おまけ 高坂凛子の物語

01



 高坂凛子は、魔女ではなかった。

 彼女は昔、ただの人間だった。


 強烈な個性も持たず、普通の人間のように過ごしていた。


 しかし、そんな彼女を変えたのは、周りの環境だった。


 彼女に残されていた選択肢は、二つだけだった。


 人間をやめて魔女になるか、それとも死ぬか。





「君の瞳は綺麗だね」


 夏のある日。


 もう戻れない過去のあの日。


 彼女の前にもたらされたのはありふれた出会いだった。


 凛子は、懲罰牢にとじこめられて、膝を抱えていた。


 自信を取り巻く環境が異常なものだと分かっていたが、凛子にはそれらを変える力は何一つなかった。


 あったのは、声を掛けてくれたその少年だけ。


「そんなところにいないで、外に出ようよ」


 懲罰牢は地下にあった。


 しかし、密室にするわけにはいかないため、空気をとりこむための穴があったのだ。


 そして、その穴は凛子が努力すれば通る事ができる穴だった。


 しかし、進んだ先には鉄格子。


 それは、小学生低学年の、凛子の腕の力ではどうにもならないものだった。


 けれども、そこに通りかかった少年が、鉄格子を外してくれたから、凛子は外に出られたのだ。


 凛子はその少年と共に、束の間の時間を過ごした。


 日が暮れる頃には、懲罰牢に戻って、何食わぬ顔をするが、誰も脱走には気づけなかった。


 凛子のことなど、いないものとして扱うのが日常だったからだ。


 凛子はそれからも毎日少年と遊んだ。


 それらは宝物の様に、凛子のさび付いていた心をとかしていった。


 人間らしい感情を取り戻させていった。


 だから凛子は、この日々が永遠であれと思っていた。


 しかしどんなものでも、永遠であれと思ったものが、その通りになった事はない。


 尊いものほど、大切にしたいものほど、あっけなく消えてしまう。


 ある日、凛子を閉じ込めた大人たちが、凛子の脱走に気が付いた。


「あれは神となる童だ。外に決して出してはいけないというのに」


 その結果、凛子はより厳重に閉じ込められるようになり。


 少年と会えなくなってしまった。


 少年は突然あえなくなった凛子を心配して、色々なものを変えようとしたのだろう。


 凛子と会うために何かをして、その結果命を落とした。


 凛子はその事実を知った後、大人たちを捨てて、魔女になった。


 次元の魔女として、生きることを決めた。


 凛子は自分の身に何が起きたのか、正確にはわかっていない。


 知ろうとは思わなかった。


 ただ自称普通の人間達を、平凡な人間達を何かの穴に放り込んで、蓋をしただけ。


 それから凛子は長いときを生きた。


 何もやる事がないから、意味のない生を贈り続けた。


 そんな凛子が目標としたのは、なんの皮肉なのか。


 やがて、100の願いをかなえて、神になろうと思ったのだ。


 凛子は今日も、願い事をかなえ続ける。


 現代社会でひっそり生きる、次元の魔女として。



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