第40話

 今日もまた暗い時分に目を覚ましてしまう明日軌。

「はっ……」

 また、あの悪夢。

 蜜月とエンジュが戦っていて、雛白邸の庭に死体の山。絶望的な空気感。

 しかし最後が変わっていた。明日軌が死んだ後にも、少しだけ続きが有った。

 最悪な予知夢に向かう姿勢としては、これで正解らしい。

 でも。

 布団から起き上がり、縁側に出る明日軌。木の壁に開けられた通気口から朝日が射し込んで来ている。夜明け。

「……死にたくない……」

 そう呟くと、コクマが現れた。

「入浴なさいますか?」

「……いいえ。顔を洗って、セーラー服に着替えます。お風呂は、帰って来たら入ります」

 明日軌は木の天井を見ながら言う。寝不足が続いているせいか、少し目が霞む。

「はい」

 消えるコクマ。

「今日も暑くなるわね……」

 朝だと言うのに、やたらと蒸す。

 寝室に戻り、油汗で濡れた下着を代える。裸になったついででそのまま青いセーラー服を着て、コクマが用意してくれた桶の水で顔を洗う。

 ゆっくりと髪を梳かし、ポニーテールにしたところで邸内放送が鳴った。

『各隊は速やかに戦闘配置についてください。中型甲二体、並びに中型乙二体が、十二時方向観測隊により発見されました。繰り返します――』

 駆け足で自宅から雛白邸玄関ロビーに行き、コクマが開けた玄関から出て車庫を目指す。

 朝早いせいか、明日軌とコクマが一番乗りだった。

 戦闘指揮車に乗らずに振り向いて雛白邸玄関の方を見ると、寝巻きの蜜月とネグリジェのエルエルが走って来ていた。意外に早い。

 私がセーラー服に着替えている事を知ったハクマが雛白部隊を起こして回っているのかしら、と察する明日軌。

 一歩遅れて指揮車運転手の市川次郎とジープ運転手の佐野正平が車庫に来た。

 最後に足取りがおぼつかないのじこと、それを心配しているハクマ。

「眠いでしょうが、頑張ってください、のじこさん」

「うん」

 のじこは大あくびをしながら明日軌の前を通り過ぎ、着替えが入ったロッカーを囲んでいるカーテンの向こうに行った。

 まだ幼いせいか、早起きが苦手なのかな。それとも、昨日夜更かしでもしたのか。

「明日軌? ちょっと訊いて良いですか?」

 鏡の鎧を着ていない黒の上下姿のエルエルが一番にジープの後部座席に乗り、落ち着いてから話し掛けて来た。

「何でしょう、エルエルさん」

「その左目は龍の目ですよね。攻めて来る神鬼が見えるんですか? 警報前にハクマが起こしに来たから、少し気になります」

 胸のスカーフに手を当てて応える明日軌。

「いえ。数分後の未来に、このセーラー服に着替えている私が見えるんです。着替えると言う事は、出撃が有ると言う事ですから」

「ほほー。自分の未来も見えるんですかぁ」

 喋っている間に他の二人の着替えが終わり、妹社隊の全員がジープに乗った。

 明日軌とコクマも戦闘指揮車に乗り、出発する。

「今回は中型が四匹居ます。妹社隊自ら考えた新しい作戦の通り、甲の一体を戦車隊が引き受けてください」

 明日軌はマイクに向かい、全軍向けの赤いボタンを押しながら言う。ハクマと大隊長から返事。

 そして戦闘指揮車は現場で停まり、ジープは更に進む。

 明日軌は指揮車を降り、周囲を竜の目で見る。司令を狙う伏兵は居ないが、暑い陽射しは刺す様に厳しい。

「行って来ます」

 狙撃銃を担いだ黒いメイド服のコクマが走ってジープを追う。

「気を付けて」

 街の北側にも田園は広がっており、遠くの山の手前で田んぼが終わっている。

 そんな見晴らしの良い風景の中で黒い物が動いている。目が悪いので良く見えないが、中型神鬼四匹と、その足下に群がっている数百匹の小型だ。

 先行している戦車隊が遠くから砲撃して小型を減らしている。

『エルエル、行きます!』

 ヘッドフォンから聞こえる元気の良い声。二キロ先くらい先で火花が散ったと同時に戦車隊の砲撃が止まる。あの火花がエルエルの攻撃の光だ。エルエルが使っているガトリングガンの射撃音がここまで聞こえる。

