ほのぼの、ほっこり

父への土産(みやげ)

 走れっ、走れ。

 走れ、俺。

 腕時計に目をやる。もう二十二時を過ぎている。

 間に合うのか?


 東京駅のホームに降りてから八重洲南口の改札を通り抜けるまで、息をするのも忘れたように走った。

 やっぱり、日頃の運動不足が響いて足がもつれる。

「前から、今日は早く帰るって言っておいたのに………あのクソ課長がっ!」

 明日は父の三回忌だ。

 二十二時十分発の夜行バスで、大阪の実家へ帰らなければならない。定時で退社するつもりが、急に残業を言われてしまった。

 入社四年目の俺には断れない。

「東京駅発と言っても、鍛冶かじ橋の駐車場までちょっと距離があるんだよな」

 時間を気にしながら足を動かす。

 やっと、信号の先にバスが見えてきた。

 疲れた体で慌てて乗り込んだ俺は、席に着くなり眠ってしまった。




 目を覚ますと周りには誰もいなかった。


 乗客だけでなく、運転手もいないようだ。

 前方のドアは開いたままになっている。

 腕時計を見ると八時十五分を指していた。

「あれ。確か七時前には梅田に着くはずだったけど」

 座席横のカーテンを開けて外を見ると、見たこともない景色が目に入ってきた。

「どこだ?ここは」

 恐る恐るバスから降りてみる。


 街中と明らかにおもむきが異なるのは、緑が多いことだけではなく、何かりんと張りつめた空気が漂っているからだ。

 辺りにも人影はない。

 木々の奥へと続く道が見えたので、そちらへ行ってみる。

 「パラレルワールドにでも来ちまったか?」独り言をつぶやきながら、玉砂利を踏みしめて歩く。


 幾筋も差し込む木洩れ日が美しい。


 本当に異世界にでも迷い込んだかのような不思議な気持ちだ。




 しばらく進んでいくと人影がちらほら見え始めた。

 ほっと安心するも、みんな言葉少なく、一つの流れになって歩いている。さらに進むと、平日の朝にもかかわらず多くの人がいる。

 葉陰から聞こえてくる鳥のさえずりと、玉砂利を踏みしめる音が静けさの中に響いている。

 ここは………神社の参道?

 そう思いながら進んだ先に、伊勢神宮 外宮げくうと記された案内板があった。




 信心深かった父とは異なり、あまり関心のない俺にもここの空気がちょっと違うのは分かる。

 さすがにパワースポットとして名高い場所だ。

 思わず背筋を伸ばし、大きく息を吸い込みたくなる。


 そう言えば、生前に『一度でいいから、お伊勢さんにゆっくりお参りしたいなぁ』と言っていたっけ。

 昨夜、急いで飛び乗ったバスが梅田行きではなく伊勢神宮行きだったのだろう。慌てやすいところは父譲りだ。

 忙しさにかまけて父を思い出すことも少なくなっていた。就職先が決まった時は、あんなに喜んでくれたのに。


 まだ八時半。

 ここから内宮へ廻っても、法要が始まるまでには帰れるはずだ。

 父には、お伊勢参りを土産話として聞かせてあげよう。

 母にはやっぱり赤福かな。




・初出 2018年1月

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