第18話
行きの時よりも速度が出ている馬車の中は緊張感に溢れていた。
いつも柔和な表情のハクマの顔が引き締まっている。
「今回は乙が一体混ざっています。蜜月さんは初めての乙との戦闘なので、作戦を説明します」
「はい」
「のじこさんも良く聞いてください」
「うん」
「乙は熱光線を発射する神鬼で、その射程は平均二百メートル前後です。歩兵銃の二倍以上です」
その歩兵銃を抱える様に持っている蜜月。
「敵の射程内に入らなければ私の攻撃は当たらない――と言う事ですね」
「なので、無策のまま正面から戦うと確実に戦死者が出ます。妹社であっても、熱光線の直撃を受ければひとたまりも有りません」
説明を受けていると、馬車の外でプーと言う奇妙で間抜けな音が鳴った。ドアの窓から外を見ると、出撃に使うジープが並んで走っていた。運転手の佐野が手を振っている。
馬車が止まり、ハクマ蜜月のじこの三人がジープに乗り移る。
「ハクマ!」
開いた馬車のドアから身を乗り出す明日軌。
「今日は不安を感じます。指揮車からの通信に特に注意して!」
「畏まりました!」
馬車をその場に残し、ジープは猛スピードで戦場に向かう。
走りながらも説明を受け、戦場に着くと同時にジープを降りる三人。
十一時方向である街の北側は、まず田園が有り、その向こうに大きな山が有る。その山から神鬼がやって来ているのだろうか。
「では、ヘッドフォンの電源を入れてください」
「はい」
蜜月とのじこは耳当てに手を当て、スイッチを押す。
「戦闘指揮車の到着が遅れますので、今回は特にヘッドフォンからの音声に注意してください」
「はい」
「では、雛白妹社隊、戦闘開始します。散開」
その命令を受け、のじこは横方向に走って行き、ハクマはどこかに消えた。
蜜月は先程の作戦説明の通りに農道を真っ直ぐ走る。
街と山の間に有る広大な田んぼでは、植えられている苗が風に揺れている。
視界いっぱいに広がる緑色の中、農道を三百メートル程走る。乙対策で散開地点が遠かったので、ようやく神鬼の姿が見えて来た。
三匹の大きい生き物が、街の方向、つまりこちら側に向かって歩いている。
奴等は不思議と行儀良く道を歩く。戦闘時以外は、決して田んぼを踏み荒らさない。人を見たら漏れなく殺す化物だから、侵攻に邪魔な物は全て踏み潰して歩きそうなイメージなのに。
謎が深まるばかりの神鬼を目を細めて見る蜜月。
甲と乙の見分け方は奴等の目に有ると言う。神鬼の目は穴の様な黒い点なのだが、光線を撃つ奴の目は赤々と輝いているそうだ。体内で何かが燃えていて、それを目から発射するかららしい。
更に近付き、神鬼と蜜月の距離は二百メートル。ここまで来ると敵も蜜月に気付き、歩行のスピードを上げた。
先頭の奴の目が輝いている。
その足下に、いつも通り無数の小型神鬼が蠢いている。
「蜜月、敵の射程内に入ります」
ヘッドフォンから口元に伸びているマイクに向かって報告する。
もう射程内に入っているはずだが、敵は光線を撃って来ない。確実に当たる範囲に入るまで撃って来ないのだろうか。
しかし危険な距離である事には違いないので、蜜月は反復横飛びを始める。光線は見てからでは避けられないので、こうして動き続けていないと危ないと教わったから。
狭い農道での行動なので、動きを読まれない様にしなくてはならない。単純に左右に跳ねるだけではなく、右二回左一回と飛び方を工夫する。
たまに斜め前に飛びながら近付く。
そろそろこっちの射程に入ったかな?
