第82話
雛白邸五階の窓から玄関前広場に狙撃銃を向けていたコクマは、白衣の男が倒れる様子を確認した後、スコープから目を離した。その目には涙が溜まり、赤く充血していた。
北の山の爆発。あの中心には、兄が居た。彼の任務の事は一切聞かされていなかったが、コクマにはそれが分かった。双子の間だけに有る絆の様な物が、あの爆発でぷっつりと切れた感触が有った。
「バカアニキ……。死ぬ時は一緒だって約束したのに……」
任務を終えたコクマは、狙撃銃を引っ込めて廊下にペタリと座った。
くのいちとして封印していた涙が零れそうになったので、顎を上げてぐっと堪える。その仕草を取ったせいで、天井に紙切れが貼り付けてある事に気付いた。
コクマへ、と書かれて有る。
何だろうと思いながら身軽に壁を登り、紙切れを手に取って床に戻る。
それは明日軌の筆跡による手紙だった。
『コクマへ。
この手紙が読まれたと言う事は、私はもうこの世に居ないでしょう。
そして、ごめんなさい。
ハクマは私が連れて行きます。
本当にごめんなさい。
だけど、これが一番死傷者の少ない選択なのです。
理解して貰えるのなら、最後の任務をコクマに与えます。
詳しくは別紙に書いておきます。
任務を終えたら、貴女は自由です。
ハクマの分まで幸せに生きてください。
きっと彼もそれを願うと思うから。
雛白明日軌』
二枚目の便箋にも目を通した後、グシャリと握り潰して廊下に投げ捨てた。床に叩き付ける様に。
「嘘吐き。愛していたから、連れて行ける様に仕向けたくせに。兄さんも、主人を愛さなかったら、死なずに済んだのに」
開けられた窓から冷たい風が入って来てコクマのツインテールを揺らした。雪の匂いがする。
窓から玄関前広場を見下ろすコクマ。
巫女みたいな格好をした蜜月が、庭に乱立している無人のテントの隙間を走り去って行った。
続いて、赤いドレスを着た緑色の髪の少女が、フラフラな足取りで門扉の方に行く。
「この場はこれでおしまいか。――ん?」
ふと声無き悲鳴みたいな物を感じたので、窓から頭を出して上空を見上げる。
「大型か。この屋敷を目指しているのか」
つい、と大粒の涙が風に煽られて落ちて行った。
「ふん。泣いちゃったから、くのいち失格ね。今日で引退かな。それで良いよね? 兄さん」
吹っ切る様に無理矢理な笑顔を作ったコクマは、大の字になって五階の窓から飛び降りた。
黒い忍者装束の女が風に紛れて消えたすぐ後に、白いエイの様な生き物が真上から雛白邸に突っ込んだ。越後の名失いの街に再び爆発音が響き渡り、短い地震を呼び起こした。
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