 戦場に一本の光の筋が引かれた。射程内に入ったエルエルに向けて撃たれた、乙の光線。

 ガトリングガンを撃ちながらも上手く避けている様で、火花は消えず、光線も何本も走る。

『もうすぐ弾切れでーす』

『蜜月。準備オッケーです』

『のじこ。いいよ』

『弾、切れました。敵を引き付けつつ後退します』

 火花が消える。

 しかし乙が撃つ光線は消えない。

『今です』

 ハクマの声。

 同時に乙の光線も見えなくなった。ハクマとコクマが一匹ずつ乙を狙撃し、蜜月とのじこがそれぞれの乙を攻撃し始めたのだろう。

「ふぅ。目が悪いって嫌ね。何にも見えないわ」

 呟く明日軌。

 左目の視力が0なせいで見える方の目の負担が大きくなり、右目の視力も悪い。

 しかし、緑色の左の瞳には、普通は見えない物が映る。

 それは土地に流れる時間。土地の記憶とも言える物で、その場所の過去が見えるのだ。この山と田んぼだけの風景も、意識して左目で見ると、古ぼけた人家が点在する農村の姿が浮かび上がる。

 未来に繋がっている記憶なら未来も見える。

 その能力が龍の目と呼ばれている物だ。

 だからこそ、あの悪夢が怖い。

『のじこ。もうそろそろ転がる』

『蜜月。こっちの乙も転がります』

『エルエル。補給終わり。迂回して甲に突っ込みます』

 明日軌は右目で戦場を見る。

 敵の集団である黒い塊がふたつに分かれている。

「順調ね」

 のじこと蜜月が乙二体と戦っている間に、戦車隊が甲二体を誘き出しているのだ。

 その甲と思われる黒い塊の近くで、再びガトリングガンの火花。

 戦車隊の本格的な砲撃も甲に向けて始まった。

『乙の処理に入ります。気を付けてください』

 蜜月の声の数秒後、大爆発。

 光線のエネルギーを体内に溜めている乙が死んだ証だ。

『もう一匹』

 二発目の大爆発。

『甲も一体倒しました』

 エルエルの報告を聞いてから戦闘指揮車内に戻る明日軌。

「中型甲二、倒れました。雛白自警団、前進してください」

 車内ではオペレーターの渚トキがテキパキと戦況を回線に流している。車に戻る数秒の内にもう一体の甲も倒したらしい。

 よしよし。

「被害の暫定報告」

「死傷者0。車両損失0」

 明日軌は予想通りの報告に満足げに頷く。

 今日も完勝。

 妹社達が考えた戦闘の流れも上手く機能している様だ。

『戦闘は終了しました。各隊は帰還してください』

 目の前の渚トキの声がヘッドフォンから聞こえる。終了宣言は設定を無視して全軍に届く仕様になっているからだ。

「トキさん。妹社隊の息も合って来ましたね」

「そうですね。安定しました」

 回線に声が乗らない様にマイクに手を当て、小声で応える渚トキ。

 喜ばしい事だが、明日軌は素直に安心出来ない。他の街では戦いが激化していて、負傷する妹社も増えていると言う報告書が届いているからだ。

「……生殺しですわね。エンジュの言う通り、この街は最後のお楽しみ、と言う事ですか」

「ただいま戻りました」

 硝煙の薫りを纏いながら車内に入って来るコクマ。

「お疲れ様。では、帰りましょう」

 まぁ、勝利は勝利だ。

 帰ったらお風呂に入ってサッパリするか。

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