取り敢えず、弾は届くはず。
歩兵銃を構え、一発撃ってみた。ジャンプしながらだと狙いが付け難くかったので、乙の甲羅に弾かれて終わった。
次の瞬間、眩しい光が蜜月を襲う。
反射的に眼を瞑ってしまった蜜月は、横飛びをしないと危険だと言う事をすぐに思い出し、目を開けてジャンプを続ける。
「はあぁ……びっくりした」
大きな水溜りの様な形で草と土が焦げ、真っ黒になっている。
光線を撃たれたのか。
何が起こったのか分からないくらい、一瞬の出来事。確かに見てからでは避けられないな。
『妹社隊へ連絡。十二小隊、十三小隊、砲撃を開始します』
ヘッドフォンからオペレーターの渚トキの声が聞こえた
その数秒後、三匹の中型神鬼の回りで爆発が起こった。数台の戦車が、左の方から砲撃を加えていた。鏡張りの戦車なので、キラキラと輝いて良く分かる。
後退しながらの砲撃なので中型神鬼には当たっていないが、小型神鬼は相当数減っている。
爆風が激しいので、蜜月は横飛びに少しだけ後退の要素を加える。
三匹の中型神鬼が戦車の方に向きを変えた。
そこで足を止めた蜜月は、一匹だけの乙に狙いを付ける。その横面に歩兵銃を数発撃つ。距離が離れているので急所には当たらないが、ダメージを受けている事に苛付いた乙だけが蜜月に向き直った。
横飛び後退しながら乙を撃ち続ける蜜月。
弾が尽きても、弾倉の交換をして更に撃つ。
作戦通り、甲は自警団の方へ向かい、乙は妹社隊の方に向かって来る。
敵戦力の分散に完璧に成功した。
『のじこ、行くよ』
ヘッドフォンからのじこの声が聞こえると、戦車の砲撃が甲の方に集中した。
乙は蜜月に向けて光線を撃つ事に夢中になっていて、回りを護る小型神鬼がほとんど居ない事に気付いていない。
そこで作戦通りに銃を下す蜜月。
「蜜月、射撃止めます」
『やっ』
報告すると、間を開けずに気合の入った可愛い声がヘッドフォンから聞こえた。
すると、乙の身体がグラリと揺れた。農道と田んぼの間に身を潜めていたのじこが飛び出し、乙の膝裏に回し蹴りを食らわせたのだ。のじこの靴の先には鬼の角の様な突起物が付いているので、それで柔らかい部分を蹴られれば神鬼でもただでは済まない。
もう片方の膝裏にも蹴りを一発食らわせる。
咆哮を上げた乙は、両膝の裏から真っ赤な鮮血を吹き出しながら仰向けに倒れる。
「蜜月、止めを刺しに行きます」
そう報告してから、中腰になって真っ直ぐ前進する。
のじこは乙の首に篭手のスコップを何度か突き刺した後、乙を正面に見据えながらの横飛びで後退して来た。ある程度離れたら乙に背を向け、中腰で後退する。
中型神鬼は、鎧化した身体の構造から、首がほとんど動かない。人間の様に、胴を前に、顔を横に、と言う動きが出来ないのだ。
なので、仰向けに倒れた乙は横方向に光線を撃てない。こうやって転がせば安全に倒す事が出来ると言う訳だ。
蜜月は敵と五十メートル程の距離で止まって片膝立ちになり、のじこが付けた乙の首の傷に銃弾を畳み込む。
正確に十発程撃ったところで、傷口から火が吹き出した。乙の身体に深い傷を負わせると、そこから光線のエネルギーが漏れるらしい。
もうそろそろ乙を倒せる、と思った時、ヘッドフォンからハクマの声が響いた。
『その付近に丙が居るそうです。気を付けてください!』
へい?
「のじこちゃん、丙って……」
引き金から指を放した蜜月は、真横で蜜月の銃撃の行方を伺っていたのじこに顔を向けた。
「え?」
のじこは、拳銃の銃口を蜜月の顔に向けていた。
バン!
すぐ目の前で拳銃が火を吹き、尻餅を突く蜜月。取り落とした歩兵銃が農道に転がる。
「ど、どうして?」
撃たれたと思った蜜月だったが、どこも痛くない。
銃口から煙を上げている拳銃を構えているのじこの赤い瞳は、大股を広げて腰を抜かしている蜜月の頭の上に向いていた。
顎を上げ、上を見る蜜月。
「う、おぉ……」
迷彩柄の服を着た男が、額から血を流して立っていた。
「うひゃぁ!」
蜜月は、犬の様に這いつくばって男から離れた。
「な? 何? 何?」
のじこの後ろに隠れた蜜月は、まだ拳銃を構えている少女の腰に抱き付く。
「ふるす、ぺっ」
額に小さい穴を開けている男は、謎の言葉を呟いた。
普通の人間なのに、頭を撃たれても死なないのか?
妹社の二人がそう思って怯んだ直後、男は崩れ落ちる様に倒れた。
それと同時に乙が大爆発した。体内に光線のエネルギーを溜め込んでいる乙は、死ぬと爆発するのだ。だから接近戦が得意なのじことの相性が悪い。
その爆発に煽られた二人の少女が伏せた瞬間、男の身体から白い霧の様な物が出て来た。霧は銀色の液体に姿を変えながら農道を横切り、田んぼの中に逃げて行った。
それに気付いたのじこが拳銃を撃ったが、手応えは全く無かった。
「のじこ。丙っぽい物は逃げちゃった」
『了解。後で状況を報告してください。続いて甲の掃討に向かってください』
「うん。蜜月、行くよ」
「え? あ、うん。り、了解」
今のが丙?
初めて見る人間の死体が農道に転がっている。
頭が混乱しているが、まだ戦闘は終わっていない。戦車隊での掃討が困難な中型が二匹も残っている。それを倒さなくては。
力の抜けた膝に気合を入れて立ち上がる蜜月。農道に落ちた歩兵銃を拾い、のじこと共に走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます