第100話こういうときはカッコよく!

 薄明を迎えて東の街がミフラの中でいち早く活気づく。

 領主の屋敷は、毎朝使用人の急ぎ足が響くがこの日はそうでもなかった。


エノ「ソフィア様、セアラ様がお戻りになられました」


 ひっそりとした佇まいでロングスカートのメイドが主人の部屋の扉をノック。

 聞くまでもなく、返ってくる声には元気がない。


オブ「そう……ここにくるの?」


エノ「は、はいというより――お、お待ちください! まだ、ソフィア様からお返事を――」


 部屋の外にいるエノの声が怖くて慌てているようになった。そうなった理由をソフィアは把握していた。


オブ「お帰り……セアラ」


 無理やり部屋に入ってきた近衛の顔を見ることができない彼女は書斎机に視線を落とす。

 そんな主人にセアラはエノを下がらせた後、書斎机の前で正座した。


オブ「せ、セアラなにしてるの?」


 幼馴染ともいえる近衛の意図が読めないソフィア。

 セアラの心に今あるのは揺るがない意思であり、それが自らに向いていることを知らない。


セアラ「先ほどの地響きは問題ありません――そして」


 徐々に下がっていく頭。艶のある黒髪が地べたに垂れる。


セアラ「この度は取り乱してしまい、申し訳ございませんでした!」


 両肘を曲げ、指先までピンと伸ばした深い土下座。

 

オブ「……セアラ。顔を上げて」


 オブの言葉に恐る恐る上げたセアラの顔は整ったものではなくぐしゃぐしゃになり堪え切れていない水滴が落ちる。

 書斎から席を立ち、顔を上げたメイドの大粒の雫をハンカチで拭う。


セアラ「ひべざま……、すぅっ……私は愚か者でした……貴女に固執し自らを見失っておりました」


オブ「何言ってるの……元はといえば、私が悪いのよ? セアラが謝ることないわ」


セアラ「いえ、姫さまに抱いてはならぬ感情を抱いた私の愚かさが――」


オブ「ストップ」


 『領主たる者、寛容な心と一つの信念を抱き続けなければならない』

 セアラの泣きやもうとする様子に父の教えが彷彿した。

 現領主たるアンベルク・オブ・ソフィアが抱く信念は『涙は流さない』こと。古城での一件でセアラと共に泣き崩れたことを除けば、ソフィアは自分のことで涙を流すことはない。

 今は亡き父と過ごした幼少期、泣き虫だったオブを支えたメイドが泣きじゃくる姿は見るに耐えない。


オブ「ふふっ、私の慰め役だったセアラがそんなに大泣きしてくれるだなんてね……ありがとう。そこまで私のことを想ってくれていて」


 ふわっと優しい微笑でセアラを立ち上がらせると、自分も立ち上がってセアラの両手を包み込んだ。


オブ「私もごめんね。あんなこと言っちゃって……これからも私の傍にいてくれないかしら? セアラがいないと寂しくてたまらないの」


セアラ「もちろん……です。私でよければ、この命尽きるまで、姫様にお仕え致します」


オブ「もぉー違うでしょ!」


セアラ「はい?」


オブ「こういうときは、『ソフィア』って呼んでくれなきゃ!」


セアラ「は、はぁ……では、ソフィア様――」


オブ「様もとる」


セアラ「そ、ソフィア、これからもよろしくお願いします」


オブ「うーん、敬語なのは……ま、いっか」


 若干の不満を残した親友の様子が、少しだけどこかの賢者と重なったように見えたセアラだったが、冗談じゃないと首を振る。

 

 やはり……ロイオとねこのせいで姫様が変わった……と頭が少々痛みだしたセアラだった。

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