第81話
「万が一、猿人側が勝利して我々が歴史から消されたとしたら。そうなったら、猿人達は妹社達をどうすると思いますか?」
真紅のドレスがバラの様に舞い、銀色の棘を突き出す。
「きっと人とは違う生き物だと言う理由で妹社を排除するでしょう。利用するだけ利用して、脅威となる前にゴミの様に捨てる」
キーフルーレの突撃を日本刀で捌いて距離を取る黒い鎧下着姿の蜜月。
「そんな事は無い! 確かに私達と人は少し違うかも知れない。だけど、雛白のメイドさん達や街の人達と仲良くなれた! 他の街ではどうかは分からないけど、この街は良い街だと私は思う」
蜜月は微笑み、日本刀を下ろす。
「エンジュだって、敵として現れたんじゃなかったら、私達はきっと友達になれた」
発作の様に笑い出すエンジュ。
「私もそう思います。ですが、それは共生欲が見せる錯覚ですわ。樹人の先祖はそれで猿人に裏切られた。だからこそ、この戦いが有る」
細身の剣の切っ先を蜜月に向けるエンジュ。
「共生欲。この習性のせいで純血の樹人が居なくなったんでしょう。我々の妊娠率はとても低いので、共生欲が無かったら少子化で滅んでいたはずですから」
「過去に何が有ったの?」
「さぁ? 色々な悲劇が有った様ですけど、なんにせよ私が生まれる前の話ですからねぇ。私にはどうでも良い話」
エンジュは、細身の剣を改めて構える。
「さぁ、手加減を止めなさい。この戦いは、どちらかが動けなくなるまで終わりませんよ」
説得の諦めを込めた溜息を吐いた蜜月は、日本刀を正眼に構えた。
数秒睨み合った後、二人の少女は剣を撃ち合わせる。フルスペックプリンセス同士の本気の戦い。もしも見物人が居たとしても、その動きを目で追う事すら不可能な程の猛烈な早さでの立ち合い。
しかしその戦いはすぐに中断される。街中に爆音が轟き、僅かに遅れて地震が起こったからだ。
「な、何事?」
雛白邸の玄関先での決闘をしていたエンジュと蜜月は、突然の天変地異に驚き、無防備に辺りを見渡した。
地震はほんの二秒程で終わったが、その後も断続的に爆音が聞こえて来る。
「あれ!」
蜜月が指した方向を見るエンジュ。北の山に、いくつもの火柱が上がっていた。まるで野山が噴火した様な光景だった。
「あれもエンジュ達の仕業?」
蜜月に訊かれた緑髪の少女は、山を見ながら首を横に振る。
「いいえ。あれは……大型以上の神鬼の爆発では? それにしても爆発が大き過ぎる。むしろ、あの辺りに逃げている雛白明日軌の仕業では?」
エンジュが耳に手を当てて息を飲んだ。
「うそ、でしょ……? そんな事って……」
「どうしたの?」
「雛白明日軌が、大量の爆薬を使って自爆したそうです。私達の仲間を巻き込んで……」
「ええ!? 明日軌さんが、自爆ですって?」
目を見開いて驚いた蜜月が改めて北の方を見ると、そちらから何かが飛んで来てモンゴル風の白いテントを派手に潰した。飛んで来たのは、太い木の枝だった。薄汚れた注連縄が付いている、と蜜月が思った次の瞬間、雛白邸の玄関先に悲鳴が響き渡った。
「ぎやぁああああぁ!」
仰け反ったエンジュが、自分の顔を押えて悶えていた。
「いっ、痛、いだぁいぃ!」
その場で倒れ、陸に上がった魚の様にのた打ち回る赤いドレスの少女を呆然と見る蜜月。
何が起こっているのか?
「ど、どうしたの……?」
エンジュの顔から赤い液体が滴っているのを見て、理解した。木の破片が顔に当たり、怪我をしたのだ。
「お、おのれ、雛白、明日軌ぃ! 狙って、やったなぁ! あ、ああぁ、目が、あいいぃい!」
蜜月はハッと気付き、地面に落ちている細身の剣を拾う。
「キーフルーレ、頂くわよ」
「あ、し、しまった。く……」
悔しそうに顔を上げたエンジュを見て、蜜月はギョッとした。美しい顔が、涙と血で汚れていた。その血は左目に突き刺さっている木片から吹き出している。
「エンジュ! 無事か!」
白衣を着た目付きの悪い痩せ型長身の男が、雛白邸の鉄の門扉の上に現れた。男はそこから飛び降り、蹲っている緑髪の少女に駆け寄る。
「生き残ったのは俺とお前だけだ。お前まで死なせる訳には行かない、撤退するぞ」
男が少女に手を差し伸べたが、エンジュはその手を取らなかった。
「でも、キーフルーレが……」
「今は諦めよう。時間を掛け、戦力を回復させなければ。猿人も人口を殖やすだろうが、仕方が無い。それに、雛白明日軌が死んだから、悪魔の兵器をう――」
突如男の頭から血が吹き出した。
微かに遅れて聞こえる銃撃音。
男はゆっくりと倒れて行く。
もう一発の銃撃音がして、男の心臓に穴が開く。
「……狙撃。ふ、ふふふ……。完敗よ、雛白明日軌」
ボタボタと地面に血を落としながら笑うエンジュ。妹社と同じく死に難い樹人でも、脳と心臓を破壊されたら即死してしまう。
「この男が死んだから、この付近の大型の制御は利かなくなった。ここにエイが落ちて来るわ。どうします? 蜜月さん。地下に避難している人達が死んでしまいますわよ?」
「大丈夫。地下にはもう誰も居ないはずだから」
平然と答える蜜月に驚きの表情を向けた後、「ああ、そうですわね」と力無く呟くエンジュ。
「ここまで予測出来るのなら、危険なこの場所にいつまでも居る訳がないですわよね」
エンジュは嗚咽を漏らし始める。
最悪だ。役目も果たせず、死も訪れなかった。
張り詰めていた糸が切れた様にエンジュの身体から力が抜けて行く。
「さぁ、蜜月さん。戦いの終結を。勝利者の貴女にしか出来ない事をして。……早く行って!」
キーフルーレの使い方が分からない、と言おうと思ったが、エンジュは子供の様に大声で泣き出したので、もう何も訊けなかった。
「……分かった。さようなら、エンジュ」
そのまま塀を飛び越えて行こうと思った蜜月だったが、思い直して門扉近くに有る雛白妹社隊の装備を置く小屋の中に入った。そして白の胴衣と赤の袴を着て、銀の懐中時計を懐に入れる。この服を灰にするのは気が引けるから。
多分、この服の持ち主の仇は取った。
だから、最後の任務を遂行する私を守って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます