006




HONG KONG SIDE





「…ここか。」


細い路地を歩いた先、活気溢れていた都会とは違い、日差しも届かない廃れた町に出た。

人気も無く、空気も悪い。

まさに裏業界で生きている人間が集いそうな場所だ。


鴨居は、錆のついた赤い看板が立て掛けられていた小さなビルの前にいた。

ここが情報屋、ジジ=フォンファの事務所らしい。


「…。」


出入口の前には、巨漢の男が仁王立ちで立っていた。

おそらく、見張りか何かなのだろう。

ジジ=フォンファの部下達は忠誠心が強く、腕っ節も尋常ではないと聞いていた鴨居は、少し唾を飲み込んだ。

息を吐き、鴨居はその男に向かって歩を進め、彼の目の前に立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。


「…我是日本的信息铺。想向那边的社长询问话。(日本の情報屋の者です。そちらの社長にお話を伺いたいのですが。)」

「…。」


慣れた発音で鴨居がそう告げると、男は目を細め、しばらく黙る。

すると、男は一歩鴨居に詰め寄って来た。


「………日本人か、日本語で構わない。」

「…!」


男は低い声でそう言った。

…流石は、日本に長年腰を置いていた組織なだけある、発音が上手い。


「…うちのボスに何の用だ。」

「…実は、売って欲しい情報があって来た。だいぶ手詰まりになっている件があって…それと、2年前の謝罪も兼ねて。」

「謝罪?………まさかお前、”本城”の所の回し者じゃないだろうな。」

「…っ。」


本城…その名は紛れもなく、鴨居達が所属する情報屋の社長だ。

男の言い方によると、やはりまだ根に持っているようだ。


「…悪いな。お前らのような信用ならない組織にやる情報などないんだ。とっとと失せろ。」


男は眉間に皺を寄せ、今にも銃を向けてきそうなオーラを放ってきた。

…予想通りの返しだな、と鴨居は心中でそう呟いた。


「…じゃあ情報は売ってくれなくていい。せめて、謝罪だけでもさせてくれ…頼む。」


ここで下がってしまえば、チャンスがなくなる。

だからと言って、謝罪をして、許されてはい御終いだなんてハッピーエンドははなっから想像していない。

だが、ここで少しでも彼女と接触出来れば…何か動きが出るはずだ。

そう考えながら、鴨居は深々とお辞儀をした。

その光景に男は少し戸惑いながらも、一歩も引かんとばかりに鴨居を睨み付けた。


「お前みたいな下っ端に謝罪された所でどうともならん。せめて、お前んとこの社長でも引っ張り出し 「いいじゃないか。入れてやりな。」

「!?」


男の言葉を遮るかのような女性の声が、扉の向こうから聞こえてきた。

頭を下げていた鴨居ははっとし、顔を上げる。

男は驚きの余り、目を見開く。

ギシッと嫌な音を立てながら扉がゆっくりと開いた。

そしてそこには…煙草を蒸し、艶やかな黒髪に赤縁の眼鏡をかけた、可憐な美女が立っていた。



「よく来たね。鴨居坊や。」

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