崩れかけていること。

 砂を入れたバケツをひっくり返して作った城の角は、所々欠けてしまっています。

 更に問題なのが、扉や窓は一切無いこと。

 この城を作った子供達は、一体どうやって生活するつもりだったのでしょうか。

 いくらなんでも、こんな城では満足できません。

 そんな問題を解決すべく、一人の少女が立ち上がりました。


『リフォームの匠、冬雪音穏(屋代学園一年、陶芸部部長)』


 常識に囚われない独創性を持ち、リフォームには手段を選ばない陶芸会の異端児。

 多くの部員(?)に、陶芸の素晴らしさを提供してきた冬雪。

 そんな彼女を人は、無口でジト目な匠系ヒロインと呼びます。

 この素晴らしい城をどのようにリフォームするのか、匠の挑戦が今始まろうと――。


「……じゃあ終わり」

『ええええぇあああああああああああぁぁーっ?』


 …………何と言うことでしょう。

 手にしていたシャベルを匠が振り下ろしたことによって、ナレーションがリフォームの過程を説明するより早く城が崩壊したではありませんか。

 これには子供達も歓声から一転、泣きそうになっている子もいて阿鼻叫喚です。


 ――大改造! 悲劇的ビフォーアフター 終――






 明らかな放送事故だが、現場はそれ以上にパニック状態である。

 何でどうしてと詰め寄る児童に対して、冬雪は静かに答えた。


「……壊さないと、新しいのが作れない。ここは皆で遊ぶ砂場」 

「でも――――」

「だって――――」

「うわああああ、おしろおおおお」

「……今度は地下帝国。まずは穴掘りから」

「「「ちかていこくっ?」」」


 …………子供って本当に単純なんだな。

 絶望していた目に希望が宿るのを見て、冬雪は城の残りを淡々と破壊していく。意気揚々し始めた子供は、シャベルや素手で我先にと穴を掘り始めた。


「おねーちゃん、これつかって!」

「……?」


 うわ、懐かしいなおい。

 一人の少年が持ってきたシャベルを見て、まだあったのかと笑みがこぼれる。


「あ! トンガリ!」

「かくしてたのだめなんだよ! いーけないんだー、いけないんだー」

「かくしてないもん! みっけたんだもん!」


 少年Aよ、それは少し苦しい言い訳だぞ。まあ問題を起こした政治家とかは似たような言い訳をするが、幼稚園児と同レベルと思うと悲しくなってくるな。

 筍幼稚園にあるシャベルは通常平べったく丸い物ばかりだが、園内には三本だけ細長い形をした恰好良いシャベルがある。

 それこそ通称トンガリ。子供達は遊ぶ時間になると、数の少ないレアシャベルのトンガリを、早い者勝ちで我こそはと競って取り合っていた。

 しかしある日、トンガリを手にした一人の児童は悪魔的発想を閃いてしまう。


『このトンガリをかくせば、つぎもぼくがトンガリをてにできる!』


 それ以来というものの、トンガリは砂の中や藪の中に隠される始末。こうして筍幼稚園に生まれてしまった悪習が『トンガリ隠し』なのである。


「あげる、おねーちゃん」


 トンガリを持ってきた少年は、褒めてもらいたいが故に冬雪へ差し出した。

 ところが彼女はトンガリをジッと見た後で、何かを察したのか静かに答える。


「……いらない」

「え…………?」

『えぇー?』


 がっ……拒否っ……! 冬雪、圧倒的拒否っ!

 ざわ……ざわ……する子供達。断られた男の子は予想外の返答に驚き、必死にトンガリの凄さをアピールし始めた。


「なんでっ? おねーちゃん、トンガリだよっ?」

「……独り占めは良くない。砂場の砂と同じ」


 トンガリを持ってきた少年の頭へ、冬雪はポンと手を乗せる。撫でる訳でもなく叩く訳でもないが、そのどちらとも受け取れる触れ方だった。


「……それにトンガリより、こっち方が使いやすい」

「じゃーぼくもおねーちゃんとおなじシャベルー」

「おれもー」

「あ! ずるいぞー」


 …………何と言うことでしょう。

 匠の一言によってシャベルの価値は一転。トンガリは見捨てられ、みるみるうちに普通のシャベルが使われていくではありませんか。


「…………」


 もし彼女が城を残していたら、うっかり破損させた子供は間違いなく責任を問われていたに違いない。それこそいーけないんだー、いけないんだーの合唱である。

 言葉数こそ少ないが、冬雪は良いお母さんになるだろう。崩れゆく城を眺めながら少し感動していると、今度は砂場の奥で葵を見つけ木陰から覗いた。


「おにいたん、あそぼ?」

「うん、いいよ。何して遊ぼうか?」

「えっとねー、むしさんあつめるの」

「む、虫さんっ?」

「ほらみて」


 女の子が両手を差し出し、掌をパーにする。

 小さな手の中から現れたのは、数え切れない程の団子虫。半分程は丸くなっているが、もう半分は所狭しと蠢いていた。


「う…………す……凄いね……」


 葵よ、声が裏返ってるぞ。

 ついでに顔もかなり引きつっている。アイツのあんな表情、初めて見るな。


「ね? おにいたんも、むしさんあつめよ?」

「む、虫さんより向こうでブランコ遊びしない? ほら、ブランコ楽し――」

『もうブランコなんてぜったいしない! きらいきらいきらいー』

「……………………」


 タイミング悪く、ブランコを嫌がり発狂している子供の声が聞こえた。まるで親の敵と言わんばかりに叫んでいるが、一体何があったんだ少年よ。


「ブランコつまんないって。むしさんあつめしよ?」

「む、虫さんは…………あ、櫻――――」


 呼ばれる前にUターン。気付かない振りをして早足で逃走する。

 そういえば俺はかくれんぼ中だったんだ。頑張れ葵、お前のことは忘れない。


「キミは他の子と一緒に遊ばないのかい?」

「ん?」


 保育室付近まで逃げてきたところで、どこからともなく聞き慣れた声がした。

 どこにいるのかと探して見つけたのは建物の裏側。阿久津が相手をしているのは今までのような集団相手ではなく、どうやら一人ぼっちの男の子らしい。


「だってぼく、ひっこしてきたばっかりだし」

「成程ね。それならまずは友達作りからかな」

「いいよ。ひとりでもあそべるし」

「一人遊びは限界があるだろう? それに人間は一人じゃ生きていけないさ」

「……」

「やれやれ。どこかの誰かに似て困った少年だね」


 全く誰に似てるんだか……いや、俺じゃないし。俺もっと素直だったし。

 子供相手でも理論的に語る阿久津は、溜息を吐くなり放置されている縄を見た。


「それじゃあボクからお願いだよ。一緒に遊んでくれないかい?」

「べつにいいけど」

「ありがとう。縄跳びはできるかな?」

「かんたんだよ。ぼく、おおなみこなみできるし」

「それなら見せてくれるかい?」

「うん。いいよ」


 木に括りつけた縄の端を持った阿久津が、歌を歌いながらゆっくり左右に揺らす。滅多に見られない光景に、携帯を取り出し動画撮影をしたいくらいだ。


「大~波小波~♪」


 振り子のように往復する縄を、男の子はリズムを刻みながら跳んでいく。


「ぐるりと回して――」


 言葉通り、縄がぐるりと回った。

 三度回転した後で、少年は最後の着地で両足を開く。


「にゃんこの目!」


 縄は足の間で上手く止まった。

 それを見た阿久津は、首を小さく縦に振りながらパチパチと拍手する。


「上手だね。驚いたよ」

「あー、なわとびー。いーれーて」

「…………」

「それじゃあ一緒にやろう。大波小波はわかるかい?」

「わかるー」

「じゃあいくよ? 大~波小波~♪」


 やってきた女の子が、左右に揺れる縄を跳ぶ。

 しかし縄が回転したところで、女の子は引っ掛かってしまった。


「えー、むずかしーよー」

「そんなことはないよ。キミ、彼女にお手本を見せてあげてくれないかい?」

「…………うん、いいよ」


 困惑していた男の子が得意気な様子で、再び縄を跳び始める。

 最後まで跳びきった少年に、興味津々といった様子で女の子が駆け寄った。


「すごーい! どうやるのー?」

「え、えっと……こうやって――――」


 どうやら問題ないみたいだな。

 各々の子供に対する接し方を眺めつつ、全員の隠れ場所を把握した俺はチビッ子達を一網打尽にしてみせるのだった。

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