転生おとぎ草子 檎太郎

五十貝ボタン

檎太郎と3匹の家来

はじまり

第1話 むかしむかし

 むかしむかし。

 あるところに、ひとり暮らしのおじいさんがおりました。

 おじいさんは働き者でしたが、長年連れ添ったおばあさんに先立たれ、この年まで子がおりませんでした。


(ねえ、ちょっと待って)


 ある日のことです。

 いつものように、おじいさんは山へしば刈りに出かけました。

 ちなみに、「柴刈しばかり」というのは、たきぎにするための小枝を拾ったり、伐ったりして集めてくることです。

 このころは、電気もガスもないので、火を燃やすのも大変だったのです。

 さて、背負ったかごがいっぱいになったころ、どこからともなく、甘くてさわやかな香りがただよってきます。

 そういえば、そろそろおなかもすいてきたころです。おじいさんが甘い香りがするほうにいってみると、たいそう立派なりんごの木がありました。


(いや、あの……)


 こんなところに、こんなに立派な木があったのか。おじいさんは不思議に思いました。

 しかも、ちょうどおじいさんの顔の高さに、普通のりんごの何倍もの大きさの実がなっています。

 はて、まだ春だというのに、りんごに実がついているなんて不思議なこと。

 おじいさんがその実に手を伸ばすと、中から、おぎゃあ、おぎゃあ、と声が聞こえてきます。

 おどろいたおじいさんは、思わず実をもぎ取ってしまいました。


(待てって!)


 なんですか。もうすぐあなたの出番だから、もう少し待っていてください。だいたい、語り部のお話に割り込むなんて前代未聞ですよ。

(いやいや、なんでいきなり昔話みたいなのが始まってるの?)

 それはもちろん、この物語が昔話だからです。何か問題がありますか?」

(俺、死んだはずなんだけど……)

 ええ、そうですね。私がその魂を呼び寄せ、この昔話の主人公として転生させました。

(はぁ!? 疑問点が多すぎて何から聞けばいいか……)

 細かいことはいいではありませんか。もう読者は不思議なりんごの正体を知りたがっているはずですよ。


(こっちにも気になってるところがあるんだって! なんで俺が昔話に?)

 いま、この世界は危機に瀕しているんです。そこで新しい昔話の主人公として、あなたにこの世界を救ってほしいのです。

(『あたらしい昔話』がすでにおかしいと思うんだけど……)

 おかしくはありません。物語は姿を変え、時によって新しく紡がれるものです。


(いや、まあ……そこに文句はつけないけど。そう言っているあなたは誰?)

 わたしは語り部。どうしても名前が必要なら、そうですね……『かそけしの君』と呼んでください。

(カソケシノキミぃ? 変な名前)

 ゆえあって、ほんとうの名前をあなたに教えることはできないのです。

(ちょっと待って。俺の意見は……)

 そろそろお話を続けますよ。ちゃんと物語の中に入ってください。

(いや、でも……)


 こほん。

 おどろいたおじいさんは、思わず実をもぎ取ってしまいました……。



   🍎



 暗い。何も見えない。

 俺は狭い空間で、ただ体を丸めていた。

 最初に聞こえてきたのは、こんな声だ。

「あれ、まあ。こんなに大きいりんごが生るとは。ありがたや、ありがたや」

 壁の向こうから聞こえてくるようなくぐもった声。年配の男性、つまりおじいさんの声だ。


(ってことは、さっき聞いた話は本当ってことか!?)

「なんと、このりんごの中から赤子の声がしおるのか?」

 ぶちっ! という音とともに、俺の体が大きく揺さぶられる。

 ああ、認めたくないけど、どうやら俺は今、リンゴの中にパンパンに詰め込まれているらしい。そう思うと、とたんに苦しくなってきた。声を出そうと思っても、ますます暗くなるばっかりだ。


「どれ、中を割って確かめてみよう」

 俺の入っているリンゴが、地面に置かれる。ごそごそと音が聞こえたかと思うと、がっ! という衝撃とともに、何か細いものが俺の頭上すれすれに打ち込まれた。

 打ちこまれたのは、たぶんナタか何かだ。それが抜かれると、隙間からまぶしい光が入り込んでくる。隙間から太い指が入り込んできた。

 いきなりナタを振り下ろすなんて、中にいる俺まで切れたらどうするつもりだ! 俺は猛烈に抗議しようとしたが、口から出るのは「おぎゃあ、おぎゃあ」という声だけだった。


「おお、なんとかわいい赤子じゃろう。きっと山の神様が、子のいないわしを憐れんで授けてくださったに違いない」

 リンゴの中から、俺の体を抱え上げておじいさんが満面の笑みを見せる。

 ナタの件で俺は抗議しようとしたが、足でおじいさんの胸板をぺしぺしと蹴るのが精いっぱいだ。

「おお、おお。元気いっぱいじゃな。さすが神様の子じゃあ」

 俺としては抗議を続けたかったが、しわだらけの顔をくしゃくしゃにして喜ぶおじいさんの顔を見ているとそんな気もだんだん失せてくる。


「林檎の木から授かったのじゃから、お前の名前は檎太郎きんたろうじゃ!」

 おじいさんは3000グラムぐらいの俺を高々と掲げ、それこそ山の神様に報告するかのように喜色に満ちた声で叫んだ。

(別の有名な昔話とカブってるんじゃねーか!?)

 と思ったが、やはりおぎゃあと泣くのが精いっぱいだった。

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