第76話

 その通りでは、十人の男達が敵の大群と向き合っていた。蛤石の方向から数え切れない程の小型神鬼が湧き出していて、あらゆる道を隙間無く埋め尽している。

 それを押し返そうと、男達は散弾銃を絶え間無く発砲する。五人が銃を撃ち、弾切れになったら少し下がって残りの五人と交代する。下がった男達は、紺色メイドが引いているリヤカーに積まれた弾を補充する。

 これは昔の戦国部将が考え出した作戦が元になっているらしい。

 撃てば必ず敵に当たり、散弾なので数匹の敵が一度に倒れる。

 この街は通りが碁盤の目の様に綺麗に並んでいて、民家と民家の隙間の路地には土が盛られて塞がれている。そのお陰で脇道から敵が現れないのが救いだった。ただ前に銃を撃っていれば良い。

 しかし敵の数が多過ぎて、撃っても撃っても敵は減らない。楽な戦いではあるのだが、精神的にも肉体的にも疲れが見え始めた。

 太陽はほぼ真上に有って、ポカポカ陽気。天気と緊張が汗を呼び、顔や背中を不快に湿らせる。

 集中力も途切れ勝ちになり、男達の心に焦りが現れ始めた。

 この戦いに勝利は有るのか?

 そう思いながら、ジリジリと後退する。後退自体は作戦通りなので良いのだが、敵の数が多過ぎて前進は不可能なのが絶望感を煽る。

「――世界の、終わりだ」

 小型神鬼の海を見ながら、ひとりの男が呟いた。

 散弾で倒れた仲間の死体を踏み越えながら進む神鬼も散弾に倒れ、更に仲間に踏み越えられる。自分の命よりも前進が大事だと無言で主張している様な戦い方に、呟いた男は無気力に銃を下げた。

「バカ野郎! 何休んでるんだ! 撃て撃て!」

 散弾を撃っている男の一人が叫んだが、銃を下げた男は茫然自失でただ突っ立っていた。

 弾幕が少し薄くなったせいで、敵の進軍の速度が上がる。

「何だ? 何やってるんだ?おい!」

 弾の補給をしていた男の一人が突っ立っていた男に手を伸ばしたその時、男の頭が横に飛んで行った。一匹の小型神鬼が散弾の隙間から飛び上がって来て、突っ立っていた男を棍棒の様な腕で殴った為に、男の首が千切れ飛んだのだ。

 残った胴から噴水の様に血が吹き出す。その赤い飛沫の中で、小型神鬼の黒い穴の様な目と、手を伸ばした男の目が合う。再び腕を振る小型を凝視しながら、手を伸ばした男は自身の死を悟った。

 しかし次の瞬間、パシュっと言う軽い音を立てて小型の頭から血が吹き出した。そしてどさりと地面に落ち、砂に姿を変えて行く。

「77小隊! 撃ち方止め!」

 甲高い女の声が頭上から聞こえて来たので、一人欠けて四人で散弾銃を撃っていた男達が何事だと引き金から指を離して顔を上げる。

 銃声が収まると同時に黒い忍び装束を着たツインテールの女が空から降って来て、男達と小型神鬼の間で片膝立ちになった。間を置かずに左手に持った巨大ライフルを小型神鬼の海に向かって撃つ。一発の弾丸は小型を貫き薙ぎ倒し、真っ直ぐ一本の隙間を作った。

 その隙間に、今度は白と黒の人間が降って来た。十才くらいの女の子で、黒い服に銀色の髪。

 両手両足に鏡の防具を着けていて、小型神鬼のど真ん中でバレリーナの様に片足を真横に伸ばしてクルリと一回転した。足の防具の爪先には鬼の角の様な突起物が付いていて、それが周囲の小型達を切り裂いた。

 突然現れて群れの中に穴を開けた少女に、小型達の黒い目が一斉に向く。

 回転を終えて悠然と立っている少女に襲い掛る小型の群れ。

 その少女は、今度は駄々っ子の様に両手を振り回し始める。腕の防具にはスコップの形をした刃物が付いていて、飛び掛って来た小型を切り裂いて行く。

 正に飛んで火に入る夏の虫状態になっている光景を呆然と眺める九人の男達。

「今の内に休憩と補充、遺体の処理を」

 くのいちに言われ、ハッと我に返る男達。

 小隊長だけがヘッドフォンを着けていて、無線で死者一の報告と人員補充の要請をする。それから仲間の死体を数人掛りで後方に下げる。人間の死体を放って置くと神鬼に持ち去られ、新しい神鬼の材料として使われると言われている。だから兵達は自分の遺体が敵に利用されない様に自決用の手榴弾を持っているのだが、今回は街中での決戦なので爆薬は持っていない。

