第99話セアラとしろいチビ

 大概の女性の母性本能を刺激する愛くるしい寝顔を晒して、俺のベットで寝ている小僧。

 そして、部屋を出て行こうと踵を返したメイドを俺は思わず呼び止めてしまった。


ロイオ「なんだ、もういいのか?」


 セアラは振り向かないで静止し、俺に小さな声で返す。


セアラ「……ねこが起きたら伝えてくれ。感謝している、と」


 ドアノブを回した女の顔は窺えない。それでも、横で寝てるコイツなら言うだろうことは、伝えておこう。


ロイオ「泊ってけよ」


セアラ「お前に腕を切り落とされる覚悟があるのならな」


ロイオ「やれるもんならやってみろよ」


 おちょくるように言い捨てると目の前を横一文字の光りが。

 部屋から出て行くセアラが扉を閉めると、俺の前髪がヒラヒラと数本落ちてきた。


ロイオ「……マジですか?」


 いつ抜いて、いつ切って、どうやって間合いを縮めたんだよ。


ロイオ「あのメイド、ゼウスさんよりバケモノか……? ねこねこの手におえる女じゃなさそうだな……」


ねこねこ「……んぅ~?」


ロイオ「寝てろ」


ねこねこ「んー」


 危うく、失言で寝起き最悪星人を目覚めさせるとこだった。

 この屋敷、ひいてはこの世界がビリビリ氷河期へなってしまうのは防げた。

 異世界を寝起きの少年が滅亡させたなんて笑い話にもならねぇっての。

 まあ、あのメイドが生きてる限り、こいつはそんな真似しねぇだろうけどな。



 東の方から太陽が昇り始め暗かった辺りは照らされていく。

 ロイオの部屋から出て、別荘の廊下から窓を通して日光が僅かに差し込んでくる。

 一階の広間で愚妹を探す。片付けくらいしろと言いたくなるくらい散らかった部屋を見渡すとどこからか声がした。


セイマ「……仲直りは出来たの?」


セアラ「……どこだ?」


セイマ「ここ」


 長机の下をしゃがんで覗き込むと、案の定涎を床に溜めた我が妹が顔だけは目覚めていた。


セイマ「楽しい連中だよ。こんなにはしゃいだの子どもの頃以来だ」


セアラ「はしゃぎすぎだがな」


 端が捲れたカーペット、残り汁、ソースがついた食器は割れ、無秩序に散らばった四つの椅子。挙句、石製の壁や床に斬撃と銃撃の跡。

 この惨状は使用人として放置できん。

 仮にも私と姫様の思い出の場所だ。


セイマ「ま、ここの清掃はちゃんとやっとくよ。ワタシにとっても大事な屋敷だし。それより、姉さんは早く仲直りしたら?」


 無事な食器類を集めだした私にセイマは下から這い出てくる。


セアラ「私がやる前にとりかかれ」


セイマ「うわー、いやな上司」


 口ではそんなことを言いながら、しっかりと私が集めた食器類を流し台へと運んだ。

 仕事を始めた妹の邪魔にならないようそろそろこの屋敷から出るか。


セイマ「……姉さん、もしなんだったらワタシが代わりに西の訪問行こうか?」


 そう思った矢先に洗い物を始めたセイマは私を留まらせるようなことを提案した。


セアラ「無用だ。姫様の護衛は私の役目。お前は大人しく、ここの愚か者共の面倒をみていろ」


セイマ「愚か者って……ハハっ、確かにね。でもそっか……じゃあ、ちゃんとソフィア様と仲直りしてよ。でないと本当にワタシが行くから」


 まったく……何度も言うやつらばかりだ。

 それだけ私と姫様のことを心配してくれているということか。


セアラ「余計な世話だ」


セイマ「とてもそんな顔してるように見えないんだけど?」


 まるで私の反応を楽しんでいるような表情をするセイマを完全に無視し、別荘を後にする。


 馬に乗り、風を切って進む中私の頭の中には憎たらしい子どものような詐欺男が浮かぶ。

 自信を持てと言いたかったんだろうその男の言葉には何度か振り回されたが、今回ばかりは認めざる負えまい。


セアラ「あの言葉で胸の内が軽くなったのは事実か……ふっ、見直したがお前に惚れることは永久にないと確信したぞ」


 私の好みではない。

 私より大きく逞しい体つきになって女好きを直したとしても考えてやらん。

 内面に関して言うことはない。

 

 馬を蹴り、スピードを上げる。朝日が完全に昇る前に姫様の下へ戻らなければな。


 私が男とのことを考える日が来るとは、想像すらしたことがなかったが……あの白いチビに驚かされ続けて少し変わったようだな、私は。

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