001



「神戸妊婦切り裂き事件を知っているか?小野崎君。」





「……は?」


実に埃っぽく、

実にぱっとしない、

実に地味なこの事務所はとてつもなく散らかっている。

辺りを見渡せばどこもかも




資料


資料


資料




資料の山積みだ。



「…神戸妊婦切り裂き事件を知っているかぁ?小野崎君。」

「いや、聞こえてますよ。なんすか急に。」



”小野崎”と呼ばれた20代後半と思しき青年は、意味不明な質問を投げかけられ、作業をしていた手を止めた。

実に面倒くさそうだ。


質問を2回繰り返して来た若い男は、随分と立派な社長椅子の上で足と手を組みながら天井を見上げて口を開く。



「1985年6月24日午後19時35分。兵庫県神戸市に在住していた男性が家に帰宅すると、突然家の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。慌てた男性が目にしたのは、妊婦だった妻が何者かによって殺害されており、またその女性はまだ出産をしていなかったのに腹を切られていてそこから赤ん坊が臍の緒をつけたまま出てきていたんだ。」

「…あー、なんかそれ聞いたことあります。前にミステリー系の特番か何かでやってましたよね。」


そう言って小野崎は閃いたような顔をする。

若い男はそのまま話を続けた。


「妻の腹の中には、いくつかのキャラクターキーホルダーや小さな縫いぐるみ等々が赤ん坊の代わりとでも言うかのようにぎっしり詰め込まれていたんだ。その光景を見た男性は酷く取り乱してしまい、しばらく泡を食って気絶したらしい。幸い赤ん坊は一命を取り留めたようだけど犯人は「まだ見つかってない。…ですよね?」

「…。」


最後まで言いたかったのに…そんな顔をしながら若い男は片頬を膨らませた。

小野崎はその顔を見て、ああまたやってしまったと頭の後ろ苦い表情で掻く。


「…そう、犯人はまだ見つかってない。未解決事件という訳だ…それを踏まえて小野崎君。君は未解決事件についてどう思う?」

「…と言うと?」


小野崎は眉間に皺を寄せ、どういう意味かと聞き返した。

すると若い男は、右の人差し指を立て、くるくると円を描くように動かす。


「遺族の人達の憎しみや悲しみ苦しみが晴らされる事がないのは勿論、真犯人の正体その他諸々の真実がわからないというのはまさに地獄だ。あってはならないことだし、遺族にとっても負の連載だ。けど、1番怖いのはそこじゃない…。」


若い男は人差し指の動きを止め、顔を上にあげたまま視線だけを小野崎に向け、顔に似合わず酷く低い声音で再び口を開いた。




「逮捕されていない犯人による再犯だよ。」




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