第91話かわらないものとかわるもの

 雷鳴が轟く天地に立つ二人の間合いは数字にして二百メートル。刹那のごとく縮まるその間合いの内に一筋の稲妻が落ちる。


ロイオ「……(来たか)」


 オールフォースで強化したロイオの反射神経は悠に落雷を回避し、前進を続行。その背後から、猛獣の唸りが聞こえ始めても振り向くことはしない。


ねこねこ「……(あと、二回)」


 発動までに想定以上の時間がかかったねこねこが硬直状態の中で汗を浮かべる。しかし、召喚された高レベルモンスター二体が背後からロイオを襲い、足止めを開始したのを見て僅かに口元をつり上げた。


ロイオ「ちっ、召喚型の魔法ってのはどれもメンドーだな!」


 雷の角を持つ暴れ牛の追従に加え、咆哮を上げて電撃を撃ってくる馬に嫌気が差したロイオは磁界を広げる。

 効果範囲内に入った雷牛ライトブルを磁力で浮かせて更に後ろの麒麟サンダーホースと激突させダウンを狙った。高レベルモンスター故、これだけでは倒せないが、駆け足を止めないロイオにはそれでよかった。


ねこねこ「モンスターはスルー、ね……それでいいのかな?」


 二度目の落雷がもたらしたのは、一度目同様モンスター召喚。

 ライトブル一体、サンダーホース二体。上限一杯の雷獣がロイオの前に立ちはだかる。


ロイオ「またかっ!? 」


 絶妙な距離感で召喚された雷獣たち。避けることもスキルで瞬殺することもできず、ロイオは否応なしに足を止めざるを得ない。


ねこねこ「これだけ離れてれば……射程距離外だよ」


 ねこねこはその様に勝ち誇った表情で口元を緩める。そして、気も緩めた。



 ――――瞬間ねこねこの身体を岩石が襲う。



 一つではなく、一〇や二〇の岩石が。


ねこねこ「うっ!?」


 男子にしては声質が高いねこねこが低い唸り声を上げ、岩石に押し潰されつつあった。まだ超級魔法が発動しているため他の魔法が使えず、身体の自由も効かない。それを知っているのは自身だけ。

のはずだった。

 だが、現に今狙われたタイミングで仕掛けられた磁力が否定している。


ロイオ「現実リアルオールフォース状態の射程圏を測ってるのは気付いてた。だが、お前は勘違いをしている。マグネティックフォースは他のフォースより効果範囲が広い。今その気になれば、山ごと動かすこともできる」


ねこねこ「……『流星雪化粧』の時がMAXじゃなかったんだね……」


 五体のモンスターに囲まれて、一見追い込まれているように見える魔法剣士が説き始めるほど形成が逆転した。


ねこねこ「(こういうところだよ……ぼくがロイオに勝てないのは)」


 撃ち合いの最中で何度もゲームで味わったチートスキル、その強化先のスキルの現実と仮想でのイメージのずれを修正したつもりだった。

 間合いを見切り、有利な空中に居続けた。


 怒りに任せて直進し、最大火力のフォースをぶつけてくると思っていたねこねこの裏を今、正にかいたのだ。


 磁界を発動させてモンスターたちを引き離したロイオは続けざまに磁力を操り、瓦礫の下敷きになったねこねこのところまで浮遊。


ロイオ「ここまで追い詰められたのは、奏とお前が組んだ時以来だ……強くなったな」


 ひのきのぼうを悔しそうな童顔に突きつける。

 楽しかった日々がフラッシュバックする兄としての面と、ゲーマーとして勝ちたいという面がロイオに悪くない葛藤を産む。

 それらを数秒の逡巡で振り払い、スキルを発動する。

 射出口のぼうとねこねこの間は数センチ。

 この距離でもテレポートで回避されることを予期したロイオは最速の電撃をとどめの一撃に選ぶ。


ロイオ「(止めてくれて、ありがとな。)」


 声にしなかった感謝はねこねこには通じない。

 ねこねこには。

 ロイオは稲妻を放った。

 ――


ロイオ「……?」


 しかし稲妻は魔法剣士の意思を裏切った。


 もう一度発動しようとすると、ねこねこの悔しそうな顔に――馴れ親しんだ彼女の顔が重なる。


ねこねこ「……考え事が長すぎだよ‼」


 瓦礫の下から僅かに希望を宿したねこねこ。

 その極小の希望、勝機を裏付けるように青白い極太の落雷が落ちた。


 声すら出すことができない一瞬の激痛が勝ちを確信していたロイオに降りかかる。

 痛みと認識したのはやはり肉体が強化されていたからだが、それが返ってロイオの精神を蝕んだ。


 落雷の破壊力は二人の足場だった石の高台を容易く崩し大地に深い穴を開け、ロイオとねこねこをぶっ飛ばした。


 身体から電流が消えても残る激痛とは別に、ロイオは焼け焦げた身体に違和感を感じた。

 辛うじて耐えきれたのはオールフォースのおかげだ。

 ねこねこと同じように、岩場に激突し、瓦礫の下敷きとなったロイオは僅かに出ていた己のが手にその切り札が宿っていないことに気がつく。


ロイオ「……ねこねこ、なにをした!」


 オールフォースは一日の使用回数制限はあっても制限時間なしのチート級スキル。

 それが消失した。


ねこねこ「超級魔法の効果だよ……ロイオはチーターだけど、オールフォースが消えれば村人Aと同じさ」


 同じくチート級の魔法によって。


 ねこねこはオールフォースのデメリット、使用後のHP激減を知っている。初級魔法を使うまでもなく、杖で小突くだけで今のロイオは倒せるということを。


ロイオ「村人Aか……」


 瓦礫の中でロイオは全身の火傷とその言葉を噛み締める。

 その樣を受けて、傍観者の一言がこの喧嘩を締め括った。


ゼウス「決着だな」


ねこねこ「これ以上やったらホントに死んじゃうからねー……はぁぁ、やっと――」


ロイオ「待ってくれ」


ゼウス「……なんだ? お前はもう」


ロイオ「決闘デュエルは俺の負けでいい。だか、俺とこいつの喧嘩ゲームの勝敗をちゃんとつけたい」


 で、という言葉をロイオは呑み込んだ。言ったところでゼウスには理解出来ないと本心から思ったからだ。


ゼウス「ねこねこ、お前が決めろ」


 ロイオの思いをなんとなくだが察したのだろうゼウスは、瓦礫を風魔法で退かしたねこねこに委ねる。


ねこねこ「よっと……いつものアレならいいよ。ロイオから挑まれるのっていいね……『上』って気分になるよ」


 勝利の愉悦に浸っているねこねこは、ロイオの飲み込んだ言葉を理解してはいない。ただ、ロイオらしからぬ敗者からのリベンジを慣れない勝者としての立場で受けただけだ。


ロイオ「……一回勝負な……マグネティックフォース」


 ロイオも磁力で瓦礫を退かし、痛みで動けない身体を無理矢理起こす。

 HP残りの村人Aと揶揄されながらも譲れない意地が疲労困憊の身体を突き動かす。


 幼馴染みあねに勝たせてやったことはあっても、親友おとうとには勝たせてやったことがない。


 例え、姉がいなくなってどれだけの月日が経とうとも男同士、一対一で真剣勝負を本気でやってきたのだ。


 だからどうしても今回の異例中の異例――弟想いな邪魔者抜きでやりたかった。往生際が悪いと言われようと見っともないと言われようとも。



ロイオ「(あの世からちょっかい出すんじゃねぇよ……まあ、撃てなかった俺が悪いんだけど……なんでかな……お前がなにかしたんじゃないかって思っちまう)」


ねこねこ「ぼくまずはパー出すよ。あいこになったらチョキね――」


ロイオ「はいはい」


 心理的な駆け引きをしたつもりだったねこねこは相手にされず、少し機嫌を悪くした。

 というのも、ねこねこは元来相手にされないと拗ねる。スネチャマだ。


「「さいしょは――」」


ねこねこ「パー‼」


ロイオ「……」


 ゼウスはこの光景を何度も見ているが、この異世界でもまた見ることになるとは思っていなかった。

 呆れたような下らないと嘲笑しそうな、そんな微妙な顔でゼウスは想像通りの決着に鼻で笑う。


ロイオ「駆け引きが下手くそなのはどっちもだな」


ねこねこ「うぅ……また……負けた」


 デュエルに勝って満足していたねこねこは肩を落としてロイオを下から見上げる。

 ロイオはねこねこと重なる悔しそうなもう一人に伝わるように。


ロイオ「また、俺の勝ちだな。お前ら――」


 重力に従って倒れる身体と遠のく意識の中でそれだけはしたかった。


 駆け寄る仲間二人はその倒れた男の顔を見て心配するのを止め、逆に微笑んだ。


 彼の顔は、閉じた瞼の裏側でお調子者との思い出を味わうように緩んでいたから。


ねこねこ「お姉ちゃんのこと、相変わらず大好きだね……ロイオ」


 天を見上げて満面の笑みを浮かべ、ねこねこは勝利を報告する。


 ゼウスは心から笑っている二人を羨むと邪魔しないように明後日の方角を向いた。


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