第27話あくま

「そなたたちか? わしの下僕が捕らえたという人間は」


ロイオ「……」

オブ「……」


 二人とも声が出なかった。

 その悪魔は性別の壁などないも同然に俺たちの心を踏み荒らす。

 それだけの美しさだった。


 紫を帯びた艶やかな長髪に隠れることのない羊のような猛々しい角。

 人間ではありえないような白く澄んだ肌と怪しく紅い瞳。

 なだらかな撫で肩、歩みを進める度、揺れる豊満な乳房。

 寸分違わないすらりとした長い手足。微細に動く漆黒の翼と細い尾。

 非現実を体現したその姿は、こちらの本能を刺激するような際どい衣服で彩られ、理性を破壊するようだった。


「どうした? 何か言うことはないのか?」


 驕慢さが滲むその声は止まった俺の意識を呼び覚ます。


ロイオ「……お前はだれだ?」


 やっとのことでその一言を発したが、この悪魔の刺すような紅い目にまた口を噤む。


「うむ……だれ、か……そうだな、名はない」


 長い髪を払うその色香に惑わされぬよう俺は舌を奥歯で噛む。


「わしは悪魔だ……今はこの城に宿る怨念を糧にしている」


ロイオ「怨念だと……? この城には姫と従者の魂が眠っているはずだ。怨念というには幸せそうだがな」


「なんだ? あの者たちのことを知っておるのか、ならば話が早い」


ロイオ「どういう意味だ?」


 怪訝顔を向けると悪魔は俺との距離を詰めてくる。

 俺は悪魔が詰め寄った分だけ下がり、腰の剣に手を添えた。


「あの二人、今は仲違いしておってな。見ていて気分はいいのだが、所々に愛だの信頼だの……いい加減飽きた」


 両手を上げ、首を横に振る悪魔。どうやら戦う意思はないようだ。


「お前たちがあの二人を黙らせろ」


 腕を組んで見下したように顎を突き上げる悪魔に、苛立つがここは冷静に。

 

ロイオ「その前に訊く。さっき、この城のモンスター……入口の触手やゾンビの大群を街に向かわせたのはお前か?」


「ああ、ゾンビ共にどこかへ行けとは言うたな。呻き声で睡眠の邪魔をしおる。今日こそは安眠をと思うたが……そなたたちが来た」


ロイオ「触手はお前の下僕と言ったな?」


「うむ。あれは実に便利だ。侵入者の数を把握し、捕らえ、牢に落とす。その一部始終がわしの頭に直接映像として流れ込む。そなたたちのやり取りもな」


 未だに悪魔に見とれているオブを一瞥した悪魔は、なにか思いついたように口元を釣り上げる。


「そこの娘は信頼する臣下と来ているのだったな?」


オブ「……はっ! それがなんですか?」


 ようやく、目が覚めたオブさん。

 薄気味悪い笑みを浮かべる悪魔は、オブさんの近くまで歩み寄る。


ロイオ「なにをする気だ?」


「なに、信頼とやらを試すだけだ」


 そういうと悪魔はおもむろにオブさんへキスをした。


オブ「んっ⁉」


 驚いたオブは暴れるが、悪魔の腕に抱かれ徐々に顔を蕩けさせていく。

 優しく触れた最初とは打って変わって、時に激しく吸われ、時に舐めるように舌を絡ませる。

 悪魔が潤んだ唇を離し、混ざり合った唾液を舐めとる頃には、オブの身体からは力が抜けきり、座り込んでしまった。


ロイオ「なんの真似だ……? こんなことをして……」


「目覚めよ」


 俺の問いを無視した悪魔がそういうと座り込んだはずの姫騎士が人形のように踊り狂いながら立ち上がる。


ロイオ「なっ!」


「さて、姫と従者、二人の魂魄のため興じようぞ」


 悪魔の開いた翼と手に合わせるようにオブが俺に斬りかかってきた。

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