第89話すうびょうで

ロイオ「(この魔法はねこねこが強化してる氷結系……威力は並の中級魔法よりかなりあるはず……包囲されてる現状、辺り一帯全部燃やして抜ける‼)」


 肉体諸共焼き尽くす高加熱の炎を大展開した魔法剣士の周囲を囲んでいた氷雪が溶けてなくなる。

 太陽のように巨大な火球は徐々にその形を小さくしていきロイオの内に戻る。

 自らの力で焼け焦げた衣類や素肌に痛みを感じて険しい表情になるも、息を深く吐いて落ち着く。


ロイオ「……今度はどこに隠れやがった?」


 土すら焦がす炎熱が余熱を発して風景を揺らしているように見えた。

 揺れた岩陰から一筋の電光が天を裂き、注目するロイオ、ゼウスの表情を凍らせる。


ゼウス「(な、なんだ……あの魔法は……いや、魔法なのか……あれは?)」


 リリース初日からやり込み、完クリしたゲーム『Noah』では存在しないものを目の当たりにした狂戦士は空一面に広がり、留まっている雷へ驚愕した。

 ゼウスの知る限り、雷属性魔法は刹那にして必中の魔法である。

 しかしながら、現実に発動したその魔法は、天空を覆うほどの電光を発射するわけでもなくただそこに残留している。

 徐々に規模を拡大していく雷の塊は止まることを知らない。


ロイオ「……お前の奥の手か。これを見て確信した……」


 ゼウスとは打って変わって、穏やかな微笑を浮かべるロイオは先程までの怒りを忘れていた。


 ねこねこが、知らない魔法を使った。

 それは詰まる所、成長であり前に進んだ弟の意思表示であると受けとったロイオ

 彼は仮想ゲームでも現実リアルでも同じ切り札を使った。


 弟は逞しく前に進み、縛られ停滞している兄を導こうとした。

 兄は未練を抱いたまま、か弱いと思っている弟を護ろうとした。


ロイオ「まったく……どっちが正しいか、アイツでもわかることを俺は間違ったのか……こんなんじゃ、どっちが兄貴かわかったもんじゃねぇな」


 一度生まれた劣情に踏ん切りをつける明確な方法が今行われていることにロイオは笑う。自嘲気味に、久しく忘れていた楽しむような笑みを。


ロイオ「オールフォース有りきの魔法防御力でもあれをくらえば負けだ……なら、いっそのこと――」


 ロイオは閃光のごとく走った。強大な魔法が撃ちあがった一筋の電光目がけて。

 そこに標的がいると、発動前に倒せば勝機があると賭けたのだ。

 無論、無謀というわけではない。


ロイオ「……この勝負、もう勝ち負けはどうでもいい」


 新たな力を身に付けたというのなら、こちらは使いこなした熟練の技で捩じ伏せるまで。


ロイオ「あの魔法……発動までの時間短縮はできないみたいだな。上級魔法の上位だろうから発動まで精々、四、五秒ってところか」


 十分だ。

 オールフォースによる超強化で電撃すら捕らえられる速度になった疾走。砂ぼこりを巻き上げ、蹴られた大地は抉られる。


ロイオ「(お前の姉貴は、俺の裏をかくのが大得意だったよ)」


 今回は、俺が裏をかく番だ。


 そうして、小さいながらも白衣の賢者を視界に入れることが出来たロイオは更に加速し、ひのきのぼうをタルワールのように担いだ。


ロイオ「(後……三秒)」


 感覚的に染み付いた間隔は寸分違わない。

 正確に、着実に、勝負の決着をつける最後の一撃が秒を追って迫る。


 頭上の雷電は広がるのをいつのまにか止めていて、より激しい稲妻を迸らせる。

 ロイオがそう認識してすぐ、ねこねこが笑みを浮かべた。

 また、ねこねこが超速で向かってくるロイオを視認してすぐ、ロイオも笑っていた。


 ニートで凄腕なゲーマーの兄貴として。




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