 間も無く遺体回収専門のリヤカーを引いた二人の緑色メイドが現れた。遺体を麻袋に入れ、リヤカーに乗せて後方に走り去って行く緑色メイド。

 軽い敬礼をしてそれを見送っている間にも、銀髪少女は腕を振り回し続けている。稀に少女を無視して進んで来る小型神鬼も居るが、それはくのいちが右手の拳銃で撃ち倒して行く。

 緑色メイドと入れ替わりに、白いメイドが四人で一台のリヤカーを引いて来た。

「おにぎりと豚汁です。無理してでも食べてください」

 白いメイドは、二人で食べ物を男達に配り、一人はくのいちの横で拳銃を構え、最後の一人がリヤカーを支えた。

 死んだ仲間の血の匂いと何時間も銃を撃ち続けた疲労で食欲は全く無かったが、おにぎりとお椀を持ったらグウとお腹が鳴った。身体は正直だと苦笑いしてから、無理矢理それらを口に押し込む。しかし食べ始めると勢いが付き、梅干、コンブ、おかかと色々な具が詰まったおにぎりを次々と胃袋に詰め込んで行く男達。豚汁は温くて具が少なかったが、箸が無いのでその方が飲み易い。

「満腹だと動きが悪くなるから、腹八分にしとけよ」

 小隊長に言われ、口に物を入れたまま返事をする男達。

 食べ終わると、白いメイド達はお椀を回収してから後方に下がって行った。

「補給、完了したわね。射撃用意。のじこ、下がって」

 くのいちがそう言うと、銀髪少女はバク転で小型神鬼を飛び越えて下がって来た。

 男達は再び五人で散弾銃を構える。食事を挟んだお陰で、全員の目の光が蘇っている。

 くのいちと銀髪少女が銃を構えた男達の後ろまで下がったら、射撃が再開された。

 それを見届けたくのいちは、自分のヘッドフォンに手を当てて音声に耳を澄ませた。

「――のじこ。私は下がって次の作戦に移行するわ。一人になるけど、無理はしないで」

「うん」

 銀髪少女が頷くと、くのいちは一瞬で姿を消した。

「君みたいな小さな子も、こんな前線に出て来るのか」

 一人の男が銀髪少女に話し掛けた。

 赤い瞳でその男を見るのじこ。見覚えの有る顔だった。少し考え、思い付く。

「ぎんなんを拾っていた時、迷子になってた」

 その事は秘密だと自分の唇に人差し指を当てる結城大河。

「のじこは妹社だから戦うのは当たり前。自警団のみんなを守るのが、今ののじこの役割」

 言いながら脇の民家の屋根を見上げるのじこ。

「自警団の陣形が崩れると、街のみんなが殺される。明日軌も殺される。だから、みんな死なないで」

 九人の男達全員に聞こえる様に言ったのじこは、手足の刃物を民家の壁に突き刺して登り出した。そして屋根の上で背筋を伸ばして立った後、次の通りを目指して瓦を踏み鳴らしながら走って行った。

 数分後、散弾銃を持った女性の兵が走って来て、77小隊の戦闘に参加した。

 混合自警団は総勢十万人も居るが、早朝に配置されたのは一万人のみだった。主に戦闘経験が有る男性で構成されていた。一時間毎に交代するが、交代要員も男性のみだったはず。単純に女性の兵は少なく、男性は長時間銃を撃ち続けられる体力が有るからだ。

 それなのに女性が来たと言う事は、あちこちで戦死者が出ていて、補欠の男性が切れた事を意味している。この半日で何人死んだのだろうか。

「交代!」

 弾切れになり、銃を撃っていた五人と控えていた五人が交代する。

 小型神鬼は、飽きもせず散弾に突っ込み倒れて行く。更に何時間もこのままの状態が続けば人間側は息切れを起こし、小型神鬼の海に飲まれて行くだろう。銃弾や体力は無限ではないからだ。

 結城大河は、隣で散弾銃を撃つ女性兵をちらりと見た。散弾銃の反動に負けておらず、様になっているので、どこかの街の自警団に所属していた奴らしい。ただ単に神鬼に恨みを持つ素人女が前線に出て来たのなら死を覚悟しなければならないが、まだ人間側にも余力が有るか。

 のじこの様な妹社もどこかで戦っている。

 まだ終わりじゃない。

 終わりは見えない。

「うおぉ! 俺は死なねぇぞオラァ!」

 結城大河は、自らを奮い立たせる様に吠えながら散弾銃の引き金を引いた。

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