第63話
銃を持った二人の警備員が待機し、赤絨緞が敷き詰められている玄関ホール。その中心に有る噴水に、一人の銀髪少女が凭れ掛かっていた。縁に腕と顎を乗せ、右手を水に浸けている。
「ヒマそうだね、のじこちゃん」
同じくやる事が無くて適当に屋敷内を歩いていた蜜月が玄関ホールに辿り着いた。
「んー」
のじこは面倒臭そうに返事をした。パチャパチャと水を弄ぶ。
「もう休戦ですかねー」
ドンブリに入ったポップコーンをむしゃむしゃと食べながら、金髪碧眼のエルエルもホールに来た。欧州の方から来た妹社で、並みの男より背が高い。出動が無いここ最近はお菓子ばっかり食べていて、ちょっとだけ太った。普段着にしているドレスの胸や腰が少しきつくなったと言っていたが、間食は止めない様だ。
「でも、明日軌、忙しそう」
のじこがそう言うと、お腹が大きい凛もホールに現れた。
「そうね。庭にテントがいっぱい有るし。何が起こっているのかな」
「街も、よその街から来たって言う奴等で大騒ぎだ。あちこちでケンカが起こっていて、警官が笛を吹いて走り回っている」
鏡で出来た鎧を着た翔が、両開きの玄関ドアを開けてホールに入って来た。
「お帰り、翔。お疲れ様」
「ただいま」
凛は、いつも通りの時間に帰って来た旦那を労う。
「稲刈りで戦車隊が出払っているから街を回ったんだが、小型一匹出なかったな」
神鬼という化物は主に銀水晶から現れるが、中型以上の神鬼は人目の無い街の外で発見される。だから人目の少ない場所での農作業には危険が付き纏うので、大勢の人間が郊外に散らばる田植え稲刈りの時期には戦車隊が農家の人達を護衛する。
その隙に体長が一メートル程度の小型が街の影から現れて人を襲う事も稀に有るのだが、それも無かったと翔は言う。
「何だか不安です。今、外はどんな状況なんでしょうか」
凛が溜息混じりで言う。
しかし誰も応える事が出来ず、ホールには噴水の水音とエルエルがポップコーンを貪る音しかなくなった。
「妹社全員集合で何をしているんですか? 何か問題でも?」
沢山の封筒を抱えた黒メイドのコクマが歩いて来た。後ろに二人の紺色メイドを従わせていて、その子達も大量の封筒を抱えている。
「ヒマだなぁって話をしてたんです。戦いが終わったんなら良いんですけど」
蜜月が言う。
理由は不明だが、神鬼は冬になると一切現れなくなる。寒さに弱いのでは? と思われている。
稲刈りが終わると季節は冬に向かうので、今年の戦いが終わった可能性は有る。
しかし別に寒くなっている訳でもなく、明日軌達も忙しそうだ。
だから凛は不安をコクマに訴える。
「でも、庭や街は大騒ぎ。出来れば現状の説明をして貰えませんか? 私は戦えませんが、戦うのは妹社のみんなですし」
凛はツンツン髪の翔の顔を見る。翔に何か有ったら、お腹の子が父無し子になってしまう。だからどうしても旦那が心配だ。
「立ち話での簡単な説明で良ければ」
「構いません」
凛が頷くと、「少々お待ちください」と断わってから、コクマ達は表に出て行った。そして外で待っていた数台の大型バイクに封筒を渡し、出発を見送った。
横目で庭を見ると、数人の子供達が物珍しげにメイド姿のコクマ達を眺めていた。メイドが物珍しいのだろう。屋敷に近付くなと言う言い付けを素直に守り、遠巻きにしている。子供はそんなに好きではないコクマだったが、良い子なら別に嫌いではないので、微かに笑みを向ける。
バイクの爆音が聞こえなくなるまで見送ったコクマ達は、一仕事終えた安堵の溜息を吐いてから屋敷内に戻った。
すると、ホールの中でも妹社達に見詰められた。この子達もまだまだ子供なのよね、とツインテールの頭を振るコクマ。
コクマは二十才なので、この中では一番年上だ。
「重要な話は明日軌様がなさると思うので、私は今の状況だけを言うわね」
一斉に頷く妹社達。こんな純粋な目の持ち主達に人間の未来が懸っている。
紺色メイドを下がらせたコクマは、腰に手を当てて口を開く。
「海外からの連絡が全て途絶えました。それと同時に、九州地方で神鬼の大群が出現。九州地方には4つの名失いの街が有りますが、その全てが敗走し、現在の九州地方は無人です」
妹社達の表情が引き締まる。事態が厳しい事を察した様だ。
「敵は中型がメインで、小型はほとんど居ないそうです。しかも大陸方面からエイ型の大型が多数飛来しており、どうにも対抗出来なかった様ですね」
ポップコーンを食べるエルエルの手が止まり、のじこも水に浸していた手を上げて自分のTシャツで拭いた。
「敵はそのまま本土に上陸。四国と中部の名失いの街も撤退。現在は妹社混合部隊を殿とした撤退戦の最中です。以上」
「街や庭に居る人は、南から避難して来た人達、と言う事ですか?」
翔が言うと、コクマは頷いた。
「九州の小倉家と、四国の沢井家です」
腰に当てていた手を下したコクマは人差し指を立てる。
「東北の黒沢家も、敵の攻撃が始まる前に避難していらっしゃるそうです」
「え? じゃ、この街以外に人が居なくなると言う事ですか?」
眉間に皺を寄せた蜜月に向けて首を横に振るコクマ。
「いいえ。ほとんどの人間は東京に行きました。この街に来るのはごく一部です。――いえ、東北全県が加わるので三分の一くらいになるでしょうか」
「あ、じゃ、東京とこの街の二手に分かれて敵の攻撃に備える、と言う感じですか?」
「蜜月の言う通りよ。こちらの戦力が二手に分かれますが、敵の総攻撃も二手に分かれます。そこに勝機が有ります」
「では、近い内にこの街も敵の総攻撃を受ける、と言う事ですか?」
青褪めた顔で凛が訊くと、玄関ドアが開いた。
「明日軌」
青いセーラー服を着て長い黒髪をポニーテールにしている明日軌が、ハクマが開けたドアを潜ってホールに入って来た。
嬉々として駆け寄るのじこを一瞥してから、一同を見渡す明日軌。
「コクマ。みなさんへの説明、ご苦労様。本当なら私がしなければならなかったのですが」
明日軌は、眼前で見上げているのじこの銀色の頭を撫でた。気持ち良さそうに目を細めるのじこを見て、明日軌は微笑む。子犬みたい。
「これからの事は、この街に避難して来る妹社が揃ってから一度に伝えます。凛さん。不安でしょうが、貴女はお腹の子の事だけを考えてください」
そう言ってから、エルエルのポップコーンを見て笑みを消す明日軌。
「しかし、楽観は出来ない状況でもあります。妹社のみなさんは敵の猛攻を覚悟しておいてください」
そう結んだ明日軌は、白い執事服のハクマを従えて正面の大階段を上って行った。
ホールに残された妹社達は、お互いの顔を見合わせた。何と言って良いのか悩み、結局は無言の数分が過ぎて行く。コクマはすでに居ない。
翔と凛夫婦は取敢えず自室に戻り、エルエルはポップコーンを食べながら飲み物を取りにキッチンに向かった。
蜜月は、女主人が去った方を寂しそうに見詰めて佇んでいるのじこの背を見ながら、覚悟って何をどうすれば良いのかなと考えていた。
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